ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~

kiki

027  確信は得た

 




 傷つけたくはない、けど本気でやらなきゃ殺されるのはあたしの方。
 いや、本気でやったって――

 ガギィンッ!

 短剣を振るっても、それらはハイドラの爪にたやすく弾かれてしまう。

「ハイドラ、ハイドラぁっ!」

 必死で名前を呼びかけても、彼女は反応すら見せない。
 まるでゴミでも見るような目で、機械的にあたしの攻撃を防いでいる。
 ドラゴンと普通の人間じゃ、根本的に体の出来が違う。
 正攻法で戦おうったって無駄だってことはわかってる、それでも一撃一撃に思いを込めれば――ッ!

「昨日の夜あんなことしといて、無視してんじゃないわよぉおおっ!」

 フォンッ!
 力いっぱいに振り下ろした刃は空を切り、ハイドラは腋であたしの腕を挟んだ。
 骨がへし折れそうな程の強さで圧迫される右腕。
 襲い来る痛みを想像して、頭からさあっと血の気が引いていく。
 でもハイドラはそのまま骨を折ろうとはしなかった。
 手心を加えるわけじゃなくて。
 それ以上・・・・のことを――

「きゃあああぁぁぁぁっ!」

 腋に挟んだ腕を振り回し、あたしの体を投げ飛ばしてみせた。
 その拍子に右腕の関節が外れ、手首からもメリッ、と嫌な音が鳴る。
 ふわりと浮かぶ体。
 今は浮遊感で誤魔化されてるけど、着地したらこれ、絶対に死ぬほど痛いんだろうな。
 だったら――動ける今のうちに、攻める!
 ナイフを左手に持ち替え、浮かんだ状態でハーツを放つ。

「っく……シャドウ、ステップッ!」

 あたしの体は不可視の力に引っ張られるように、ハイドラの背後に向かって猛スピードで移動を始める。
 無茶なタイミングで発動したからか、反動が半端ない、意識飛んじゃいそう。
 でも、これで不意は付ける。
 ハイドラが後ろを振り向く前にナイフを構えそのまま突き刺――

「……ああ、やっぱ無理!」

 ――せるわけが、なかった。
 あたしはナイフを投げ捨てると、後ろからハイドラに抱きつく。
 変わってない。
 娘のくせにあたしより大きくて、暖かくて、時にあたしを甘やかしてくれることもあって、かと思えば猫みたいに甘えてきたり。
 こんな大事な人――傷つけられるわけ、無いじゃない。

「ぅ、ああぁ、があああぁぁぁぁあああっ!」

 ハイドラはまるで動物みたいな呻き声をあげながら、振りほどこうとする。
 あたしは必死でしがみつく。
 離してやるもんか、一生そばにいるんだから、って思いを込めて。

「があああぁぁぁぁうッ!」

 けれど想いにも限界があって。
 そもそも右腕は折れてるのに、まともにしがみつけるわけなんてなくて。
 あたしはついに振りほどかれ、尻餅をつく。
 振り返ったハイドラは殺意のこもった目であたしを睨みつけると、頭目掛けて右足で蹴りを放った。
 反射的に左腕でガード。
 もちろんハイドラのキックをあたしのへなちょこな腕で受け止められるわけもない。
 ミシ……。
 嫌な音がした。
 左腕に足がめり込み、ありえない方向に曲がっていく光景をスローモーションで見せられたかと思うと――直後、あたしの体は猛スピードでふっ飛ばされた。
 地面にぶつかっても勢いは衰えず、何度かのバウンドを経て、さらに堅い砂の上を転がってからようやく静止する。
 痛い。全身が痛い。
 特に腕。右腕と左腕が、正直泣きたいぐらい痛かった。
 けど一番痛いのは……まあ、言うまでもないだろうけど、心の方で。
 昨日、あんだけ好きだ好きだって言い合ったハイドラと、何が面白くて傷つけあわなくちゃなんないのよ。
 死んでも忘れない、消えても忘れない、永遠に――ずっとずっと、胸に刻み込んでやる。
 あのダイバーとかいう、クソったれ野郎への恨みと一緒に。

「ルトリー、これを!」

 テニアが駆け寄ってきて、瓶に入った薬を取り出す。
 歯をむき出しにしながら、怒りを露わにしてゆっくりと近づいてくるハイドラ。
 そんな彼女の様子をチラチラと見ながら、テニアは慌てた様子で瓶の蓋を開け、中の薬をあたしの腕にふりかける。
 するとみるみるうちに痛みは引き――それどころか、折れていたはずの骨も元に戻っていった。
 まるで、魔法みたいに。

「これは……?」
「千年草を使った薬だ、ある程度の傷ならだいたい治る!」

 ある程度って、骨折も治っちゃったんですけど……っていうか千年草、余ってたんだ。

「そんなすごい薬が……でも、さすがにこれっきり、だよね」

 テニアはこくりと頷いた。
 そう何度も使える無敵の回復手段なんてあるわけがない。
 次怪我をしたら簡単には治らないわけで、そうならないためにもハイドラをどうにかして説得しないと。
 でも、一体どんな言葉をかけたら――
 あたしが悩んでいると、テニアがハイドラと向き合いながら言った。

「がっかりしたよ、ハイドラ」

 よりにもよって、挑発するような言葉を。

「ルトリーのことをママって呼んでて、以前からやたらあざといと思ったたんだ。そしたら今度は、出会ったばかりの男をパパって、頭のゆるさも……いや、この場合は股のゆるさかな、呆れて笑いも出てこないよ」
「何を言っているのかわからない」

 そう言いながらも、ハイドラは頬を引きつらせていて。
 あれ……もしかして、効いてる?

