ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
021 この世界は終わりました。終わりました。終わり。終わ、り。り、り。
ニールの最期を看取ったあたしは、頭を抱えながら部屋に戻った。
”まだここに居たい”と主張したけれど、サーラに強引に追い出されたから。
「ママ……」
ハイドラはあたしに寄り添い、肩を抱いてくれている。
気休め程度ではあるけれど、その心遣いが嬉しかった。
テニアは、部屋に入る直前にあたしたと別れて、お手洗いへ向かった。
気持ちはよくわかる。
あたしだって、本当は倒れてしまいそうなほど最悪の気分だもん。
コンコン。
その時、誰かがドアをノックする音がした。
あたしの代わりにハイドラが「どうぞ」と返事をすると、ミカが部屋に入ってくる。
「戻る途中で聞いたけど、さっきの子供……亡くなったらしいね」
「死んだってより、壊れたって感じだったわ」
最初は言動がおかしいだけだった。
けれど次第に体の色が変色し、不気味な模様が全身に広がり、最後には体が変形して息絶えた。
そして――ニールが命を落とした直後に、ルークもまた、おかしな言動を繰り返し始めた。
たぶん、あの子も、もう――
「ねえミカ、あんた知ってるんじゃないの? あのミナコって正体不明の女の人もそう、全部わかってるんでしょ!?」
ミカが悪いわけじゃないのは知ってる。
八つ当たりだってわかってても、それでも、あたしはこの行き場のない気持ちをぶつけずにはいられなかった。
ミカはあたしの言葉を受けて目をそらすと、ぽつぽつと語り始めた。
「FSO――フェアリー・ストーリー・オンラインはね、サービスを終了したの」
「サービス?」
「ここは現実世界の人間――つまりフレイヤが遊ぶために作られたゲームの世界。採算が取れなくなれば、もちろん終わらせなければならなくなる」
よくわからない。
採算とか、ゲームとか。
だって、あたしたちはここに、意思を持って生きてるんだよ?
「神様が世界を作ったとか、そういう話?」
「見方によっては同じなのかもしれないね。だとするなら、すでにこの世界は神様から見捨てられたってことになる」
「そんなの身勝手じゃない!」
「身勝手と言われても、所詮はゲームでしかないから。FSO――つまりこの世界は1つの塊で、サービスを終了した瞬間にデータの海に放流されたの。やがてゆるやかに崩れていって、跡形もなくなってしまう」
「ニールが死んだのも、ルークがおかしくなったのも、その影響ってこと?」
ミカはゆっくりと首を縦に振る。
「影響はそれだけじゃない、もっとわかりやすい形でも崩壊も進んでる。さっき確認してきたけど、おそらくドライネイト帝国とフォリス王国の西半分は、すでに存在してないんじゃないかな」
「な……! ってことはつまり、クロープス大陸の半分近くがもう消えてるってことじゃない!?」
「そういうことになる、かな」
「ねえ、それを止める方法は無いの? フレイヤだったらどうにかできるんじゃ……!」
返事はない、無言だった。
つまり答えはノーってことで。
「この世界に居る人間だけじゃどうにもならないの、外から自由に出入りできる誰かじゃないと――」
フレイヤたちがこの世界に来たり、居なくなったりできることは知ってた。
でも、てっきり別の空間に移動してる程度にしか思ってなかったけど、要は”外”に帰ってたってこと?
じゃあ、ここは”内”で、作られた場所で、つまりあたしたちは……フレイヤにとって、ただの物語の登場人物に過ぎない、のかな。
だから、簡単に捨てることができる。
あたしがどう喚こうが、外の人間にとってあたしたちの命なんて塵ほどの価値も無い。
「もう、どうしようもないんだ」
「……今のところは」
「そんな……よくわからないけど、ママと離れ離れになんてなりたくないっ!」
あたしを抱きしめるハイドラの腕に力が篭もる。
こんなに暖かいのに、心臓の鼓動だって聞こえるのに、あたしたちは命じゃないの?
あたしだってやだよ、離れたくないよ。
ハイドラとも、テニアとも、サーラともルークともサワーともニールとも、誰とだって離れ離れになんてなりたくない!
