ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
004 ロリビッチなんて所詮は童貞の妄想
モンスター大量発生。
各地の町に一定間隔でランダムで発生するイベント。
開始5分前になるとアナウンスが流れ、開始時間になるとその名の通り、大量のモンスターが発生し、町を襲撃する。
ここで出現するモンスターはアイテムのドロップ率が高く、また参加したプレイヤーには経験値とゴールドが与えられるため、人気の高いイベントである。
サービス末期には、報酬が高すぎると判断した運営が無告知で報酬を下方修正するという暴挙に出たが、公式フォーラムが炎上したためすぐに戻った。
最初からやらなければいいのに。
中堅プレイヤーが1人でも参加すればクリア出来る程度の敵しか出てこないが、NPCだけでクリアすることは困難。
放っておくと町は壊滅し、数人のNPCが命を落とす。生存したNPCも別の町へと移る。
同じNPCは二度と生まれないというのがFSOの仕様なため、もしお気に入りのNPCが居るのなら、他人任せにせずに自分で参加することをおすすめする。
(FSO完全攻略wikiより抜粋)
◆◆◆
「ふっふふーんふーんふーん、ふーんふーんふーん」
「あぅ、だー! がぅっ」
あたしの鼻歌に合わせて、腕に収まったハイドラが体を揺らす。
言うまでもなく、今のあたしは最高にご機嫌だった。
何せ、さっきのモンスター大量発生の報酬が、ぜーんぶあたしの物になったんだからね。
そんで今は、さすがに全部をバッグに入れて持って帰るのは無理だったから、台車を借りて運んでる所だった。
ちらりと積み上がったアイテムを見るだけで、思わず頬が緩んでしまう。
あの両手剣、たぶんランクCのクレイモアだよね。
あっちもランクCのリザレクポーション、さらにさらにランクCのミスリルバックラー。
んっふっふ、思わず笑っちゃうぐらいの大収穫だよ。
そりゃあ、ドラゴンの卵みたいなランクUのアイテムは無いけど、ランクCだってあたしにとっては十分レアアイテムだ。
フレイヤさんたちが消えた今、たぶんどこの町でも武器が不足してるはず。
特にクレイモアなんて、元からそこそこ高値で売れる装備だ。
10万ぐらい行くかなぁ、それだけで今月どころか、来月の家賃まで補えちゃうよ?
どうしよう、あたしったらもしかして――大金持ちなんじゃない!?
「んっへっへ……」
思わず気持ち悪い笑い声が出てしまった、いかんいかん。
「ぜーんぶハイドラのおかげだよ?」
「あぅあー!」
「そうそう、そうやって自慢しちゃいなさい。あれだけのモンスターを1撃で倒すなんて、中々出来ることじゃないんだからっ」
今日はひとまず、武器を1本売りさばいて、たらふく夕食でも食べるかな。
あ、そういやハイドラって離乳食とか食べさせた方がいいのかな。
それともドラゴンだし、お肉?
ま、とりあえずいつもより多めに買っておけばいいかなー。
◇◇◇
――などと考えていたあたしが甘かったんです。
積み上がった肉を生で貪るハイドラを見て、あたしはブレスを吐いた時以上の恐怖を彼女に感じていた。
いくら分? ねえ、一体いくら分食べるつもりなのあなたは!?
今日は贅沢をしようと思って買ってきた肉1kgは、あたしが料理をしようと準備を始めた頃には、すでにハイドラの胃袋に収まっていた。
それでも、まだ足りないと言うように、あたしにキラキラとした視線を向けてくる胃袋モンスター。
「ドラゴン舐めてたわ……」
そりゃあ、あれだけの熱量を吐き出しておいて、普通の人間の子供と同じ量なわけないよね。
この調子じゃあ、さっき拾ったドロップの稼ぎもすぐに無くなりそう。
とは言え、こんなにちっこいハイドラを狩りに連れてくってのも胸が痛むしなあ。
「ママ、どうした?」
「ああ、ごめんね、不安にさせ……ん?」
「ママ、どこか痛い? 苦しい?」
「い、いや……んー……」
なんか、ハイドラ、さっきより大きくなってるような。
肉を食べたから?
いやいや、肉食べて数分で巨大化する赤ん坊が居てたまりますか、って話ですよ。
でも、実際にハイドラは大きくなってるわけで。
具体的に言うと、2才児から5才児ぐらいのサイズに。
しかも喋れる状態になってるってことは、知能も成長してるってこと。
そういや――フレイヤさんたちが連れてた”ペット”って、餌をあげるとそれだけで成長するんだったっけ。
餌を溜め込んでおくと、それこそ一瞬で成体のサイズにまで大きくなるんだとか。
つまり、ハイドラもその”ペット”の一種ってこと?