「まず美的センスを疑うね。私とのルトリー争奪戦で負けを認めて男に走るのはまだわかるとして、それにしても選ぶのがあんなに醜い奴だとは」
「パパを馬鹿にするなっ!」
「馬鹿とは言っていない、醜いって言ってるんだ。頭も腐っている、股もゆるい、見る目もない。しかもあっさりルトリーを諦めるってことは性根も腐ってる。はっ、こんなやつを仲間だと思っていた私自身にも呆れたくなってくるよ」

 ちょ、ちょっとテニア、言い過ぎじゃない?

「ぐ、ぐうぅぅぅぅ……」

 ほら、ハイドラ怒ってるし! 滅茶苦茶怒ってるし!
 あ、でも……怒ってるってことは、あたしたちのこと忘れたわけじゃない、ってこと?
 確かに、ミナコはハイドラは改竄が簡単だって言ってた。
 けどそれは上辺だけで、もっと大事な、あたしたちが心って呼んでる部分は、ダイバーにだって触れることすらできないんじゃ?

「ははっ、悔しがるぐらいの脳みそは残ってたんだ」
「テニアアァァァァァァアアッ!」

 怒りの頂点に達したハイドラは、地面を蹴り、爪を振り上げながら一気にこちらに突進してくる。

「ねえテニア、この場合の作戦とか何か考えてるの?」
「感情に任せて言ってただけだから、特に何も」
「はは……だと思ったわよぉっ!」

 ドオォンッ!
 あたしのハイキックと、ハイドラの爪が交錯する。
 凄まじい衝撃に、足にしびれにも似た痛みが走る。
 でも――受け止められた。
 まったく、大地のブーツさまさまだわ。

「がああぁぁっ!」
「テニア、離れててッ!」

 次の攻撃をしゃがんで回避。
 もう一度抱きつこうと手を伸ばすも、ハイドラの素早いバックステップによって手は届かない。
 ハイドラは着地した瞬間、今度は前方に跳ね、膝蹴りをあたしの顔面目掛けて放つ。
 ――シャドウステップ。
 アーツによってあたしの体は彼女の後方に回る。
 しかし、一度出した時に動きを見切られていたのか、ハイドラはこちらの姿を視認せずにすぐさま振り返り、拳を放つ。
 ガギィンッ!
 短剣と爪がぶつかり合う。
 押し負けるのはもちろんあたしの方、よろめいた所に次の爪が迫る。
 ――クイックスラッシュ。
 アーツにより無理矢理体を動かし、どうにかそれも受け止める。
 互いに弾きあい、少し距離が離れる。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
「ウウゥゥゥゥ……」

 息を切らすあたしとは対象的に、まだまだ余裕そうなハイドラ。

「ほんと、テニアの言うとおりよ。言っとくけど、あたしの唇はそんなに安くないんだからね」
「……」
「好きでもないやつに、命や人生も賭けられないやつに、捧げたつもりなんて無いのよ。だってのに、誓いを立てたその翌日に裏切られるこっちの気持ちにもなってみなさいよこの馬鹿娘ッ!」
「……グ、ウゥゥ」

 それが彼女の心に響くのなら、とあたしはテニアと同じ作戦に出ることにした。
 隠しごとは無し、本心を包み隠さず全部吐き出してやる。

「何がパパよ、あんな小太り男に色目使ってんじゃないわよ、見てるこっちがどんな気分になってるのかわかる!? ショック死でもさせる気なわけあんたは!?」

 ダイバーのことを怒らせやしないか、ってちょっと不安になったけど、あっちはあっちでミカとパッチラの相手でそれどころじゃないみたい。
 相手してるってより、”遊ばれてる”って言った方が良いレベルでミカが押されてるみたいだけど。

「許さないから、絶対に。もう一度、ちゃんとあたしの胸に飛び込んで、抱きついて、ママ大好きって言うまで絶対に許さないんだからね! 死んだって怨霊になって化けて出てやる! 世界が無くなったって、存在が消えたって、どこまででも追いかけ続けてやるわ!」
「わからない、わからない……」
「それが嫌なら、あたしのとこに戻ってきなさいよ。今みたいにおかしくなった状態じゃなく、まともなハイドラで、あたしの傍に居なさいよ!」
「わかんない、わかんない、わかんないっ、わかんないよおぉォォおおおおっ!」

