ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~

kiki

024  終わらない世界なんて無い

 




 魔導車を使い、あっという間の次の町――キキーリにまでたどり着く。
 ここを抜けて、数時間移動すれば、もうその先にリレアニアはある。
 旅の終わりが近づいていると言う実感に、若干の緊張を感じつつ、あたしは車から降りた。
 同じく車から出たヴァイオラが、眉間にしわを寄せながらあたりの匂いを嗅いでいる。

「何をしてるんだ、ヴァイオラ」

 テニアの問いかけに、彼女は剣を抜きながら答えた。

「血の匂いがする、警戒しておけ」
「うわ、ほんとだ。しかもこれ、1人や2人じゃないよ!?」

 ハイドラまで言ってるってことは、何かあったのは間違いなさそうね。
 確かに、キキーリほど大きい町に来たってのに、人っ子一人見えやしないし、町全体がやけに静か過ぎる。
 あたしはテニアを自分の後ろに移動させながら、短剣を抜いた。
 ハイドラとミカも臨戦態勢で、じりじりと前へと進んでいく。
 町の中心に近づくに連れて、血の匂いはどんどん強くなっていった。
 そして、最初の死体を見つけたのは、ヴァイオラが路地の真横に差し掛かった時のことだった。
 うつ伏せで倒れる男性。
 その手には、ノコギリのような刃物が握られていた。

「悪意の種……」

 ヴァイオラが呟く。
 倒れる男性の首の後ろには、悪意の種が埋め込まれたことを示す刻印があった。
 その男が加害者になるならまだしも、なんで埋め込まれた人間が死んでるんだろ。

「あ、あっちにも……し、死体が、ある……」
「うわ、ほんとだ」

 テニアが震える手で指し示したのは、お菓子を販売する露天の奥。
 微かに足だけが見えるそれは、10代の少年の死体だった。
 彼の手には果物ナイフが握られていて、首には刻印がある。

 その後に見つかる死体はどれも一様に凶器を手にしていて、そして誰もが悪意の種を埋め込まれていた。
 要するに、誰が加害者で誰が被害者というわけでもなく。
 キキーリの人々は、全員が悪意の種を埋め込まれて、同士討ちで死んでしまった……ってこと?

「こんな沢山の人が種を埋め込まれたなんて話、聞いたことが無いわ!」
「私も初めて見たな。悪魔の手によって行われたことだとすれば、単純に何匹もの悪魔がこの町に潜んでいる可能性がある」
「……っ」

 ヴァイオラの言葉を聞いて、突如ミカが走り出した。

「え、ミカッ!? ダメよ、いくら強いからって単独行動はっ!」

 呼びかけても彼女は止まらない。
 仕方ないなあ、もう。追い替えるしか無いじゃない。
 テニアが居るから無理は出来ない。
 あたしたちは軽く駆け足で、ミカの走っていった方角――町の中央広場へと向かった。



 ◇◇◇



 ドドドドドドォッ!

 広場であたしが見たのは、悪魔たちが立ちはだかる誰かに対して大量の火の玉を放つ光景と――
 それを受けても、全く動じずにその場に立ち続ける、ミカの姿だった。

「まさかフレイヤかよ……生き残りが居るなんて聞いてねえっ!」

 リーダーらしき悪魔の少年が言った。
 しかし少年の姿なんてミカの目には映っていない。
 彼女は空を飛ぶ悪魔の群れの中から、特定の1体の方をじっと見ているようだった。

「パッチラ、これでいいの?」
「ミカ……」

 非常にきわどい格好をしたその悪魔は……あれ、どこかで見たことあるような。

「沈黙の洞窟で悪意の種を撒いていた悪魔だな」

 そうそう、シルエットだけだったけど、あんな姿をした子だったはず。

「あいつが兵に埋め込んでたのか」
「それがミカと知り合いって……偶然にしては出来すぎてる繋がりね」
「こういうの、運命って言うんでしょ?」

 ハイドラはそう言ったけど、どうなんだか。
 神様に見捨てられたこの世界で運命だけ残ってるってのも変な話じゃない。

「あー、お前がパッチラが言ってた女か。俺はパニット、悪魔のリーダーだ。どうやらパッチラを誑かして騙そうとしてたらしいが、そうはいかねえからな!」
「私は本音で語り合っただけよ」
「どっちだって良い。だがはっきりさせておく、オレたち悪魔は魔王様の遺志を継いで、人間たちを滅ぼすことに決めたんだ、もう容赦しねえぞ!」

