ポンコツ少女の電脳世界救世記 ~外れスキル『アイテムボックス』は時を超える~
001 サービス終了のお知らせ
MMORPG『フェアリー・ストーリー・オンライン』、通称FSO。
プレイヤーと区別が付かないほど”高度なAI”を搭載したNPCとの交流を売りにしたこのゲームは、サービス開始からすぐにVRMMOランキング1位を獲得した。
継続的にアップデートが行われ、運営の評判も良し。
そのおかげかユーザー残留率も悪くなく、その後数年に渡って、FSOはランキング上位をキープし続ける。
だが――流行はいつか過ぎ去るもの。
プロデューサー変更による運営方針転換によりユーザー数は激減、その結果として運営予算が減らされたことで、状況はさらに悪化。
20XX年3月31日、FSOはこれ以上の運営継続が困難と判断され、10年にも及ぶサービスを終了することとなった。
◇◇◇
そんなFSOには、とある人気クエストが存在する。
『薬草取りの護衛をお願いします』
プレイヤーにとっての”初期町”である、ピリンキで受けられるクエストで、目的地に到達するまで同伴するNPCを護衛するという内容だ。
序盤のクエストだけあって報酬は安く、プレイヤーの強さが成熟しきった今となっては見向きもされない――はずなのだが。
なぜかこのクエストに限っては、常に一定のプレイヤーが受注を繰り返していた。
その理由は、クエスト依頼人である”ルトリー・シメイラクス”にあった。
彼女は一部熱狂的なファンを持つ、人気キャラだったのである。
少し跳ねた、肩まで伸びた金色の髪。
凹凸の少ない体に、幼い顔立ち。
確かに一部男性に受けそうな人気要素は揃えていたが、彼女の魅力の本質はそこではない。
問題は、彼女が持つスキル『アイテムボックス』にある。
これは、所持アイテムを異空間に保存することが出来る便利スキルなのだが――
……バグのせいで、全く使い物にならないのだ。
何せ、入れた先からアイテムが腐ってしまうのだから。
彼女がゲーム内に登場した5年前からこのバグは存在したが、多くのプレイヤーの要望により、結局、修正されることは無かった。
そして今に至るまで、彼女は”ぽんこつNPCルトリー”として愛され続けてきたのである。
◇◇◇
そんなわけで、FSOサービス終了10分前。
最後に一目でもルトリーの姿を見ようと、とある6人PTが彼女のクエストを受注した。
「クエストを受けてくれてありがとうフレイヤさん、今日は随分と大人数なのね」
”フレイヤ”とは、この世界において勇者を意味する言葉であり、つまりはプレイヤーのことを指していた。
設定上、プレイヤーはこのゲーム中において、異世界とこの世界を行き来する勇者ということになっている。
「でも助かるわ、これだけ居たら絶対に安全だもの。よろしくねっ」
笑顔で接してくれるルトリーに、寂しそうな表情を浮かべる6人。
サービス終了など知る由もない彼女に、その意味がわかるはずもなかった。
初心者向けのクエストをわざわざ6人で受けたことに違和感を覚えながらも、ワープポータルを通り、森へと出発するルトリー一行。
最上位装備を身に着けた団体に、護衛される少女という奇妙な絵面。
状況を客観的に見た団体のうちの1人の脳裏に、ふと”騎士サーの姫”という言葉が浮かんでいた。
それから5分ほどが経過し、目的地に到達すると、ルトリーはしゃがみこんで薬草を採取し始める。
このあたりは、ピリンキの周辺に比べると少し強いモンスターが出没する地域で、彼女1人で足を踏み入れられる場所では無かった。
とは言え、ゲームを極めたと言っても過言でもない6人にとっては、指先一本でも倒せる雑魚モンスターでしかない。
「さて、採取が終わったわ。ピリンキに戻りましょうか」
護衛のお陰で無事に薬草の採取を終えたルトリーが、彼らにそう話しかける。
だが、返事は無い。
プレイヤーたちは一様に空を見上げ、何かに耳を傾けていた。
『フェアリー・ストーリー・オンライン運営チームでございます』
それは運営からのアナウンスだ。
全世界に響き渡る、通称”天の声”は、プレイヤーには聞こえるが、NPCには聞こえない仕様になっているようだった。
『本日まで10年間、長きに渡りプレイしてくださったユーザーのみなさまには感謝の言葉しかありません』
戸惑うルトリーをよそに、彼らはアナウンスを聞きながらFSOの思い出に浸る。
とあるプレイヤーが「よっクソ運営!」と言うと、パーティに笑いが起こった。
『各地で行われていた”未実装モンスター大放出”は、残念ながら全討伐とはなりませんでしたが、それもまた思い出として、ユーザーのみなさまの心に刻んでくださると幸いです』
中には目を閉じ、涙を流す者も居た。
この世界で過ごした10年間という月日は、彼らにとってそれだけ重いものだったのである。
『それでは、只今を持ちましてフェアリー・ストーリー・オンライン、サービス終了とさせて頂きます。これまでプレイしてくださり、誠にありがとうございました』
そして、ついにサービス終了の時が訪れ――ルトリーの目の前から、ユーザーたちは突如姿を消した。
いや、彼女の前だけじゃない。
世界中に散らばっていたプレイヤーたちが、一斉に消えたのだ。
誰の目にも届かなくなった世界は、ひっそりと役目を終える。
そう思われていたが――
……しかし、世界は消えなかった。
終わった世界は、それでもそこに在り続ける。
プレイヤーと比べて、あまりに非力なNPCたちだけを残して。
◆◆◆
「え、えっ、えええええぇぇぇぇぇええっ!?」
暗い森に、あたしの叫び声が響き渡った。
嘘でしょ、なんでいきなりみんな消えちゃったの?