 頭を抱えながら、狂乱するハイドラ。
 きっと、あたしの言葉があの子の中にある何かを呼び覚ましてる。
 わかってるよ、ハイドラだって辛いんだよね。
 これはきっと、”正常”ではないこと。
 あたしたちは、世界の理に逆らっている。
 そういうのって、必ず代償を払わないといけないはずだから。

「消してやる、消してやる、わけわかんないお前なんてぇ、消えろぉぉおおおっ!」

 ハイドラは大きく息を吸い込んだ。
 うえ、やばい、ブレスを吐く気だ!
 物理攻撃だけならなんとかやりあえるけど、さすがにあれは――

「そうはさせないっ!」

 離れた場所からテニアの声が聞こえたかと思うと、何かのビンがあたしの前に飛んでくる。
 ゴオォォオオッ!
 吐き出されるブレス。
 ビンは炎に触れると我、中の水色の薬剤が周囲にばらまかれる。
 すると、不思議な事に割れたビンの周辺の火が消えた。
 炎は、ちょうどあたしの体を避けるようにして通り過ぎていく。

「耐火薬って言ってね。薬師にも薬師なりの戦い方があるんだ」

 得意げに笑うテニアに、親指をぐっと立てるあたし。
 お得意のブレスが無効化され、呆然と立ち尽くすハイドラに、今度は優しく語りかける。

「普通だったら、ドラゴンの力さえあれば、あたしみたいに弱っちい人間ぐらいとっくに殺せてるはずなのに、って。不思議に思ってるんでしょ?」
「……うぅ」
「結局、どうやったって無理なようにできてるのよ。あたしにハイドラのことが傷つけられないように、ハイドラにもあたしのことを傷つけられない」
「……わからない」
「そうね、あたしにだってわからない。理屈だけじゃ説明できないのよ。いくら懐かれたからとは言え、まさかあたしが女の子のこと好きになるだなんて思ってもいなかったし」

 しかも自分からキスしちゃうぐらい。
 ほんと、自分でもびっくりだっての。
 でも驚いているのはあたしだけじゃない。
 ハイドラだって、あのバター猫とかいう気持ちの悪い男を”パパ”だと思いこんでるはずなのに、あたしと話してるうちに知らない感情が湧き上がってきてるはず。
 胸が暖かくて、苦しくなる、そんな感情が。
 その証拠に、あたしが近づいても、もう睨んだりしてこない。
 表情に戸惑いは浮かんでいるけれど、もう拒絶はそこにはなくて。
 たぶん、このまま抱きしめたら、それでおしまい。
 全部、元通りになるはず。

「さあ、おいでハイドラ」

 目の前で両手を広げて待ち受けると、ハイドラは少しずつ、地面に足をこすらせるようにあたしに近づく。
 そして、こてん、と胸に飛び込んだ。
 その頭を、昔――5年ぐらい前に、あたしがサーラにそうされたように、優しく抱きしめる。
 まるで母親みたいに。
 けれど恋人のように。

「ママ……」
「うん、あたしがママだよ。おかえり、ハイドラ」
「うん……ただ、い、ま」

 そんなやり取りを最後に――ハイドラの頭は、ずるりとあたしの胸の中から滑り落ちていった。
 急に重さを増して、支えきれなくなってしまった。

「ハ、ハイドラ……?」

 テニアがこちらを見て、青ざめている。
 あたしもゆっくりと、ハイドラが落ちた・・・地面を見た。
 赤かった。
 地面と、あたしの足元が、赤く塗りつぶされている。
 そして上半身だけになったハイドラが、すがりつくように、あたしの足にしがみついていた。

「ママ……ママ……」

 切断されている。
 誰かに――さっきまで、元気に立っていた、ハイドラの下半身が。

「だい、すき……」

 その手は、次第に力を失っていく。
 微かに開いていた目も、少しずつ閉じていって。
 顔には、弱々しい笑顔を貼り付けて。
 命の灯火が――消えていく――

「バター猫さん、せっかくいいシーンだったのに酷いっすよ」
「AI同士の茶番とか気味が悪いだけだろ?」

 誰がやったか、なんて考えるまでもない。
 あいつらだ。
 あの、ハイドラの死を前にして、笑ってる、ゴミみたいな2人が――

「あ、あああぁああ、あぁああぁぁああああああっ、ダイバァァァァアアアアアアアアッ!」

 敵わないってわかってる。
 それでもあたしの憎しみが止まってくれない。
 ハイドラを、あたしの娘を、大好きな恋人を、こんな、こんな無残にしたこいつらを――許せるわけがないッ!
 殺したい、殺す、殺せ、殺してしまえ!
 脳内が殺意で埋め尽くされる。
 明確に、人間を、躊躇いもなく殺してしまおう、そう思ったのは、今が初めてで――

「うわあああぁぁぁぁあああああっ!」

 必ず完遂させるという強い決意と共に、あたしはダイバーに凶刃を向けた。





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