 遺志って……え、え? 魔王って死んだの!?
 って言うか、ミナコも言ってたけど魔王って誰なのよ。
 そんな化物が暴れてるなんて話、一度も聞いたこと無いんだけど。
 名前からして悪いヤツってのはわかるけど、この悪魔たちの上司ってこと?

「魔王はフレイヤとの戦いを望んでいただけで、NPCを滅ぼそうとはしてなかったはずよね」
「し、知った風な口を叩くなっ! お前に魔王様の何がわかる!?」
「わからないけど、あなたにもわかってないみたいだから」

 落ち着いた様子のミカは、悪魔を容赦なく論破していく。
 もはや「ぐぬ……」としか言えなくなったパニットは、破れかぶれになって再びミカに手のひらを向けた。

「もう人間なんかと話すことなんかねえ、フレイヤならなおさらだ! 死ねッ!」

 ドンッ!
 手のひらから火の玉が放たれる。
 ミカはそれを避けもせず正面で受け止め――やはり、傷一つも負っていなかった。

「ううぅぅ……何なんだよお前、化物じゃねーか!」
「悪魔に言われたくない。もう無駄だってわかったでしょ? ねえパッチラ、こっちに来てよ。私はあなたと一緒に旅がしたいの」
「でも、仲間が……」
「そうだ、俺たちは仲間だっ! ポッと出のフレイヤなんかに俺たちの絆が引き裂けるもんか!」
「それで? その絆で人間を滅ぼして――そのあとどうするつもりなの?」
「その、あと?」

 悪魔たちだって、この世界が滅び始めていることは知っているはず。
 彼らがその気になって悪意の種をばら撒けば、残った人類はいともたやすく滅びるはず。

「人間って敵を全部倒したら、魔王と同じ末路になるんじゃない? 存在意義を失って、自問自答を繰り返し、答えが出ずに自殺したりして」
「う……なんだよ、じゃあどうしろって言うんだよ! 俺たちは悪魔だぞ? どうにかして悪いことしてい生きてくしか無いだろ!」
「そうやって自分で選択肢を狭めてるから見つかんないのよ。ねえ、パッチラ」
「うん……ミカの言うとおりだと思う」
「パッチラ!?」

 あたしたち、完全に蚊帳の外だけど――どうやら話はミカの有利に進んでるみたいで。
 悪魔側についていたはずのパッチラと名乗った少女は、ここに来てミカの味方になった。

「悪いことなんてしなくても、一緒に居るだけで”このためにパッチラは生きてたんだ”って思える大事な人、見つけられたから」
「おかしいと思ってたんだよ、キキーリの連中に種を埋め込む時だって全然手伝おうとしねえし、むしろ邪魔しようとするし! 誰だよ、その大事な人って!」

 わざわざ言わなくてもわかるでしょうに、鈍いやつ。
 パッチラは、ゆっくりとミカの方を指差す。
 彼女の指先の動きに合わせて視線を移したパニットは、ミカをありったけの憎悪を込めて睨みつけた。

「やっぱり誑かしたんじゃねえか、お前が……フレイヤなんかが!」
「普通に話しただけで誑かすとか面倒なやつね。だったら私だって、この世界が滅びてもパッチラが居たら生きていけるかな、って思える程度には誑かされてるわ。悪魔は悪くなくちゃいけないとか、そういう固定観念に囚われてるから、こんなことしちゃうのよ」
「だけど、今さら……魔王様も居ない世界で、俺らがそんな強く生きていけるわけがないだろ!?」

 声を荒げ、仲間と共に再びアーツを放とうとする悪魔たち。
 ミカは「多少力づくでいくしかないわね」と2本の剣を強く握りしめた。
 しかし――今度の攻撃は、さっきの火球みたいに単純なものじゃない。

