俺の大切な騎士様へ花束を

神城玖謡

第5話 俺の大切な騎士様とお出かけ①

「……っおーい」
「あぁ、リオン。おはよう」
「お、おはよう……悪い、待たせたか?」
「いいや、私もさっき来たばかりだよ」

 休日――といっても自由業である冒険者に平日休日はなく、聖騎士であるアルフレッドの休日だ――に、俺はアルフレッドと待ち合わせをしていた。
 10分前に来たと言うのに、すでに先に来て俺を待っていたアルフレッドは、やはり白銀の鎧ではなくカジュアルな服装だった。

 さて、俺が風邪で寝込んだあの日からちょうど一週間。この前遊びに行けなかった代わりにと、今日こうして集まったのだった。

「さて、今日はどこにいくんだ……?」
「そうだね……実は前回、行きたかった場所があるんだ」
「行きたかった場所?」

 そう訊くと、アルフレッドは爽やかな笑みを浮かべて歩き出した。

「お、おい、どこなんだよ」
「着いてからのお楽しみ――だ」

 なんだそれ……。
 太陽に光を反射して、キラキラと輝く金髪が目の前を横切る。
 無駄に足の長いアイツに置いて行かれないように、俺は急いで後を追いかけた。

「――風邪、すっかり良くなったみたいだね」
「あ、ああ……おかげさまでな」

 道すがら、それまで無言だったアルフレッドがそう切り出した。

「うん、良かった。心配したんだ」
「お、おう。ありがとな……その、家来てくれて助かった」

 実際、家の中にこいつがいたのに気付いた時は、不信感や拒絶感ではなく、意外にも安心感があったものだ。
 まあ、風邪で精神的に参っていたからだろう。

「まあ、その、なんだ。また家来いよ。て言っても何にもねえけど……」

 言ってる途中で、あの狭い一室には特になにもないことを思い出した。
 正直言って貴族様を招待するにはあまりに貧相な部屋だ。

 まあ、俺自体が貴族様の友達になるには貧相な者だから、いまさらとも言えよう。

「ああ、ありがとう。また近いうちに訪ねさせてもらうよ。今度は無断侵入じゃなくて、ちゃんと招き入れてもらってね」

 なんだ、こいつ意外にも気にしてたのか。
 思わず吹き出す俺に、微妙そうに顔をしかめるアルフレッド。

「いやいや、ほんとに助かったって。正直心細かったんだ」
「そうか……そう言ってもらえると気が楽だよ」

 そう言って胸を撫で下ろすアルフレッドは、視線を俺から外し、前方へと向けた。

「……お、見えてきたぞ」
「ん……?」

 その視線の先を目で追うと、 そこそこ立派な服屋の看板が目に入った。
 二階建てのその建物は、白いレンガの外壁に、濃い色の木材の枠が嵌められた洒落てる外装をしている。

「服、買うのか?」
「ああ。贔屓にしてる店なんだ。ぜひとも君を連れてきたいと思っててね」
「そ、そうか……」

 服……しかしそうは言っても、俺には興味もなければ、センスもない。挙句の果てに金もないと来たもんだ。
 せっかくの紹介だが、利用することはまずないだろう。

 オークの扉を押して店内に足を踏み入れると同時に、軽やかな鈴の音が響き渡った。
 店内は照明で明るさを維持されていて、壁や木製人形に着せられた衣服を照らしている。
 俺達が木張りの床に足を置いた途端、縄張りに入られた獣のようなスピードで店員が寄って来た。

「いらっしゃいませ〜」

 ニコニコと愛想のいい表情を浮かべる店員は、若い女性だった。

「これはグラーチェ様。今日は何をお探しですか?」
「やあ、今日は彼の服を見繕いに来たんだ」
「あら、これはまあ可愛らしい方ですね〜」
「そうだろう? 彼に似合うのをいくつか頼む」
「承知しました〜」

「いやちょっと待て」

 これはなんだ。ツッコミ待か。
 突然声を上げた俺に、2人の視線が向けられる。

「どうかいたしましたか?」
「ああいや、できれば自分で見て選びたいんだが……」
「……失礼ですが、そちらのお召し物はご自身で?」
「そうだけど」

 俺がそう答えると、彼女は一瞬苦々しい顔をしてアルフレッドに目で何かを訴えた。

「……いや、いい。リオン、好きに見て回ってくれ」
「あ、ああ……」

 なんとなく釈然としないものを感じながらも、店内を歩いて見て回る。
 傾向としては、そこそこ金持ちの一般市民向けの着やすい服がそろっているようだ。
 まあ上流貴族様が着るような服ではないが、アルフレッドが着るといやに様になっているからイケメンとは恐ろしい。

 店内は5分の3くらいは女物、残りは男物のコーナーに分かれていて、トップス、ボトムス、その他とそれぞれ纏まっている。
 俺は肩当や胸当ての下に着て見栄えのよさそうな物を数点選び、試着室で2人に着て見せる。

「まあこんな感じだな」

 値段は普段着ている服とは比べ物にならないが、その分素材や作りはしっかりしている。別に試着だけだからとあまり気負いをせず選んだ。
 しかし、2人の反応はいまいちなものだった。

