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ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~

kiki

030  世界の終わり

 




「ミカ、起きて」

 誰かの優しい声が、未だまどろみに沈むミカの意識に語りかける。

「もう朝だよ、みんなも起きてるから早く」

 こんな風に、誰かが起こしてくれることなんて、現実世界であっただろうか。
 ミカの両親がそんなことをするわけがない。
 彼女の両親は友達も作らせなかった。
 ならば、初めての経験なのだろう。
 いつも”二度と目覚めなければいいのに”と思いながら眠りに落ちていたミカだったが――

「ミーカー!」

 ぽふんっ。
 パッチラの軽い体がミカの上に飛び乗る。
 いくら小柄と言っても人体が上に乗れば、多少なりとも苦しいもので。
 ゆっくりと目を開いて、自分の顔を覗き込むパッチラと見つめ合う。

「おはよっ」
「おはよう、パッチラ」

 ――こんな目覚めなら、永遠に続いてくれたって良い。
 心の底から、そう思う。
 ミカが目を覚ましたことを確認すると、パッチラはベッドから降りてカーテンを開く。

「ねえミカ、見て見てっ、雪が振ってるんだよ!」
「雪……?」

 ベッドから抜け出したミカは、寝起きでまだ重い体をひきずりながら、ゆっくりと窓に近づいた。
 外の景色を眺める。
 確かにそこでは――雪のように、白く輝く結晶が空から降り注いでいた。



 ◆◆◆



 こんな時期に雪なんて振る訳がない。
 きっとこれは、世界が崩壊する前兆なんだって、あたしとテニアは薄々気づいていた。
 けれどそれはわかりきったこと。
 それに、はしゃぐハイドラがあまりに微笑ましかったから、言葉には出さなかった。

「綺麗だね……」
「そうね、すごく綺麗だわ」
「ああ、リレアニアでこんな景色が見れるとは」

 地平線はすでに喪失している。
 屋敷の2階の窓から見ると、それは一目瞭然でわかった。
 すでに崩壊は、リレーン公国の大半を飲み込もうとしている。
 空も割れ、破片がこうして降り注いでいるぐらいなんだから、ミカを救出するメサイアプロジェクト、その実行が今日の正午っていうのは、かなりギリギリの日程なのかもしれない。
 明日、あたしたちが生き残ってる保証なんて、どこにも無いんだから。

「本当は、世界にはたくさんこういう景色があるんだよね」

 ドライネイト帝国、フォリス王国、シャイモア公国。
 いや――このリレーン公国内でさえ、見たことの無い名所は沢山存在していた・・

「みんなで見てみたかったな。一緒に旅をしたら、きっとどこに行ったって楽しいもん」
「確かに、目的のために旅をするのではなく、旅そのものを楽しめるような状況なら、今回よりもずっと素敵な旅になるだろうな」
「そうね。落ち着いたら行きましょうか」

 言っててあまりに虚しくて、泣きそうになったから、あたしはそこで言葉を止めた。
 両サイドのハイドラとテニアを見てみると、似たような表情をしている。
 考えることは同じ、ってことか。
 そりゃそうだよね。
 だってあたしたち、互いに好き合ってるんだから。



 ◇◇◇



 そして正午、メサイアプロジェクト開始の時。
 それは静かに、ゆっくりとこの世界に降り立った。
 派手な登場なんて必要ない。
 外の世界の人々がミカを救出するためにやっていることは、要するにダイバーと同じなんだから。
 こちらの位置を把握する方法でもあるのか、昨日あたしたちが通った道を、4人の男女が歩いてくる。
 ミカとパッチラも同じものを見ていたらしく、部屋を出る音が聞こえた。
 すぐさま後を追う。
 玄関から外に出て、玄関から門に向かう道の途中。
 そこで、あたしたちは彼らと遭遇した。

「美香っ!」
「美香ちゃあんっ!」

 演技がかった声で、ミカに話しかける中年の男女。
 なるほど――あれが彼女の両親か。
 残り2人は、見知らぬ男性と、見知った女性が1人ずつ。
 女性の方は、昨日のやり取りで何となくわかってはいたけれど――ミナコだった。
 ミカは呼びかける両親を無視して、ミナコと相対す。