「あれだ、あれを使うぞみんな!」

 ミカを中心に、周囲の地面に魔法陣が描かれる。
 陣は結構大きくて、後ろで状況を見守っていたあたしたちの足元にまで届いていた。
 反射的に飛び退いて、なんとか逃れる。
 でもミカは、距離からして逃れられそうに無くて――

「だめえぇぇぇぇぇっ!」
「パッチラ?」

 アーツが発動する直前、パッチラが叫びながらミカに近づく。

「お、おい馬鹿、何やってんだパッチラ! 巻き込まれちまうぞ!?」

 そんな忠告も届かず、パッチラとミカがお互いに伸ばした手が触れ合った瞬間――2人の姿は、目の前から消えてしまった。
 どこかにワープしたとしか思えないほど、本当に一瞬で。
 仲間が巻き込まれてしまったことに、ざわつく悪魔たち。
 特にパニットのショックは大きく、ふらふらと力なく地面に降り立つと、そのまま膝をついてしまった。

「嘘だろ……そんな、パッチラ……」

 いやいや、勝手に落ち込んでんじゃないっての。
 落ち込みたいのはこっちの方よ!

「あんたたち、ミカに何をしたの!?」
「わからない……」
「はぁ?」

 あたしは反射的にガラの悪い声を出してしまった。
 女の子としてあるまじきリアクションだけど、でもあんまりふざけすぎてるこいつが悪いんだっての!
 何よ、わからないって。
 わからない魔法を切り札面して使ってたわけ?

「わからないんだ。フレイヤが消えた頃から、あるアーツを使うと、相手がどこかに消えるようになって。二度と戻ってくることは無いから、必殺技のつもりで使ってたんだけど」

 フレイヤが居なくなってから、つまり世界が滅び始めてから使えるようになったってことは。
 そのアーツもまた壊れていて、本来とは違う効果を発揮してしまった、と言うことなのかもしれない。
 でも、二度と戻ってこれないって――じゃあ、ワープしたのか、それとも消滅したのかもわからないってことじゃない。

「俺……パッチラのこと、殺しちまったかもしれない……」

 崩れ落ちるパニットに、それを慰めるために次々と悪魔たちが寄り添う。
 人望はあるようだけど、だからといって、キキーリの人々を殺したことや、ミカを傷つけたことは許されない。
 その始末はあとでつけるとして。
 今は――どうにかして2人を助ける方法を探さないと。

「バグを利用するNPCがルトリーだけじゃないとは驚いたわけよ」

 そこに、つい昨晩聞いたばかりの声が聞こえてくる。

「誰だっ!?」
「待ってヴァイオラさん、敵じゃないから!」
「味方ってわけでもないけどな」

 そりゃテニアの言う通りだけど。
 でもこのタイミングで現れたってことは……。

「ミナコさん、だったっけ。何で急に出てきたの?」
「ここでミカに死なれたら困るから、一応出てきておいたわけよ」
「お、おいあんた、パッチラのこと助けられるのか?」
「そのパッチラって子は知らないわけだけど、フレイヤの方は助けるつもりなわけ。たぶんそっちもついでで引きずり出せるだろうけど――」

 ミナコは顎に手を当てたまま、止まってしまった。
 何かを考え込んでいるみたい。

「このゲーム、想定外の領域に飛んだ場合は時間の概念が狂ってることが多いわけ。他にも色々おかしなことになってる可能性が考えられるわけだから、ここでは一瞬でも、飛ばされた先ではすでに100年時間が過ぎてるとか、なんてこともあり得るわけよ」
「だったら急いで助けなきゃまずいんじゃないの!?」
「まったくもってルトリーの言うとおりなわけ。それでも……案外、助けない方が幸せなのかもしれない。なんてね」

 バヂッ!
 ミナコの手のひらが閃光を放ち、異空間が口を開く。
 まるであたしのアイテムボックスのように。
 見えた空間の先には――離れ離れにならないよう2人で抱き合う、ミカとパッチラの姿があった。
 やけに密着している2人の姿を見て、本当に100年経っちゃったんじゃ……なんて予感が脳裏をよぎった。





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