本当は、”世界の終わりなんてありえない”って笑い飛ばしてやりたいぐらいなのに。
なのに――目の前で壊れてしまったルークとニールを見てしまったから、楽天的に崩壊から目をそらすことも出来ない。
終わってる。
詰んでる。
あたしにできることは、何も……ああ、でも。
それでも……。
あたしは、諦めたくない。
生きていたい。
この命に、しがみついていたい。
せいぜい5年分の記憶しかないけど、それでもこの5年間みたいな日々がずっとずっと続けていけばいいって、強く強く寝返るような毎日だったから。
「世界は、西から壊れていってるのよね?」
「うん、たぶん」
「なら、最後に壊れるのは……リレアニアってことになるわ」
どのみち最初からそのつもりだった。
なら、最後まで貫き通そう。
で、頑張って生きて、生きて、限界まで生きて、諦めるなら――そこまでやってからでも、遅くはない。
「予定通り、リレアニアに行きましょう。みんなにも声をかけて、少しでも長い時間生きられるように」
「……前向きなんだね」
「ママは強いから!」
「やだな、そんなんじゃないよ。強がってなきゃ……やってらんないもん」
ただの虚勢でしかない。
それでも、他の人があたしの強がりで少しでも救われてくれるのなら。
これほど嬉しいことは、他にない。
◇◇◇
「いいよ、私はここに残る」
――一緒にリレアニアに行こう。
絶対にイエスの返事が返ってくるはず、そう確信していたあたしにとって、サーラのその言葉はあまりに予想外の言葉だった。
「どうして!?」
ここにはサーラとあたし、2人だけしかいない。
ニールはすでに宿の外に運び出されていて、粛々と葬儀の準備が進んでいる。
ルークは別の部屋に隔離されていて、ここからでも微かに異様な笑い声が聞こえていた。
「逃げたって無駄さ、じきに私もニールと同じ運命をたどるだろう」
「そうとは限らないわ!」
興奮気味で主張するあたしに対して、サーラは自分の手の甲を見せつけた。
その小指と薬指は、毒々しく紫と赤、そして緑の入り混じった色に変色していた。
ニールも死の直前、同じ状態になっていた。
ミカは確か――”テクスチャ”がおかしくなってる、って言ってたっけ。
「さ、サーラまで……」
「実はね、さっきあんたが部屋に戻った後、カルアの様子もおかしくなり始めたんだ」
「うそ……あの子が、そんな……」
「ニールにルーク、そしてカルア。全員、私が最初の孤児院を始めるときに連れていた子たちだ」
そんな共通点に、何の意味があるっていうんだか。
「馬鹿げた話と思って笑ってくれ。私は思うんだ、ひょっとすると古い順におかしくなってるんじゃないか、ってね」
「古いって……みんな年齢はバラバラじゃない!」
「この世界はフレイヤを前提にして成り立っている、私たちNPCはしょせん付属品でしかない」
「だからそれは違うって!」
「だとしたらだ、だと仮定したら――この世界の誕生は、フレイヤが現れた10年前なんだ。全てはそこを基準に決まっている、います」
「基準なんて、あったって無くたってどうだっていい! みんなで一緒に逃げようよ、サーラ。リレアニアまで逃げればまだ助かるかもしれないの!」
サーラの肩を掴み、前後に揺さぶりながらあたしは感情を込めて伝えた。
一緒に生きたい、諦めないで欲しい、きっとどうにかなる――
説得力が無いってことはわかってるけど、それでも少しでもあたしの想いを理解して欲しい!
でも――そんなあたしの想いは届かなかった。
ふっ、とサーラの目から光が消え、まるで壊れた人形のように口がパクパクと動き出す。
「ようこそピリンキへ、あんたが新しいフレイヤかい? 私はサーラ、この孤児院の運営をしているシスターさ」
「……サーラ?」
「ああ、あんたが今回の依頼を受けてくれたフレイヤか。見ての通り貧乏孤児院だから大した報酬は出せないけど、よろしく頼むよ」
「ねえ、サーラ?」
「子供を見つけてくれてありがとね。勝手に出ていった上に迷子になるだなんて、あとでしっかりと叱っておかないとねえ」
「サーラぁッ!」
あたしの声は届かない。届かない。
サーラはあたしにとって母親みたいな存在で。
彼女が居なかったら、今のあたしは居なくて。
彼女が居なかったら、今の元気な子どもたちだって居なくて。
なのに――こんな――!
「だから言ったろう?」
泣き崩れそうになるあたしの頭に、ぽん、と優しい手のひらが乗せられる。
「あ……サーラ、元に……」
「少しずつ長くなって、じきに元に戻れなくなる。だから、無駄なんだよ、もう」
当の本人が怖くないわけがない。
あたしはその時、生まれて初めて、サーラの涙を見た。
釣られてあたしも泣いて、サーラの胸に抱きしめながら泣いて。
そんなあたしを、彼女はまるで本当の母親みたいに優しく抱きしめてくれて。
ふいに、腕から力が抜ける。
また、サーラが意味の分からない言葉を繰り返し始める。
その時、あたしは――もう彼女は手遅れなんだと、明確に悟った。
◇◇◇
翌朝、あたしたちはミカと共にドリュウンを旅立つ。
ピリンキの人々を置いて。
もう二度と会うことは無いだろう、そんな確信を胸に抱きながら。
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