「なでなでしないでいい?」
「だ、大丈夫、ちょっと考え事してただけだから」
そう言って頭を撫でると、ハイドラは溶けたようなだらしない笑顔を浮かべた。
うーん……やっぱり可愛い。
天使度合いはさらにアップしてるし、どう考えてもあたしに赤ん坊を育てることなんてできなかったはずだし、これはこれで良かったのでは?
「……ま、なっちゃったもんはなっちゃったんだし、受け入れるしか無いか」
ここはそういう世界だから。
神様はNPCの都合なんて、これっぽっちも考えてくれやしない。
◇◇◇
んで、翌日。
ハイドラと同じ布団でくるまっていたあたしが目を覚ますと――隣には、7歳前後の少女が寝ていた。
この子、睡眠でも成長するのか……。
「んぅ……ままぁ……」
なんか慣れちゃったや。
可愛いし、どっかで成長も止まるだろうし、もう気にしないでいいのかな。
この子が規格外ってことは、十分理解したし。
布団から抜け出そうとすると、服の端を掴んで阻止してくるハイドラ。
このまま2人で二度寝したい所だけど、今日は孤児院に行く約束だからそうも行かない。
あたしは彼女を起こすため、軽く体を揺らす。
「あぅ……ママ……?」
「おはよ、ハイドラ」
「んー……おはよ」
寝ぼけ眼であたしを見つめるハイドラに、私は思わず頬を緩めた。
◇◇◇
ピリンキ孤児院は、名前の通り身寄りのない子供を保護するための施設だ。
この世界じゃNPCがモンスターに殺されることはそう珍しくない出来事で、特に親が冒険者をやってたりすると、どうしても行き場をなくした子供が生まれてしまう。
そこで、見かねたフロウラマ教のシスターでもあるサーラが、この孤児院を作ったってわけ。
あたしが孤児院に拾われたのは、5年前のこと。
町の外で行き倒れいた所をサーラが発見してくれて、そのまま居つくようなった。
ちなみに、5年より前の記憶は何も無い。
フレイヤさんいわく、『運営がシナリオについて何も考えてないだけだと思うよ?』とのこと。
言ってることはよくわかんないけど、でも他の人達はみんな生まれた時からの記憶を持っていて、記録も残っていて、それが無いのはあたしだけだから。
きっと何かがあったんだとは思うんだけど――あたしはあたしだし、あんまり深くは気にしていない。
「おい、ルトリーが例の子供を連れて……ってうわ、でかっ!?」
迎えたルークが、ハイドラの姿を見てビビっている。
そりゃ驚くよね、昨日まで2才児だった子がいきなり7歳児になってたら。
「昨日はありがと、ルーク」
「俺のこと……覚えてるのか?」
「ん? もちろん覚えてる。あたしの世話、少しだけしてくれた」
「お、おう……」
微笑ましくルークを見つめる私。
「でもすぐ逃げた」
一瞬にしてルークを睨みつける私。
「ルーク、あんた逃げたのね……?」
「いやぁ……はははっ……」
おしおきしてやろうと拳を振り上げると、ルークは頭を防御しながらすたこらさっさと逃げてしまった。
どうりで勝手に飛んできたわけだ。
あれがドラゴンじゃなくて、普通のこどもだったら大変なことになってたっての。
「サーラ、もうちょっとこの悪ガキのしつけ、どうにかした方がいいと思うよ?」
ルークに遅れて、孤児院の奥から修道服を着た中年の女性――サーラが姿を現す。
今日は顔色が良い、病気の調子はそこそこ良いみたいね。
「男の子はこれぐらいでちょうどいいのよ。んで、その子が噂のどこぞの馬の骨から授かった子かい?」
「サーラまでそんなことを……あたしを何だと思ってるの!?」
「ロリビッチ?」
「ロリじゃないし! これでも10代後半なのー! 違うのよ、ドラゴンの卵を拾っただけなの! そしたらこの子が生まれてきたの!」
もちろん、サーラはそこんとこわかった上で言ってるんだろうけど。
にやにやと笑う彼女を見て、あたしは”敵わないなあ”と大きくため息をついた。
◇◇◇
孤児院の奥の部屋に案内されたあたしは、サーラと2人でテーブルを囲む。
ハイドラはあっという間に孤児院の子供たちに馴染んだみたいで、さっそく子供らしく追いかけっこをしながら遊んでいた。
多少は加減してあげてね、お願いだから。
「フレイヤの消滅にドラゴンの子供、不思議なことってのは立て続けに起こるもんなんだねえ」