「やっぱりそうなんじゃない」
「……」

 ミカの呼びかけに、ミナコは当然のように答えない。

「……ん? 桐生教授、彼女と知り合いなのか?」
「存じ上げないわけだ、初対面に決まってる」
「そうか、ならいいのだが」

 ミナコの隣に立っていた男性が、一歩前に出る。
 そしてミカに手を差し出すと、自らこう名乗った。

「須崎十郎太だ。山瀬美香さん、君を救出するための計画、メサイアプロジェクトの責任者をさせてもらっている」
「……救出、ですか」
「ああそうだ、この手を取ってくれ。そしてこんな世界・・・・・から脱出して、早く元の世界に帰ろう」
「そうよ美香、みんなあなたの帰りを待ってるわ!」
「もちろんパパとママもだ!」

 他人が聞いてても反吐が出るような茶番だった。
 何一つ、ミカの意志なんて汲み取れていない。
 彼女は反抗の意思を示すため、2本の剣を抜く。
 おそらく、彼らがダイバーと似たような存在なのだとしたら、対策はしているはず。
 それでも、意志は伝わるはずだから。

「お断りします、私は帰るつもりなんてありません」

 きっぱりと言い切るミカに、驚愕するスザキと彼女の両親。
 スザキはともかくとして、なぜ両親まで驚けるのか――見てるこっちが不思議で仕方なかった。

「何を言っているのよ美香、こんな場所に残ったって何も良いことは無いわ」
を必要としてくれる人が居る、それだけで十分よ」
「もちろん、パパとママにとっても、だぞ。美香のことが必要なんだ!」
「都合のいい人形として、でしょう?」

 ミカは心底軽蔑しながら、自分が両親にされてきたことの全てを吐露しはじめた。
 その時あたしは、ミナコの口角が微かに上がっているのを見た。
 ああ、なるほど――そういえばこれ、大々的に行われるプロジェクト、って話なんだっけ。
 ってことは、意外と沢山の人が見てたりするのかな。

「子供の頃からそうだった、パパもママも私に勉強しろ勉強しろって。おもちゃもダメ、本も与えられた物以外は読ませてくれない」
「それはあなたのことを考えて……」
「友達ができた時も、あなたには要らないって無理やり引き離してたよね。これも私のためだったんだ?」
「当然だ、美香は立派な人間になるんだからな、相応しい友達でなければならない。それをパパたちが管理していただけじゃないか! 誰だってやっている!」

 両親は、全く悪びれずに断言する。
 なんで平然とミカの前に姿を現せるんだろう、って疑問だったけど――そっかこの2人、全く悪いとは思ってないのか。
 どれだけ娘を追い詰めても、その原因が自分たちにあるとは想像すらしていない。

「何よ、管理って……!」
「立派な人間になるために必要なことよ」
「パパとママが言う立派な人間って?」
「勉強ができて、いい仕事について、ちゃんとお金が稼げる人間になるんだ」
「それ以外は? それ以外はいらないの?」
そんなもの・・・・・は、立派な人間になった後に考えるべきことなの」

 ミカの問いかけに、両親は淀み無く、すらすらと答えていく。
 その度にミカの声は震え、怒りを孕んでいった。
 パッチラが彼女の服の裾を掴む。
 その感触のおかげで、辛うじてミカは冷静さを保てていたようだけど――

「ママたちの言う通りにしていれば、ミカは素敵な人間になれるのよ。だから、ほら、そんな気持ちの悪い人形とはさよならして、現実に帰りましょう?」

 ――その言葉で、限界を越えてしまった。
 思わずあたしも怒鳴りたいぐらいだったけど、ここはミカの舞台だから、ぐっと我慢する。

「人形? パッチラが、気持ち悪い人形だっていうの? は、ははは、あはははははっ」
「人間みたいな動きをして気味が悪いじゃない」
「ねえママ」
「どうしたの、美香」
「ママの方がよっぽど気持ち悪いよ」

