それは絶対的能力の代償

山本正純

第16話 盾と矛

突然の出来事だった。突風と共に巻き起こる砂埃。その中から、姿を現したのはパラキルススドライの怪人。
その怪人から発されている殺気にミズカネとクルスは身震いする。だが、アルケミナは堂々としている。
「探す手間が省けた」
まさかな一言に、怪人が食いつく。
「まさか俺を探していたのか。俺に殺されるために」
「違う。あなたの正体を明らかにするために探していた。あなたの本当の名前はマエストロ・ルーク」
その名前を聞きパラキルススドライの怪人は一歩を踏み出すことを躊躇う。
「マエストロ・ルーク。そんな名前はどうでもいい。お前を殺せれば」
黒いローブで顔を隠す怪人の残虐な声にミズカネ・ルークは聞き覚えがあった。
「嘘だ! 兄貴は優しかった。冷酷に百人以上の人間を殺せるはずがない!」
ミズカネ・ルークの叫びを聞きパラキルススドライの怪人は頬を緩ませる。
「お前に何が分かる」
パラキルススドライの怪人はミズカネ・ルークに襲い掛かる。その直前ミズカネは銀色の槌を叩き、鎧と盾を身に纏った。
フルフェイスのヘルメットのような形のマスク。銀色のボディ。円状の盾。
鎧に身を包んだミズカネに、パラキルススドライの怪人の手刀が襲う。
「死ね」
パラキルススドライの怪人の手刀は、ミズカネの首に当たる。だが、怪人の手刀では鎧を打ち砕くことができない。その怪人の打撃でミズカネの体が後ろに下がるだけだ。
「馬鹿な。なぜ切れない!」
声を荒げ驚く怪人を、ミズカネが笑った。
「凄いな。クラビティメタルストーンの力。これがパラキルススドライの怪人が唯一切れない盾。この鎧に身を包んでいる限り、俺はパラキルススドライの怪人の攻撃では死なない!」
パラキルススドライの怪人は舌打ちした。
「やっぱり万能ではなかったのか。だが、そこの二人は鎧を身に着けていない。あの二人を殺せればそれでいい」
残虐な怪人は弟を無視して、近くに留まるアルケミナとクルスに手刀を向けた。二人に向け走る怪人だが、それを邪魔する弟が文字通り立ち塞がった。
「邪魔だ!」
「これ以上の人殺しは許さない。兄貴。どうして無差別殺人をしたのか? 教えろ!」
怪人は少年の声を聞き、少年の腹を殴り続ける。
「こうするしかなかった」
怪人になった兄は、勇気を振り絞り自分と対峙する弟を殴りながら、過去を語った。


マエストロ・ルークに異変が起きたのは、
漆黒の幻想曲が発生した日のことだった。
あの日、弟のミズカネは目の前で白い光に包まれていく兄の姿に胸を躍らせていた。
光が消えた頃、絶対的能力を手に入れた兄が弟と顔を合わせる。この時、マエストロの中で残虐な怪人が生まれた。
「やっぱり兄貴が羨ましい。落選しなかったら俺も能力を使えたのに……」
弟の話を兄が聞く。しかし、それと同時に兄は心の中で黒い声を聞いた。
『人殺しは楽しいぜ』
兄は残虐な声を何度も幻聴として聞いた。その声に、マエストロは思わず声を荒げてしまう。
「ウルサイ」
突然兄の口から今までとは違う言動が漏れ、弟は思わず頭を下げた。
「ごめんなさい。鬱陶しいと感じたんだろう」
違うと声を出そうとした兄だったが、言葉は心の中に潜む怪物に奪われてしまう。


怪物は徐々にマエストロの性格を支配していった。念を込めて怪物を封印する手袋を付けた。全ては右掌に刻まれたEMETHという文字が原因ではないかと思い始めたが、意味は皆無。
そして、一週間前の夜、マエストロにとってショックな出来事が起きた。いつものように黒いローブを着て、夜の街を歩いていた彼は突然の頭痛に襲われる。
それを心配して近寄っていく善意に満ち溢れた人々。そんな人々を、マエストロは一人残らず手刀で斬殺していく。
両掌はもちろん、黒色のローブも赤く染まっている。
マエストロは壊れた。殺すことに快楽を覚える残虐な無差別連続殺人鬼になった彼は、黒いローブを身に纏い、自身の絶対的能力の限界を探るため、惨殺を続ける。


