俺の大切な騎士様へ花束を

神城玖謡

第2話 俺の大切な騎士様と食事

一瞬心臓が止まったかと思った。


冒険者ギルドの酒場。そこに突然現れた、聖騎士の青年、アルフレッド・グラーチェ。


一体、なぜ──?

冒険者とは、たしかにリオンのような者もいるが、身分も証明できず働くこともできないために、食い扶持を稼ぐ目的で所属している者も少なくない。
やはりどこか皆、貧相な装備を身につけているものだ。
そのような場所に、高貴な白銀の鎧は場違いでしかないのだ。


どうしてここへ──?


思わず固まった俺へ、ふと青い瞳が向けられる。



「みつけた」



声は届かなかったが、その口はたしかにそう動いたようだった。


「え? え?」


そしてそのまま、ずんずんとこちらへ向かって歩いてくるのだ。
混乱のあまり動くことができない俺の目の前に、満面の笑みを浮かべて仁王立ちするアルフレッド。


「やあ、リオン君」
「え、あ、どうも……」


一体なんのようなのか。もしかして昨日の件で金を取り立てにでも来たのだろうか? まさか!


「あの、昨日はどうもありがとうございました。おかげさまで助かり────」
「なぜ敬語なんだい?」


おい、人が「善意で助けてくれてありがとう」と金を払わなくていい方向に持っていこうとしてる途中で割り込むな!


と、俺が腹黒いことを考えたその時だ。
ふいと手が伸ばされ、俺の銀色の髪に触れた。


「……変わらず、君は可愛らしいな」


低い声で囁くその声は、多分俺以外には届いていないようだ。






………………んん!?


目をガン開いて顔を上げる。アルフレッドは、俺より頭一つ分背が高いのだ。
そして見たものは、微笑ましげにこちらを見つめる美青年。


どういうことだ。意味がわからない。
なんだ、可愛らしい? つまりあれか、なよっとしてて弱々しくて女々しくて、聖騎士には向いていないとでも言いたいのか?
そうならそうと言ってほしい。
意味がわからない。


「リオン君……この後、時間は空いてるかい?」
「へっ?」
「今から、少し付き合ってくれないかい?」
「あ、えーと……」


一体これはどうしたものか。何が目的だ?
やはり金か。商談か。
その手には乗らないぞ!


「あ、ごめんなさい、俺、これから依頼を受けるんです……」
「なに? そうか……じゃあ、夜とか……」
「えーっと……遠出をするので……」
「ふむ……それなら、明日とか、明後日とかはどうだい?」


しつけえええ!! なんだよ、お前貴族様で聖騎士団員だろう!? なんでこんな男爵家の三男にたかるんだよ! そんな金困ってねえだろう!!


とは死んでも言えず。


「あ、明後日なら……」
「そうか! よかった。じゃあ明後日の昼頃、広場の噴水の所で待ってるよ」
「は、はあ……」


憂鬱だ……ひとまず帰ってくれたから良いけど、あいつのせいでほら見ろ。ギルド中から好奇の視線が集まってたじゃないか……。


わらわらと集まってくる野次馬達からの質問攻めをなんとかいなしつつ、俺はギルドを後にした。



──結局その日は、依頼を受けなかった。





「あー、起きたくない……」


時は流れ、約束の日の朝。
騎士学校時代からの癖で早く起きてしまうこの体質を、これほど恨んだことはない。
もし寝過ごしてしまえば、そのまま行かないでおこうと思って夜更かししたのに……。
結果としては、バッチリ早く起きるわ、寝不足で頭が重いわ、散々な結果だ。


「はあ……しょうがない。起きるか……」


それに、相手は聖騎士だ。俺の居所を調べようと思えば簡単に見つかるだろう。
大人しく金を払って、さっさと縁を切りたいものだ。



一応、待ち合わせの10分前には広場に到着した。
一応辺りを見回すと……いた。宣言通り、広場の中央にある噴水に腰掛けて、宙をぼうっと眺めている。


多分あれを俺がやっていても、周囲からはなんの反応もないだろうが……あの長い足を組み、整った顔に憂いを帯びた(ように見える)表情を浮かべるアルフレッドは、正直言って非常に絵になる。きっと女共が放って置かないだろう。
現に、そこの果物の屋台の前でたむろする女達は、誰が最初に話しかけるか小突き合いをしている。


しかし、何故か今日は、彼は白銀の鎧を来ていなかった。
街でも金を出せば買えそうな、フォーマルな服装をしている。
少なくとも、伯爵家の者が着る服ではない。
お忍びにしては高級だし、貴族にしては貧相だ。


アルフレッドの趣味だろうか……それとも、金のない俺への当てつけか?