 その言葉で、ミカの両親は凍りつく。
 ”まさか娘がそんなことを言うわけない”と、本気でそう思っていたからこその驚愕だった。

「私から友達を、友情を奪っておいて。私にろくに愛情も注がないでおいて。気持ち悪い? パッチラが? あんたたちが私にくれなかったもの、この子は私に全部与えてくれるってのに!? 2人は昔っからそうだった、何もかも私から奪っただけのくせに、何もかもを与えた気になって、恩着せがましいのよぉっ! 挙げ句の果てには管理だとか監視だとか立派な人間だとか、あんたたちの身勝手で気色の悪い価値観を私に押し付けないでよおぉッ! 私にも夢があるの、欲しいものがあるの、好きなものがあるの! でもあんたたちは、それを全否定してきた! だから私は何も持って無くて、味方なんて誰も居なくて、私自身すら私の味方じゃなかったっ! 世界中で誰ひとりとして、私を、私という人格を必要としてくれる人間は、現実世界には誰ひとりとしていなかったの! わかる? それがどれだけ辛いことか、そんな世界で生きていくことがどれだけ苦しいことか想像できる!? できないでしょ? できないからこんなことができるんだ! わかってんでしょ!? 普段は全く見せもしない、よそ行き用の優しい両親面して、メサイアプロジェクトなんて気持ち悪い計画に参加してさ!? 結局、他人から少しでも良くみられようとして、私のこと利用してるだけじゃないかよおおおぉぉぉおおおおおッ!」

 ミカは息切れするほど長い言葉を、一気に吐き出した。
 言い終えた彼女は、肩を上下させながら呼吸を整える。
 そんな娘の必死の訴えを、彼女の両親は――とても冷めた目で見ていた。

「須崎先生、どうやらあの気持ちの悪い人形がうちの娘に悪影響を与えたようです」
「は、はあ」
「消してください。あるんですよね、除去プログラムが」
「確かに、桐生教授が開発したものがありますが……」
「私からもお願いします、須崎先生。あれは娘にとって良くないものだ」

 あれだけ感情のこもった言葉を前にして、まだそんなこと言えるの?
 これが、人間?
 こんな感情のない生き物が人間だって言うんなら、命だって言うんなら――あたしたちの方が、よっぽど人間らしいじゃない!

「やめて……やめてよ、また私から奪うの……?」
「あなたのためなのよ、美香」
「そうだぞ、お前のためなんだ、美香」
「私のことなんかこれっぽっちも考えてないくせに、何で平然とそんなこと言えるのよおぉぉっ!」

 パッチラを抱きしめながら、ミカは叫んだ。
 ああ、もう見てらんない。
 あたしも短剣に手をかけ、鞘から抜こうとした。
 けれど――

『――』

 脳裏に、昨晩ミナコから聞かされた言葉が蘇る。
 彼女の顔を見ると、ちらりと一瞬だけ、視線をこちらに向けた。
 信じきれないけど……確かにあたしが出た所でできることなんて限られてるし、ここは彼女に任せた方がいいの、かな。

「パッチラ、やだよ……パッチラぁ」
「ミカ……パッチラ、消されちゃうの?」

 抱き合うミカとパッチラを前に、躊躇うスザキ。
 しかし、両親に押され――彼は手を前方に翳した。

「NPC除去プログラム、作動」

 手のひらが光を放つ。
 するとパッチラの体が同じ色の光で包まれる。

「あ、あぁ……ああぁ、やだ、やだ、行かないで、やだああぁぁぁっ!」
「あ……パッチラも、嫌だよ。もっと、もっとミカと一緒に――」

 パシュンッ!
 驚くほどあっさりと、パッチラはミカの腕の中から消滅した。

「パッチラちゃんが……」
「あいつら……!」

 唖然とするハイドラに、スザキたちを睨みつけるテニア。
 そしてミカは――

「いやああぁぁぁぁああああっ! いやっ、いやだぁっ! 返して、がえしでよおぉおっ! 私、私、あの子が、いないどぉ……ッ!」

 涙を流しながら、叫ぶ。
 それでもなお、両親は表情ひとつ動かさず、淡々と計画を進めていった。
 ……なんとなく、ミナコがあたしに声をかけた理由がわかった気がする。
 無理に手を出していたら、きっとあたしたちも巻き込まれていたから。
 そういうことなんでしょ?