「ふむ……」
「ん~……組み合わは悪くないんですけどねぇ」

 一体何がいけないというのか。
 店員はもちろんのこと、アルフレッドは街行く女性たちからの視線を一身に集める程には顔も服のセンスも良い。
 その2人からダメと言われるということは、つまりそういうことなのだろう。

 それから店員におすすめの服を持って来てもらって試着することを提案され、それを受け入れた俺はさっそく後悔することとなる。

「どうですか」
「ああ、やっぱり君にはこっちの方が似合うね」
「やめてくれ……」

 女店員が持ってきたのは、裾がふわりと緩やかなカーブを描くトップスと、清楚なジャケット。パンツは、仄かなクリーム色の上着と対照的に黒い、細身のシルエットだ。さらには小さな茶色い革のブーツまで揃えられてしまった。

 屈辱的だ。どうして一体、こんな服を持ってきたのか。そしてアルフレッドはこちらの方が似合うというのか……。

「ご安心を。たしかにデザインは女性的ですが、レディースではないんですよ」
「……これでか?」

 丈の長い裾を摘まみ、ヒラヒラと揺らしてみる。

「ええ、ユニセックスとでもいいましょうか。今流行りのアイテムなんですよぉ」
「そ、そうっすか」
「お兄さんは線が細いですし、体格も小柄……顔も童顔なので、ワイルドなコーディネートよりはこちらの方が――って、あれっ、どうなさいました!?」
「ほっといてくれ……」

 人が気にしていることをズバズバと、容赦ない店員だ……。

「もしかして、お気に召さなかったかい?」

 そんな俺を心配そう、と言うより不安そうに訊ねてくるアルフレッド。こいつも悪気は全くないんだろうなぁ。

「あー、いや、大丈夫だ。変なこだわりっていうか、ささいな事さ……」

 そう、しょせんはコンプレックスだ。じっさい似合ってしまっているのは、鏡を見たことで分かってしまった。
 しかしまあ、俺には最強の盾がある。

「……せっかく見繕ってもらって悪いけど、俺金ないからさ。買うのはまた今度の機会ってことで」
「何を言っているんだい? 私からプレゼントするに決まってるじゃないか」
「へ」

 プレゼントとな。

「いやいやいや、落ち着けアルフレッド。そうやって気軽に贈り物するのはよくないぞ。人との付き合いに金って代償があると、それがなくなった時に――」
「もしかして、気に入らなかったかな……?」
「……」

 悲し気に肩を落とした友人を前に、思わず言葉に詰まってしまった。

 金持ちであるアルフレッドに集≪たか≫る者どもは少なくないだろう。そいつらは、当たり前のように金品やらをねだったに違いない。そしてこの男も、それが友好関係を続ける上で当たり前のことだと思うようになってしまったのかも知れない。
 俺はここで、その考え方を矯正してやらねばならない。それが友人としての務めなのだと思う。

 しかし、だ。どうにもその目に弱い。
 晴れた空のように青い目から、雨のように涙があふれ出してくる――もちろん実際には潤んですらいないのだが、そう、大型犬みたいな切なそうな目だ。
 そんな目で見られると、どうしても否定の言葉が口の中にに引きこもってしまって、出てくる様子がないのだ。

「……はぁ、いや、ありがとう。気に入ったよ」
「ほんとかい?」

 途端に晴れる表情。
 とりあえず、これから先の付き合いで気付いて行ってもらえればいいか。そう思いながら、俺たちは店を後にした。



「服、ありがとな」
「いや、気にしないでくれ……どうにも、なにをプレゼントしていいかよく分からなくてね」
「そうか……」

 やっぱりこいつには、友人には物を贈るものだという考えがあるのかも知れない。
 それに、男に服を普通贈るか?
 こいつの友達になるからには、そこらへんのことを教えていかなければいけないだろう。

 街中を歩きながら、俺たちは取り留めのない話をしていた。

「この後は、どこに行くとか考えてあるのか?」
「いいや、ハッキリとは決めてないけれど……手頃な店でも探してお昼にしようかなと」
「そうか。じゃあちょっと連れていきたいところがあるんだ。いいか?」
「もちろん」

 それから俺はアルフレッドを連れて、市街地を歩いた。
 途中でサンドイッチを買い、貴族学校での思い出を語り合いながら街を抜けて行く。

 徐々に建物が、人が少なくなり、人の出す喧騒から風や動物が出す自然の音に包まれていく。
 地面も石だったのが木になり、いつの間にか土になっていた。

「結構歩いたね」
「……もうすぐだよ。この坂を登れば、到着する」

 アルフレッドは貴族だ。しかし街での様子をみるに、比較的庶民的な場所には行き慣れているっぽかった。
 どこに連れていけば喜ぶだろうか……しばらく悩んだ。悩んだ後に、1箇所思いついた場所があった。

 はたして喜んでくれるのかどうか。すこし悩んだものだが、まあその時はその時だと思い切って、連れてきてみることにした。

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