「ほんとよ、少しは加減してくれないと、あたしの頭が追いつかないっての」
「まあ、混乱はピリンキだけじゃなく、世界中に広まってるみたいだけどね。しかも同時に巨大なモンスターも出現したと来たもんだ」
「巨大なモンスター?」
「ああ、ランクL、つまりレジェンド級のモンスターが各国の首都に姿を表したらしい。どこも甚大な被害を受けて大混乱してるとさ」
ランクCの魔物にすら苦戦するあたしたちにとっては、ランクLなんて雲を突き抜けて天上の存在。
そんな敵が暴れまわってるだなんて、本当に世界終焉の兆候なんじゃないかな。
「フレイヤが消えたからって、悪党どもも躍動しているようだし、困ったもんだよ」
「悪党っていうと、このあたりだと”漆黒の葬列団”あたりになるのかな」
漆黒の葬列団。
葬列なら喪服なんだから最初から黒じゃないの? という突っ込みが飛んできそうな名前の彼らは、ピリンキ周辺で悪名を馳せる”ギルド”だ。
ギルドってのは冒険者の集団ことで、困ったことに彼らはみんな割と強い。
とは言え、悪事を繰り返してある程度目立つと、クエストが発注されてフレイヤにボコボコにされるから、派手な悪事ってのも中々難しいそうで。
だから、普段から商品を買い占めて値段を釣り上げたり、狩場を独占してみたりと、地味ーな嫌がらせばかりをしているしょーもない集団だったりする。
「そうだねえ、漆黒の葬列団の連中も、昨日あたりから町中でよく姿を見かける気がするよ」
フレイヤが居なくなったとなれば、もはや彼らを止める者は誰もいない。
悪事もやり放題、ってことになる。
孤児院の子供たちや、ハイドラが巻き込まれなければいいんだけど――
「なあルトリー、サーラ」
「どうしたのよルーク」
「ハイドラたちが勝手に外に出ていったけど良かったのか?」
「へ? げ、ほんとだ。いつの間にっ!?」
サーラとの会話に夢中になってて気づかなかったけど、いつの間にか子供たちが姿を消している。
孤児院の子たちにとってピリンキの町は庭みたいなもんだけど――いかんせん、今は間が悪い。
ハイドラを案内してくれてるのかもしれないけど、悪い人にでも捕まったら!
「いつもなら放っておくとこだけど、さすがにタイミングがねぇ」
サーラも同じ気持ちみたいだ。
ハイドラが居るし大丈夫だ、と思いたいけど――いくらドラゴンとは言え中身は子供、騙されてあっさり、ってこともあり得る。
「ちょっとあたしが連れ戻してくる。ルーク、どっちに行ったかわかる?」
「中央の方に行ったんじゃないか? 案内するとか言ってたし」
「そっか、さんきゅ!」
手をひらひらと振って、あたしは孤児院を飛び出した。
ったく、うちの子を勝手に連れ出して、やっぱ悪ガキばっかじゃない。
サーラの育児方針にはいささか問題があると思うんだけど、そこのとこどーなのよ?
◆◆◆
孤児院を飛び出し、町へ繰り出したルトリー。
そんな彼女の姿を、孤児院の屋根の上から見下ろす少女の姿があった。
「ふぅん、あれがスタンピードを全滅させたドラゴンのマスターかぁ」
血のような暗い赤色の髪が風に揺れている。
少女は人差し指をつややかな唇に当てながら、八重歯を見せつけるように”にぃ”っと笑う。
幼い外見とは裏腹に、色っぽい表情を浮かべる少女。
「見たところ普通のNPCみたいだけど、パッチラを楽しませてくれるのかなー?」
彼女は自らを”パッチラ”と呼び、背中の黒い羽をはためかせて、浮き上がる。
そしてルトリーを追うために移動を開始した。
さて、パッチラは特に姿を隠したりはしていないので、数人の住人が彼女の姿を目撃していた。
その中の1人、とある男性は、後にこう語った。
「小悪魔めいた表情、ヘソのピアスに太もものタトゥー。そして何より、極限まで布の面積を減らした上着とローライズ。間違いありませんよ、彼女は――」
男性の興奮はここで最高潮に達する。
血が滲むほど強く拳を握り、血走った眼を見開き、断言した。
「痴女です!」
実は上司である魔王に騙されて着ているだけで、彼女自身は非常にピュアな少女であることをルトリーが知るのは、随分と先の出来事である。
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