パラキルススドライの怪人の回想を聞き、アルケミナは納得した。
「なるほど。あのシステムには突然変異だけではなく、性格が変化する場合があるということ。それが分かっただけでも十分」
「俺はお前を殺さないと満足できない。死ね」
パラキルススドライの怪人はミズカネを無理矢理地面に押し倒す。そして、ミズカネの体を踏みつけ、アルケミナの方向へ飛ぶ。
パラキルススドライの怪人は近くに立っている電柱を手刀で切断。アルケミナにそれを投げつける。
クルスは上にジャンプして、飛んでくる電柱に触れる。そして、電柱は跡形もなく消滅する。
その現象にパラキルススドライの怪人は驚愕した。
「面白い。お前も絶対的能力者か? 触れた物を何でも破壊できる能力だな。俺の能力とは根本的に同じだ」
パラキルススドライの怪人をクルスは睨み付け、否定する。
「違います。僕は、この能力を正義のために使います。一方あなたは、その能力を殺人に使った。だから、同じではありません。あなたは能力の使い方を間違えたのでしょう」
「お前に何が分かる!」
パラキルススドライの怪人が怒鳴った瞬間、クルスの体が崩れ落ちる。突然襲ってきた腹部への強烈な打撃。何が起こったのか。クルスには理解できなかった。
「ゲームオーバー。そこまで。これ以上の戦闘は無益だからね」
パラキルススドライの怪人は声がする方向を振り向く。そこには右肩に黒猫を乗せた白いローブで身を纏う女が立っていた。
「負けそうだから、約束通り助けにきたよ。実験の結果も出たから十分でしょう。あなたの絶対的能力は万能ではないって」
「違うな。あの餓鬼を殺さないと満足できない」
今にも目の前の幼女を殺そうとパラキルススドライの怪人は動こうとする。一方、クルスはアルケミナを守るために立ち上がろうとするが、全身に痛みが響き一歩も動くことができなかった。
そんな状況の中、新手の女は怪人を説得してみせる。
「殺す機会ならいくらでもあるでしょう。ここは逃げようよ。本音は黒猫ちゃんの能力実験だけど」
「実験だと」
「あの餓鬼に黒猫ちゃんの能力は通用するのか?」
女はアルケミナの動きを見抜いていた。
東に銀を意味する月の記号。西に蟹座。北に増殖を意味する水瓶座。南に土の記号。中央に上向きの三角形を横棒で二分割した記号。
アルケミナが叩いた百裂短剣の槌。この錬金術が発動すれば、百本の銀色のナイフが出現して、敵に届くはずだった。
錬金術が発動しようとした瞬間、黒猫の瞳が赤く光る。そして、次の瞬間、アルケミナの手元に出現するはずのナイフが白色のローブを着た女の手元に出現した。
「一瞬で百本のナイフを出現させる。レベルが高い錬金術だね。結論。黒猫ちゃんの能力はあの餓鬼にも通用する」
白色のローブを着た女は百本に及ぶナイフをアルケミナたちに対して投げた。
迫りくるナイフの大群がアルケミナを襲う。その前に巨大な壁を出現させる槌を叩いたが、再び黒猫の瞳が赤く光り、女の前に巨大な壁が出現してしまう。
窮地に立たされた幼女を、ミズカネが動き、押し倒し、自身の体で幼女に覆いかぶさる。
ナイフの大群はアルケミナたちの後ろにある壁に全て突き刺さった。やっと立ち上がることができたクルスが、女の顔を睨み付ける。
しかし、そこには右肩に黒猫を乗せた白色のローブを着た女とパラキルススドライの怪人の姿はなかった。

パラキルススドライの怪人との激闘が終わりを迎え、ミズカネ・ルークは鎧を解除して、右手を差し出した。
「感謝する。パラキルススドライの怪人への対抗手段を得ることができた。俺はこれからあの錬金術を広めるつもりだ。この錬金術を使って兄貴の暴走を止める」
ミズカネ・ルークの決意は固かった。その決意を聞き、クルスは握手を交わす。
「ありがとうございます。この借りは必ず返しますから」
「ああ、連れの幼女を守ったことだったら、当たり前なことをしただけだからな」
ミズカネが若干顔を赤くしながら笑っていると、アルケミナも右手を出した。
「クラビティメタルストーンから盾と鎧を生成する錬金術の魔法陣の書き方を忘れないで」


アルケミナとクルスはミズカネ・ルークと別れた。二人は歩きながら今後のことを話し合う。
「これからノジエルに向かう。パラキルススドライはアルケア八大都市というだけあって広い。だから今から日が暮れるまでに行けるのはパラキルススドライの小さな町ノジエルしかない」
クルスはアルケミナの声が聞こえなかったかのように、暗い顔をする。
「クルス」
「ノジエルですよね。いいと思います」
数秒の沈黙の後、クルスはいつものように明るく答えた。しかし、アルケミナはそんな彼の異変を見逃さない。
「何を隠している?」
「パラキルススドライの怪人と合流した右肩に黒猫を乗せている白いローブを着た女。あいつは何者だったのでしょう? あの女の打撃は見えません。さらに黒猫の能力によって先生の錬金術が使えなくなりました。絶対的能力者であることは間違いないのですが……」
「私たちと同じ研究者である可能性が高い」
そう結論を導いた後、アルケミナの中で仮説が生まれた。白いローブを着た錬金術師に、アルケミナは見覚えがあった。その仮説は、一つの事実によって頭の中で否定される。


パラキルススドライから冷酷な殺人鬼の存在が消滅し、街に平和が戻った。
だが、二人が通り過ぎた商店に設置されているテレビは新たなるニュースを伝える。
『只今入ってきた情報によりますと、エクトプラズムの洞窟の内部で六人の遺体が発見されました。遺体は全て死後一週間程度経っていると思われ警察は身元の確認と共に捜査を開始しています』

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