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ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~

kiki

028  旅路の終わり

 




 男は笑った。
 その隣の男も笑っていた。

それぐらい・・・・・でかっかすんなって、たかがペットが死んだだけだろ?」
「AIに言ったって無駄っすよ」

 みこちんと名乗った男は軽くミカとパッチラの攻撃をいなしながら、バター猫と談笑していた。

「そうだな、なら体に教えてやんないとな」

 こっちに向かってくるのは、バター猫って男の方。
 わかった。
 じゃあまずは――こいつを殺す。

「そらよっ!」

 男は事前動作もなく、まるで浮かぶように高速で前方に移動を始めた。
 手が光っている。
 膨大な量のエネルギーが集っている、そう感じる。
 それをあたしにぶつけて、殺すつもりなのかな。
 でも――それは、あたらない。

「NPCなんざが人間に楯突くからこうなるんだよっ!」

 突き出された手に対し、あたしが打つ一手は。

「アイテムボックス、オープンッ!」

 何もかもを腐敗させる、この力。
 男の腕は肩近くまで、あたしが開いた空間の中に飲み込まれていく。

「おっと、こんな芸当もできんのか。でも一回防げただけでどうこうなるもんじゃ――あ?」

 余裕ぶっていた彼の表情が、固まった。
 見えてるんでしょ? 自分の腕がどうなってるのか。
 だから引き抜くのが怖いんだ。
 でも引き抜かなくても同じこと、ううんむしろひどくなるだけ。
 時間は、刻一刻と過ぎていくんだから。

「あ、あが……がっ、んだよ……こ、こ……れ、ぎ、ぃああああぁぁああああああっ!」

 異空間からずるりと引き出された腕は、もはや見る壁もないほど腐り果てていた。
 変色し、骨が剥き出しになり、濁った半透明の液体が地面に滴る。
 けれど神経は生きているらしく、バター猫は痛みに顔を歪めていた。

「う、嘘だっ、なんでだよっ、痛覚のフィードバックは切ってたはずなのに……痛いっ、いだいいぃぃっ!」
「バター猫さんっ!?」

 でもさ、まだ腕だけだよ?

「まさかあんた、それだけで済むと思ってんの?」
「ま、待て――待ってくれえぇぇっ!」
「お断りよッ!」

 手をさらに前に突き出すと、異空間は再び男を飲み込んでいく。
 今度は腕だけじゃなく、足も、胴体も、頭も――つまり全身を。
 腕の痛みで思うように動けないバター猫は、迫り来る異空間への入り口から逃げ出すこともできずに。

「嫌だっ、嫌だあああぁぁぁああっ!」

 ずるん、と。
 その醜い体の全てが飲み込まれていった。
 そしてあたしは、こんなもの・・・・・を長時間入れておきたくない、と男の成れの果てをアイテムボックスから吐き出す。
 べちゃ。
 それは異臭を放ちながら、地面に落ちると同時に重力でひしゃげた。
 血液混じりの、赤い半透明の液体を地面に滲ませ、もはや全身が原型を留めないほど変形する中、肉が削げ落ちむき出しになった眼窩が、もう1人の男の方を恨めしそうに見ていた。

「ば、バター猫、さん? 嘘っすよね、いくらここで死んだからって、リアルでも死ぬわけが……」

 青ざめる男。
 怒りが収まらないあたしは、ゆっくりと2人目に近づいていった。

「こちらが忙しく動いている間に、どうも事態が厄介なことになっていたわけ。全く、まさかこのために仕事を抜け出す羽目になるとは」

 そこに、ミナコの声が響く。
 場所は――ハイドラの遺体の傍ら。

「あんた、何を……」
「さすがドラゴンなわけだ、まだ辛うじて息がある。なら助けられる」
「……え?」
「せっかく面白いものを見れているのに、ここで死なれたら困るわけ。それに、先日言っわけよ、 ”見極める”と」

 確かに言ってたけど、結局何を見極めたのか全然わからなかったし。

「AIに命は宿るか否か」

 ハイドラに手を翳しながら、ミナコは言った。

「事前に警告はしたわけ。ペットは改竄が簡単だ、と」
「でも、ハイドラは最後に正気を取り戻したわ」
「わかっている。とても意外だったし、非常に興味深かった。理論では説明できない現象なわけ。おそらくAIを作った張本人ですら把握していない」
「それが、命なの?」
「私はそう判断した、だからこれは人助けというわけよね」

