それは絶対的能力の代償

山本正純

第17話 アイザック探検団

パラキルススドライの怪人との激闘から数日後、アルケミナ・エリクシナとクルス・ホームはエクトプラズムの洞窟に隣接する小さな町リーシェにやってくる。
アルケミナは地図に記された、エクトプラズムの洞窟を指さしながら、クルスに説明する。
「今からエクトプラズムの洞窟を探検するのは自殺行為。夜はエクトプラズムの洞窟を住処にするモンスターが凶暴化する。もうすぐ日が暮れるから、宿で情報収集を行う。一応エクトプラズムの洞窟の地図も入手しておきたい」
その意見にクルスは反対しなかった。クルスはアルケミナの口から宿という言葉が聞けて嬉しかった。これまでクルスとアルケミナは宿に泊まらなかった。野宿が殆どで、たまに助けた人が御礼として自宅へ招待することもあった。
錬金術の材料や旅に必要な備品の購入に資金を使えば、宿泊費がなくなるのも納得できる。
クルスは笑顔を見せながら宿へ向かう。
その宿はレンガ造りの四階建て。どうやら
リーシェで一番高級な宿らしく、看板には高額の宿泊費が書かれている。
「先生。本当に大丈夫ですか? この宿の宿泊費は、かなり高いですよ?」
クルスが心配して声をかけると、アルケミナは淡々と答える。
「大丈夫。この宿には泊まらない」
クルスは宿の回りを見渡す。高級な宿の隣に古ぼけた宿があるというオチではないかとクルスは思った。だが、隣には宿らしき建物がない。
一方アルケミナは自身の言葉と矛盾するように、高級な宿の中に入っていく。クルスはそんな彼女の後姿を追う。
アルケミナは、宿の内部にある地下へ向かう階段を降りる。
「先生。どこに行くのですか?」
「情報収集。この宿の地下には酒場がある。その酒場は宿泊客のみならず一般の旅人も利用可能。おまけに旅に必要な道具も販売している。今日はそこで情報収集をしながら、夕食を楽しむ」
「えっと。それからどうするのですか?」
「いつものように野宿する」
クルスは期待を裏切られた気分になった。久しぶりに宿に宿泊できると思っていたら、いつものように野宿。
やがて階段を降りている二人の前に、ドアが見えた。その木製のドアの先に旅人のための酒場がある。
アルケミナが背伸びしてドアノブを握ろうとする。それを見たクルスは、咄嗟にドアを開けた。
ドアの先には、木製の机が並べられた酒場があった。酒場にいる旅人の殆どは黒いひげを生やした男性。
旅人たちは長髪の女性と五歳くらいの女の子が酒場に入ってきたことに驚きを隠せない。
酒場で酒を飲み赤面している黒ひげの男は二人に声をかける。
「珍しいなぁ。女がこんなところに来るなんて。しかも子連れときたもんだ。ところで子連れの姉ちゃん。これからどこに行く? もしエクトプラズムの洞窟に行くのなら止めたほうがいい。あそこは子連れで行くようなところじゃない。俺みたいな男がいれば楽だぜ」
男が笑いながら二人の肩を触ろうとする。だが、それよりも早くアルケミナが男の右手を強く握り、振りほどいた。
「足手まとい。あなたが仲間に加わったところで何も変わらない。むしろ足手まとい」
初対面の男にここまで言うのかとクルスは思った。黒ひげの男が舌打ちすると、クルスとアルケミナの二人はカウンター席に座る。
アルケミナは酒場の店主に注文する。
「エクトプラズムの洞窟の地図。それと紅茶を二杯」
その注文に店主は驚きを隠せない。
「本当にエクトプラズムの洞窟へ行くのか?あそこは素人が行く場所ではない。あの洞窟で何人の人間が亡くなったと思う? 一年間で二百人ほどだ。悪いことは言わない。行かない方がいいだろう」
「それでも行く」
店主は目の前にいる我儘な五歳くらいの女の子に対して必死の説得を試みる。
「何も分かっていない。ニュースでやっていただろう。エクトプラズムの洞窟で、死後一週間程度経過した六人の遺体が発見されたって。遺体の身元はアイザック探検団の団員たちと判明したそうだ」
「……アイザック探検団」
アルケミナは一言呟き、考え込む。その頭には、パラキルススドライで遭遇した白いローブを着た人物の姿が浮かんでいた。
「アイザック探検団。錬金術を駆使してアルケアに隠された秘宝を探している六人組。アイザック探検団の団員たちは、プロレベルの錬金術の使い手だそうですね。そんな彼らが全滅するほどのモンスターがエクトプラズムの洞窟に住み着いているということですか?」
クルスが深刻そうな顔付きで店主に尋ねる。すると、店主は首を縦に振った。
「おそらくそうだろう。彼らは何度も洞窟を探検しているからな。ここ数日の間に新種のモンスターがエクトプラズムの洞窟に住み着いたということだろう」
店主の話を聞いていたアルケミナは、逆境の立ち向かうために瞳を燃やした。
「面白い。そこまで言うのなら、エクトプラズムの洞窟を生きて通過する。だから地図を買わせて」
その瞬間、店主は客の説得を諦めた。
「何を言っても無駄か。地図を売る。ただし命の保証はしない。俺は何の責任も負わない。それでもいいな」
「構わない」
店主は二人の前に、紅茶が注がれたカップと茶色の槌を置く。
「紅茶二杯と道標の槌。エクトプラズムの洞窟の地図が記録してある奴な。合わせて四百ウロボロスだ」
何とか、エクトプラズムの洞窟の地図が記録された槌を購入できたアルケミナは、店主に四百ウロボロスを支払う。
二人は紅茶を飲み干し、酒場を後にする。
夜のリーシェを歩きながらクルスがアルケミナに聞く。
「先生。本当に大丈夫ですか? エクトプラズムの洞窟にはあのアイザック探検団を全滅させたモンスターが住み着いているんですよ」
「アイザック探検団を全滅させたモンスターなんて存在しない」
迷いもないアルケミナの答えにクルスは驚く。そしてアルケミナは言葉を続けた。
「アイザック探検団はEMETHシステムの被験者として選ばれていた。仮に彼らが全滅したのが漆黒の夜想曲が起きる前だとしたら、新種の強力な怪物が現れて、探検団メンバー全員を倒したという話も納得できるけど、この事件に白いローブを着た奴が関わっているとしたら、別の景色が見えてくる」
「白いローブ? 黒猫を連れた大柄な女性ですね? 先生はアイツの正体に心当たりがあるんですか?」
「まだ仮説の話。詳しい話は言えない。兎に角、アイザック探検団全員は、漆黒の夜想曲発生直前に殺害された可能性が高い。絶対的能力を手に入れた後で新種の強力な怪物に遭遇したと仮定したら、全滅なんて結果はあり得ないから。絶対的能力は新種のモンスターでさえも圧倒する。そのモンスターがどんなに強くても、絶対的能力者が六人もいれば全滅しない」
「つまり絶対的能力があれば、アイザック探検団を全滅させたモンスターも怖くないということですね」
「おそらく」
アルケミナは腑に落ちない表情を浮かべ野宿ができそうな場所を探す。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品