それは絶対的能力の代償

山本正純

第40話 異常気象

 彼女たちの前に広がるのは、数十匹のスカーレットキメラの中心に佇む一人の大男である。その男は紛れもなくティンク・トゥラ本人だ。
 アルケミナたちはこの状況を理解できない。彼女たちは、ただ茫然とティンク・トゥラの姿を見ることしかできなかった。
 するとティンク・トゥラがアルケミナたちの前に歩みを進めた。
「何だ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしやがって」
「ティンクさん。その姿はどういうことですか?」
 クルスが尋ねると、ティンクは威張ってみせる。
「ああ、どうして元の姿に戻っているのかと聞きたいのか。答えは単純。絶対的能力の効果だ」
「それは興味深い。ティンクの能力がEMETHシステム解除の鍵になるかもしれない。だから私はティンクの能力の実験体になる」
 アルケミナの発言を聞き、クルスの思考は停止する。
「えっと。先生。この場でティンクさんの能力実験を行うということですか?」
「そう」
「そんなことしたら、今着ている服が破けて大変なことに……」
「大丈夫。服は創造の槌で作り直せばいいから」
「そんな問題ではありません」
 クルスとアルケミナの会話を聞かされたティンクの鼻から血が垂れる。ティンクは咄嗟に指で鼻血を拭き取る。
「失礼。その様子を想像したら、反射的に鼻血が出た」
 ティンクの言葉を無視するかのように、アルケミナはティンクの太ももに触る。
「ティンク。お願い。あなたの能力で私を元に戻して」
 アルケミナの行動に、ティンクは赤面し鼻血を出す。そして彼は首を縦に振り、アルケミナの頭に右手を置く。
「分かったぜ。俺の能力が他人を助けるために使えるのかが気になっていたところだ」
 クルスは咄嗟に目を瞑る。このままティンクの能力でアルケミナが元の姿に戻ったとしたら、確実にクルスは出血多量で死亡するだろう。クルスには、変な自信があった。
「アルケミナ。悪いがこの能力の使用範囲は俺だけのようだ」
 ティンクの言葉でクルスは目を開ける。そこには先程までと同じアルケミナの姿があった。
 嬉しいような哀しいような。このような感情にクルスは襲われる。
 一方のアルケミナはティンクの能力で自身が元の体に戻らなかったにもかかわらず、彼の能力に興味津津な態度を見せる。
「ティンク。詳しくあなたの能力を教えて。そこにEMETHシステム解除の鍵が隠されているはずだから」
「分かったぜ。俺の能力は……」
 ティンクの説明が始まろうとしたその時、火山が揺れ始め、火口からマグマが噴き出した。
 何の予兆もない火山の噴火。それはアルケミナたちにとって想定外な出来事だった。
「先生。どういうことですか? ラジオの情報では、今日は登頂可能だって」
 クルスが突然の出来事に取り乱す。そんなクルスを他所に、アルケミナは冷静に状況を分析する。
「原因不明の異常気象」
「予兆がなかったのは厄介だな」
 アルケミナの言葉に続くように、ティンクが続ける。
「ティンク。どうする」
「決まっているだろうが。火山の噴火を止める」

 アルケミナとティンクが互いの顔を見合わせる。だがクルスはそんなことができるのかと心配になる。
「先生。大丈夫ですか。火山の噴火なんて止めることができるのですか」
「錬金術では天災を止めることはできないけど、絶対的能力は錬金術を超越した能力だから、火山の噴火くらい防ぐことは可能」
 アルケミナの説明の後で、ティンクはクルスの顔を見る。
「ということだ。分かったか。ロングヘア巨乳姉ちゃん」
 ティンクの言葉にクルスは頬を膨らませた。
「こんな状況なのに、よくこんなことが言えますね」
「冗談のつもりではなかったのだが。そんなことよりも時間がない。作戦を話し合おうか」
「私が錬金術で巨大な土の壁を作るから、クルスとティンクで岩を壊して。それで溶岩を塞き止めるダムを造る」
 アルケミナが作戦を説明している間、ティンクの体が突然、白い光に包まれ、ティンクの体がスカーレットキメラに変わる。
 突然の現象にクルスは驚く。一方のティンクはテレパシーでクルスに声を掛ける。
『詳しい説明は後だ。俺はその辺りにある岩肌を破壊するから、ロングヘア巨乳姉ちゃんは、適当に岩を破壊しろ』
 ティンクの怒号を聞き、クルスは背中に背負った荷物を降ろす。荷物からアルケミナが必要としている槌が取り出せるように。
 アルケミナはクルスの荷物から必要な物品である、青いチョークと黒色の槌を取り出す。
 黒い槌を地面に置いた彼女は、青いチョークを握り、魔法陣を書き始める。
 その間クルスは、近くにある巨大な岩を触る。それにより巨大な岩が壊された。
 クルスは周囲を見渡し他に壊せそうな岩がないのかを探す。その時彼女の目に映ったのは、物凄いスピードで岩を体当たりで壊すティンクの姿だった。
 一分ほどで三合目の岩が手あたり次第に壊される。
 それと同時進行でアルケミナは魔法陣を描いている。
 彼女が今回魔法陣を書きこみために使用したチョークは、白色ではなく青色。チョークの色と錬金術には因果関係がないが、白いチョークで魔法陣を書けば、白い岩場と同化してしまう。
 それを避けるために、彼女は青いチョークで四方に逆三角形に横棒を加えた記号を記す。
 その土を意味する記号を丸で囲む。東西南北に記された記号を一つの円になるように繋ぐ。その縁の中央に、凝固を意味する牡牛座の記号を書き込み、丸で囲む。
 そうやってできた魔法陣は、魔法陣を書き込むにはコンディションが悪い岩場にも関わらず、綺麗である。
『さすがだな。アルケミナ。記号が歪めば錬金術の効果が薄まる。それにも関わらず通常通りの魔法陣が書けるとは。さすがだ』
 ティンクが褒めるも、アルケミナは無表情で完成した魔法陣を触る。
「このくらいの芸当。五大錬金術師だったら普通にできること。そんなことより、溶岩の進行状況を教えて」
 クルスは山の斜面から徐々に進行する溶岩を目にする。
「五合目付近を通過。物凄いスピードで溶岩が迫っています」
『普通の火山噴火の三倍くらいのスピードだ』
 ティンクがクルスの報告に補足する。それを聞きアルケミナは地面に置かれた黒色の槌で魔法陣を叩く。
 周囲に散らばる岩の残骸を巻き込むように、魔法陣から巨大な壁が現れる。その壁は全長十メートル程だった。
 そしてその壁が溶岩に触れた瞬間、溶岩が急速に固まる。
 そうして五分後、火山から噴き出した溶岩が全て凝固した。アルケミナはタイミングを計り、錬金術を解除する。
 何とか火山噴火からヴィルサラーゼ村を救ったクルスは深呼吸した。

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