 切り落とされたハイドラの下半身が、みるみるうちに修復されていく。
 テニアの薬もびっくりだったけど、こっちもインパクト強いわね。

「そして私はそこの空気が読めないダイバーに告げたい」
「……僕、ですか?」
「ええ。そこの男……バター猫、だったかな。彼はおそらく死んでいるわけよ、現実でもね。ルトリー――彼女のアイテムボックスにはバグが眠っている。それによって本来なら起きてはならない数値の痛覚フィードバックが発生し、ショック死というわけ」
「し、死んだ……バター猫さんが……」
「そしてルトリーは、未だに君のことを許していない。おそらくこれから、バター猫と同じように殺そうとするわけよ」
「ひいいぃっ!?」

 細身の男が、あたしの方を見て露骨に怯える。
 ハイドラが無事なら、別に殺すまでのことは無いと思うけど。
 まあ、そういうことにしておこうかな。

「じきにメサイアプロジェクトも動き出す、違法行為を咎められたくなければ早期のログアウトをおすすめするわけ」

 ミナコがそう言い終わるより早く、男はあたしたちの前から姿を消した。
 ログアウト、ってやつをして、元の世界に戻ってったんだと思う。

「た、助かったぁー……」
「パッチラも死ぬかと思ったよぉー!」

 疲弊しきった2人は地面にへたり、背中合わせの状態で座り込んだ。
 いくらフレイヤとはいえ、ダイバーの相手は大変だったみたいね。
 そして、あたしとテニアはすっかり体が元通りになったハイドラの元に近づいていく。
 閉じられていた瞳はゆっくりと開き、目を覚ました彼女は「……あれ?」と気の抜ける声を出した。
 あたしはミナコへのお礼を後回しにして、とにかく衝動的に彼女に抱きついた。
 テニアも何だかんだ言いながらあたしと同じ気持ちだったみたいで、目の端に涙を浮かべながらハイドラを抱きしめる。

「……んー、よくわかんないけど……あたし、生きてるの?」
「よかったぁ、よかったあぁぁぁぁ、もうやだよ? 離れたら絶対に嫌だからね?」
「私たちを泣かせるなんて悪いやつだ、これからずっと一緒に居て、償ってもらわないとな!」

 誰もハイドラの問いには答えず、彼女はひたすら両サイドからもみくちゃにされる。
 そうやってじゃれついているうちにどうでも良くなったのか、ハイドラもあたしに抱きついたり、テニアに抱きついたりと状況に適応しだして。
 あとはもう、気が済むまで、他人の目も気にせずにあたしたちはいちゃいちゃしまくった。
 最初は微笑ましく見守っていたミナコも、少しずつ呆れたような表情になって。

 あたしたち3人がようやく落ち着いて、ミナコと向き合う頃には、彼女は頭を抱えて「やれやれ」と首を振っているのだった。



 ◇◇◇



「あとは君たちがリレアニアに到達すれば、めでたしめでたしで終わるわけか」

 あたしが彼女に礼を告げた後、ミナコは藪から棒にそんなことを言い出した。
 そのままこちらに背中を向ける、どうやら立ち去ろうとしているみたい。

「待ってよ、桐生美奈子」

 そこに待ったをかけたのは、ミカだった。

「美奈子さんでいい、フルネームで呼ばれるとさすがにむず痒いわけだから」
「じゃあ美奈子さん。さっき言ってたメサイアプロジェクトってやつについて聞きたいんだけど」
「教えられる範囲でなら話せないわけでもない」
「メサイア――つまり救世主よね。まさか、私を救出するためのプロジェクトなんじゃ?」

 ミナコは足を止め、「ふぅ」とため息をついた。

「現実世界での扱いで言えば、山瀬美香はフルダイブ式MMOの事故に巻き込まれ意識不明の重体。その方法があるなら、誰だって救おうとするのは当然なわけだと思わない?」
「……もしかして、私の両親が言い出したの?」
「聞きたいの本当のこと? それとも世の中に公表されてる上っ面だけの事実?」
「前者に決まってるじゃない。両親あのひとたちが私のことを大事に思ってないのなんて今更よ、気にせずに教えて欲しいんだけど」

