それは絶対的能力の代償

山本正純

第22話 ラプラス・ヘア博士

アルケア八大都市の一つ、サラマンダー。この街に辿り着いたクルス・ホームとアルケミナ・エリクシナの頬に汗が伝う。
毎日の平均気温が三十度を超えるため、この街には猛暑という言葉が似合う
そのため、殆どの住民たちは半袖のシャツを着ている。
「先生。まだ何ですか?」
「もうすぐ」
アルケミナは答えながら前方を指さす。その先にあるのは煉瓦により構築された地上五十階建ての高層ビル。そのビルはラプラス・ヘアの研究所になっている。
ラプラス・ヘアは突然変異の権威として有名な研究者。彼の意見があれば、システムの解除方法が分かるかもしれない。二人は期待を抱き、彼の研究所に向かう。
研究所の入り口に置かれた松明には、炎が灯されている。


二人が研究所の中に入ろうとすると、入り口から一人の男が現れた。アフロヘアに黒縁眼鏡をかけた、長身の痩せた男はアルケミナに話しかける。
「何の用でしょう?」
「ラプラス・ヘアに会わせて」
アルケミナが単刀直入に答えると、男は両手を一回叩く。
「もしかして、EMETHシステムの被害者ですか? 最近その問い合わせが多いんですよ。ですから、一時間に一回ペースで説明会を開いています。丁度良く五分後から説明会が開催されます」
男は二人を研究所の中に案内する。男は研究所の奥にあるドアを開ける。その先にいるのは、三十八の異様な影たち。
狼男や犬に変貌した者たち。老若男女。幼児。老人。様々な者たちが会議室に集まっている。
アルケミナは周囲を見渡す。集められた者たちの体にはEMETHという文字が刻み込まれている。つまり、この場にいる四十人は全員EMETHシステムの被害者。四十人全員が絶対的能力者。


四十人の絶対的能力者が一堂に会する。この状況は、アルケミナとクルスにとって初めてのことだった。
一方クルスは実感する。この場所にいる四十人は氷山の一角に過ぎないと。絶対的能力者は世界中に十万人いる。その内の四十人が集まっただけ。
間もなくして、アルケミナたちを案内したアフロヘアの男がマイクを持つ。
「皆様。大変長らくお待たせしました。それでは、当研究所の所長ラプラス・ヘアさんの登場です」
拍手や遠吠えが会議室に鳴り響き、前髪を七三分けの黒い髪に、黒縁眼鏡の男が四十人の前に姿を現す。その男の肩には、赤色のトカゲが乗っている。そのトカゲは、この地域に生息するファイアトカゲ。
男はアフロヘアの助手からマイクを貰い、頭を下げる。
「私はラプラス・ヘアです。よろしくお願いします。早速ですが、EMETHシステムの不具合について語りますね。私はシステムには一切関与していませんので、好き勝手に見解を述べることしかできませんが、それでもよろしい方は、私の話をお聞きください」
ラプラスは笑みを浮かべながら、四十人に話しかける。
「EMETHシステムの不具合により皆様は突然変異されたわけですね。対処方法は私にも分かりません」
そのラプラスの発言を聞き、四十人は騒然とする。その空気をラプラスは咳払い一つで止めて見せる。
「お静かに。私が言いたいのは、あくまで対処方法が分からないということだけです。どのようにすれば体が元に戻るのか。その方法が分からない。唯一分かるのは、突然変異の原因は、EMETHシステムの不具合であること。具体的ことは分かりませんがね。そこで皆様には、私の実験に協力していただきたい。EMETHシステムには、必ずフェジアール機関が試作段階で見逃したバグが存在するはずです。それを皆さんで探そうではありませんか。私からは以上です」
ラプラスの演説を聞き、三十八人は一斉に拍手する。拍手をしていないのは、クルスとアルケミナの二人だけ。アルケミナはラプラスの発言を聞き、握り拳を作っている。


「それでは、質問コーナーを始めます」
アフロヘアの助手がマイクを握ると、顔が狼になっている男が挙手した。
「どうぞ」
助手は男にマイクを渡す。マイクを受け取った男は早速ラプラスに質問する。
「実験の具体的な方法が知りたい」
ラプラスは質問を受け、再びマイクを手にする。
「簡単に説明しましょう。皆様には研究所の敷地内や国内で絶対的能力を使用してもらいます。我々研究員が絶対的能力に関するデータを収集し、不具合を見つけるというように実験を進めていきます」
狼男は会釈し、マイクを助手に渡す。
「他に質問はありませんか」
ラプラスの助手が、集まった絶対的能力者たちに聞く。すると、アルケミナが手を挙げた。
それに気が付いた助手はしゃがみ、アルケミナにマイクを渡す。
「質問する。なぜシステムの不具合によって突然変異したのか? この場にいる絶対的能力者は全員多種多様な存在。本当にシステムに不具合があったのなら、突然変異するのは一種類のみのはず」
その五歳児からの質問にラプラスは笑み浮かべた。
「システムの不具合で個別性が生まれるのはあり得ないと。確かに君の言う通りです。あまで仮説ですが、突然変異と絶対的能力には因果関係があると思うのですよ。その答えで満足ですか」
ラプラスの質問を聞き、アルケミナが質問を続ける。
「次の質問。性格だけが変化した絶対的能力者を私は知っている。そのメカニズムはどう思う? 仮説で構わない」
「そういうレア物もいるんですね。システムの不具合により、精神が異常になったということでしょう。もういいですか?」
ラプラスが呆れたような顔を見せると、アルケミナは最後の質問をラプラスに伝える。
「最後の質問。EMETHシステムの不具合を解析したら、万人が絶対的能力を使用できると思うのか?」
「面白いことを言いますね。理論上は可能でしょう。EMETHシステムの不具合で一般公募を含む十万人が突然変異したんです。ただの一般人が使えないはずがない」
「ありがとう」
アルケミナはマイクの電源を切り、ラプラスの助手にマイクを渡す。
その後、何も質問が出なかったため、説明会は打ち切られる。最後に助手が集まった絶対的能力者たちに伝える。
「以上の説明で、当研究所の実験に協力したいと考えている方は残ってください。それ以外の方は帰って構いません」

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