「さあ邪魔も消えたことだし、帰りましょう美香。もうこんな場所にいる必要もないでしょう?」

 母親の手が、涙を流しながら狂乱するミカに触れる。

「ああぁぁぁぁっ、うああぁぁぁぁぁああっ! パッチラ、パッチラあぁぁぁぁっ! どこ? ねえ、どこにいるのぉっ? 私を置いていがないでよおぉおおっ!」

 触れた体は、パッチラが消滅した時のように光を放ちはじめる。
 同時に、ミナコ、スザキ、そして両親の体も輝き――数秒後、一斉にあたしたちの目の前から姿を消した。
 その瞬間、ミカの悲痛な叫びもぴたりと聞こえなくなる。

 誰も彼もが消えた場所に、ぽつんと残されたあたしたちは、その場に呆然と立ち尽くしていた。
 何もできなかった――何もしなかった――。

「ママ、本当にこれでよかったの?」

 2人には昨晩のうちに話しておいた。
 あたしたちは傍観者でいよう、と。

「下手に逆らっていれば私たちが消されていたかもしれない」
「テニアさん……それはそうだけど、でもっ!」
「気持ちはよくわかるわ、あたしだって本当は殴りかかりたいぐらいだったし。それでも――」

 何が必要で、何が不要なのか。
 AIには命が宿ると断言したミナコは、理解していはずだから。

「パッチラは、たぶんミナコに保護されてどこかで生きてる」
「本当に彼女を信じて良いのか?」
「……でも、ミナコさんはあたしを助けてくれたんだよね」
「うん、だから信じたいと思う」

 あたし自身の心の中にも、どこかに信じきれていない部分はあるけれど。

 降り注ぐ世界の破片の勢いは増し、崩壊もリレアニアのすぐそばにまで迫りつつある。
 ついに終わりを迎える世界で、あたしは消化しきれないもやもあした気持ちを抱えながら、屋敷へと戻った。
 最後の時を、2人と一緒に過ごすために。



 ◆◆◆



 山瀬美香のまさかの帰還拒否。
 まるで人間のように振る舞うNPC。
 そしてそのNPCと山瀬美香の怪しい関係。
 さらには優しい両親だと思われていた山瀬夫妻の本性の露呈。

 予想外の出来事が立て続けに発生し、放送中断も提案されたが、肝心の救出成功の瞬間が放送されなければ今回のプロジェクトに付いてくれたスポンサーにも申し訳が立たない。
 そんな理由で、メサイアプロジェクト実行の様子はほぼノーカットで、ネット上に配信された。
 ミカと両親のやり取りも全て、何もかもさらけ出されたのだ。
 閲覧数、視聴者の反応共に想定以上の数字を叩き出したが、それは番組やプロジェクトを引き受けた企業の望む所ではない。
 番組終了後に山瀬夫妻が各方面から叩かれ、炎上するのは間違いないため、そのフォローの方法をどうするのか、スタッフはみな頭を抱えていたという。

 しかし、結果的にどうにか救出は成功したのだ。
 これで山瀬美香が目を覚まし、最後にインタビューをして終了。
 後始末はさておき、番組自体はこれで全ては丸く収まる――そう思われていたのだが。



 パッチラの居ない世界に、美香は一切の価値を見いだせなかった。
 FSOの世界から現実世界に引き戻される途中、自分がどうするべきか考えに考え。
 その結論を――彼女は、目を覚ました瞬間に実行する。



 山瀬美香は目を覚ますと、すぐさま立ち上がった。
 長い間使っていなかったため上手く動かない体で、ふらふらとスタッフをかき分けて進む。
 そして、部屋の端に到達した彼女は窓を開けると、迷いなく、ずるりと滑るように飛び降りた。
 バンッ!
 美香の体が地面に衝突する鈍い音を、マイクが拾う。
 プロジェクトの会場は4階、即死もあり得る高さだった。

 何が起きたのか、誰も理解していない会場は、数瞬の間だけ静まり返った。
 やがて女性の叫び声が響いたかと思うと、それを呼び水に場は混乱に包まれる。
 阿鼻叫喚の様相を呈す会場。
 今まで平然としてきた美香の両親も、さすがにこれは堪えたのか、驚き、口を開いたまま立ち尽くしていた。
 それから数秒後、ぶつ切りの形で強制的に番組は終了となった。





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