 ミナコは再びため息をつく。
 話はよくわからないけど、ミカが両親とあまりうまく行ってない、って情報は伝わってきた。
 こっちなんて、最近できたばっかりの娘と仲良すぎるぐらいべたべたしてんのにね。

「当初、山瀬夫妻は”ゲームでの事故に娘が巻き込まれたなんて恥ずかしい、公表せずにそのまま放っておいてくれ”と希望したわけよ」
「……やっぱり」

 わかりきっていたかのように言ったミカを見て、ミナコは憐れむように悲しげな表情を浮かべた。

「その後、隠しきれはずなんて無くすぐにに山瀬美香の事故は公になったわけ。以降、山瀬夫妻は悲劇の被害者となり、様々なメディアに取り上げられるようになった」
「うちの両親、喜んでたでしょ? 目立つの好きだから、私もそのための道具だったもの」
「確かに、山瀬夫妻はプロジェクトに非常に協力的だった」
「そのメサイアプロジェクトっていうのは、FSOの運営会社が始めたの?」
「いや、元々人間の意識のデータ化に関する研究を行っていた企業が救出に手を上げ、そこから様々なスポンサーが集まり、急ピッチで準備は進められていったわけよ」
「プロジェクトの実施日は近いの?」
「明日の正午、生中継も入って大々的に行われる予定になってる」

 それを聞いて、ミカは鼻で笑った。
 さっき、両親は目立ちたがり屋って言ってたけど――生中継って聞いて大はしゃぎする姿が、簡単に想像できたのかもしれない。
 娘が死ぬかもしれないって時に、喜ぶ両親、か。

「どこの世界にも似たような親はいるもんだ」

 テニアが吐き捨てるように言う。
 あたしは両親が居ないからなんとも言えないけど、きっとそんな親ばっかりじゃないって、そう思いたいかな。

「それで、美奈子さんはそのプロジェクトの関係者ってわけね」
「さあ?」
「しらばっくれないでよ、素人の私だって桐生美奈子って名前ぐらいは聞いたことあるわ。若くして最高学府の教授にまで上り詰めたネットワーク分野のスペシャリスト、通称ウィザード。そのローブのアバターだって伊達や酔狂でつけてるわけじゃないんでしょ?」

 その指摘に、ミナコは自分の格好を見て顔を顰めた。
 ”そんなつもりじゃなかったんだけど”とでも言いたそうな雰囲気。
 無意識のうちに寄せちゃってたんだろうな、わかるわかる。

「言っておくけど、ダイバーは個人的な趣味なわけだから。さっきも言った通り、高度なAIに命が宿るのか自分の目で確認したかったわけよ」
「確認してどうするつもりだったの?」
「それには答えられない」
「そう……つまり隠しておかなければならない何かがあるってことね」
「イエス。まあ、明日の正午になればわかるわけよ」

 言うと、ミナコは今度こそ背中を向けた。
 もうこれ以上話すことは無い、そう告げるように。
 ミカも無駄だと悟ったのか、もう何も聞こうとはしなかった。
 ミナコはあたしたちの傍から離れると、そこで姿を消した。

「メサイアプロジェクト、か。反吐が出るわね」
「ミカは、元の世界に帰りたくないの?」

 あたしの質問に、彼女は即答する。

「当然よ、あっちの世界に私の居場所は無いんだから。必要とされているのは、私が吐き出す成果だけで、それを満たすのは私である必要はない。でも、ここにはパッチラが居る。私を、ミカ・ヤマセという個人を必要としてくれる大事な人が」

 その答えに対して、あたしは間違ってるとか、正しいとか、正誤を判断する立場に無い。
 ここに残りたいなら残るべきだと思う。
 もし本当に、その術があるのなら。

「何にせよ、リレアニアに行かないとどうにもならないかな、ってパッチラは思うかな」
「そうだよ、テニアさんの恩人だって助けないといけないし!」
「そうね……」

 全ての決着は、リレアニアにたどり着いてから。
 何もかもが終わり、世界すらも終わり、そして終わった世界のその続きを見ることができるのか。
 ヴァイオラの埋葬を済ませてから、あたしたちは再び歩き始める。
 言い知れぬ不安と、ハイドラとテニアさえ居てくれれば、と言う無根拠な希望を抱きながら。





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