ログアウトやメンテナンスだったら、クエスト失敗扱いになって、護衛対象であるあたしはピリンキに戻るはず。
なのにここに残ってるってことは……えっと……んーと……なんでだろ。
ダメだ、考えたって全然わかんない。
でも、一つだけ確かなことがある。
それは――あたしが、中位モンスターがひしめく森の中に、1人だけ取り残されたってこと。
「勘弁してよぉ、なんで急に消えちゃうかなあ、フレイヤさんがよく言ってた”不具合”ってやつ? 近くにモンスターなんて居ないよね?」
NPCとしてもあんまり強くないあたしに倒せるのは、せいぜいEランクのモンスターぐらい。
森に出没するCランクなんてもってのほか。
さて、どう逃げたものかな――と考え込みながら、あたしは木の幹に背中を預けた。
「グゴ?」
その時、あたしの頭上から声が聞こえた。
……あっ、すごく嫌な予感がする。
ギギギ、と壊れた玩具みたいにゆっくりと頭をあげて確認すると、そこには――木で出来た、大きな口と、長い鼻があった。
つまりあたしが背中を預けたこの木の正体は、木じゃなくて、モンスター。
しかも、Cランクモンスターのトレントだったらしい。
「お、お邪魔しましたぁ……」
そーっと、忍び足でトレントから離れようとするあたし。
もちろんもうバレてるから、モンスターの視線はじっとあたしを追っている。
いや、でも、この調子だったら行けるんじゃない? 敵意は無いよアピールしたら、何となく逃げられるんじゃ――
「グゴォオォォオオオオッ!」
トレントの口がくわっと開き、咆哮を放つ。
はい無理ですよねー! ええ、わかってましたとも!
「か、勘弁してっ、あたしなんか食べても、肉付きよくないから美味しくないってばぁーっ!」
全力疾走開始。
ガサガサと滑る落ち葉をしっかりと踏みしめながら、あたしはピリンキのある方角へと駆け抜ける。
ちらりと後ろ向くと、
「ひえぇぇっ!」
トレントはさっきより近づいていた。
素早さには定評があるあたしなんだけど、さすがにCランクモンスターはきついか!
このまま逃げててもいつか追いつかれるだけ。
あたしは腰から唯一使える武器であるダガーを取り出して、いつでも使える状態にしておく。
短剣の熟練度が上がったおかげで、最近やっと”アーツ”を使えるようになった。
あれなら、朽ち果てた木ぐらいなら切り倒せるはず。
キョロキョロと視線を動かしながら、その先に――あった、腐りかけの木だ。
「クイックスラスト!」
通りがかりに、木に短剣を叩きつける。
腐っていたため、衝撃を受けた幹は容易に折れ曲がり、足止めをするようにトレントとあたしの間に倒れた。
よし、今!
「グゴッグゴオォオオオ!」
トレントは腐った木を跳ね飛ばして、そのまま直進していく。
ふぅ……うまくいったみたい。
目的は足止めじゃない。
倒れた瞬間、トレントの視界が隠れたタイミングで、あたしは近くの木の影に姿を隠した。
それでどうにか撒いたってわけ。
でも、すぐにあたしが居なくなったことに気づくはず、見つかる前に早く別の場所に移動しないと。
「とりあえず川の方に向かって、そこから上流に進んでいけば――」
「グルゥ?」
また嫌な予感。
横に視線を向けると――そこにはDランクモンスター、ダーティウルフが居た。
涎をダラダラ垂らしながらあたしを見てる。
めっちゃ見てる。
もしかしてファン? ……なーんてことないよね。
だから、あたし肉付き良くないんだって、食べても美味しくないんだって!
食べるならもっと胸のでかいねーちゃんを狙いなさいよー!
「グルウァァァァッ!」
あたしはダーティウルフを撒くために前に逃げようと一歩踏み出す。
すると――
「グゴオオオオオォォォオオッ!」
聞き覚えのある、けれどさっきより明らかに怒った叫び。
あたしを見失ったはずのトレントが、前方から木々をなぎ倒しながらこちらに迫っていた。
左にはダーティウルフ、右にはトレント。
これはもう――回れ右っ! こっちに逃げるしか無いっ!
「もぉ、いやぁぁぁぁぁ!」
逃げれば逃げるほど、あたしを追ってくるモンスターはなぜか増えていく。
フレイヤさんたちが残ってたら、やれトレインだ、やれMPKだ! って怒ったり笑ったりされながら助けてくれそうだけど、周りを見渡しても人っ子一人いやしない。
あたしは、あたし自身の力で逃げるしか無い。
その時の私は、”今が人生の底辺、これ以上の不幸なんて無い!”、って自分を励ましながら逃げてたんだけど。
人々を守る勇者を失ったこの世界で、あたしの――いや、あたし”たち”の受難は、どうやらまだまだ、始まったばかりらしい。
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