「……待たせたみたいで、すみません」
「お、リオン君。大丈夫だよ、私も今来たところだ」


俺の姿を目に留めた途端、薔薇色に微笑む彼。何がそんなに楽しいのだろう。


「忙しいだろうに、わざわざありがとう」
「いえ、大丈夫ですけど……それより、グラーチェ様の方が忙しいんじゃないですか?」


この男、絶対あれだ。嫌味を言ってるに違いない。
常識的に考えて、教会に務める自身と、定職につかず冒険者などやっている俺と、どちらが忙しいかは一目瞭然だ。


「この前の護衛任務が終わったばかりだし、しばらくは休みが貰えるんだ。そうでもないさ」
「そうですか……ところで、今日は一体なんの用でしょうか……」
「んー……とりあえず、場所を変えようか」
「……はい」


やはりあれだ。金か何かをせびるつもりだろう。
いやらしい性格だ。命を助けてもらった手前、真正面から言われればノーとは言わないのに、わざわざこうして遠回しに徴収するんだ。
ひねくれているんじゃないだろうか。





「…………ここは結構お気に入りの店でね、紅茶が美味しいんだ」
「はあ……」
「ケーキもどうだい? ここのは人気なんだ」
「────じゃあ、チーズタルトを」


さて、場所は変わり、何故か俺はカフェへと連れてこられていた。


店内は、白を基調とした可愛らしい空間で、周りを見渡すと、女性客が多い。
希に男性客もいるが、女性客の執事か、恋人と言ったところだろう。
はっきり言って、男2人でいる俺たちは地味に注目を浴びている。


──なぜ俺はここへ連れてこられていたのだろう。


「あ、あの、グラーチェ様……」
「アルフレッド」
「……は?」
「アルフレッドと読んでくれ」


アルフレッドは、どこか寂しげに囁いた。


「いや、でも、身分が違いすぎますし……」
「何を言うんだい、私も君も、貴族じゃないか」
「いや、男爵家と伯爵家では結構違うと思いますけど……それに俺、ソリュート家とは絶縁してて」
「それは……」


途端に苦しそうな顔をするアルフレッド。


「……何があったかは、今は訊かないで置くよ。それでも、私は君にアルフレッドと呼んでほしい」
「……わかりました、アルフレッド」


俺に拒否権がないことくらい、分かっているだろうに……
しかしこれで、俺に金がないことは分かってもらえたはずだ。


とそこで、ケーキと紅茶が運ばれてきた。
遠目に見ても大変美味しそうなケーキに、ため息が出そうになるほど良い香りのする紅茶。
なるほど確かに、ここは良い店だ。


「……さ、食べてくれ」
「は、はい……いただきます」


……ケーキは、実に美味しかった。
クリーム部分の、しっとりとした滑らかな舌触りに、鼻に抜けるチーズの香り。それとタルトのサクサクとしたこうばしいかおりと食感が、絶妙なハーモニーを作り出していた。
そして紅茶との相性もピッタリだった。
互いに互いの風味を殺さず、しかし口の中をさっぱりさせてくれる。
こんな良い店があるとは……リサーチ不足だったかのしれない。


俺がケーキと紅茶を堪能していると、ふとアルフレッドが微笑ましげにこちらを見つめていることに気が付いた。


「んんっ、な、なんですか……?」
「いや、君は随分と美味しそうに食べるなと思って……気にしないで食べててくれ」
「そうですか……」


なんだろうか、貧乏人と馬鹿にされているのだろうか。さすがにケーキくらいいつでも食べられるぞ!


「……あの、先日の件なんですけど」
「ん?」


しょうがない。もうこちらから切り出すことにした。


「謝礼、ですよね。いくらですか?」
「…………何の話かな」


わざとらしくパチくりしちゃって……バレバレだっつの。


「あれですよね? 助けたことに対して、報酬を要求したいんですよね?」
「…………君はそう思ってたのかい?」


低く、地を這うような声。図星だったに違いない。


「そ、それで、いくら──」
「もういい」
「はい?」


突然、すくりと立ち上がったアルフレッド。
一体どうしたというのだろうか。
こちらは大人しく払うと言っているのに……。


「…………また、時間を作ってくれないかい?」
「えっ? 良いですけど……」
「いつ都合がつくかな」
「いつでも……」
「なら、明日……いや、明後日、また広場の噴水の所で。良いかい?」
「は、はい……」


な、なんだなんだ? 一見また会えないかと訊かれたようで、有無を言わせない口調だったぞ……。


結局、複雑そうな顔をしたアルフレッドは、伝票を持って出ていってしまった。


一体どうしたというんだ……。




街の郊外にほど近い安アパートへと帰ってきた俺は、ベッドに寝っ転がりため息を零した。
なぜか、金を取られなかった。
そして、逆ギレされた。
もしかして報酬が目的ではなかったのだろうか……。


わからない。そもそも、学校時代にもほとんど関わったことがないのだ。
それに卒業してからは、一度も顔を合わせたことがなかった。
そんな接点のほとんどないアルフレッドが、どうして突然構って来たのか……。


考えれば考えるほど分からないかった。


「アルフレッド・グラーチェか……」


──1度だけ、彼と深く関わったことがあった。
貴族学校時代、卒業間近の授業の中で、模擬戦闘の時間。俺は初めてアルフレッドと闘った。
結果は負けだったが、もしかしたら、その時のことで何か思惑があるのかも知れない。


結局なにが目的かは分からないが、相手は伯爵家かつ聖騎士団員。
何か言われて断ることなどできないのだから、どのみち明後日には顔を合わせることになるのだ。


──腹の探り合いは苦手なんだけどな……。


思わずため息をつき、俺は目を閉じた。

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