それは絶対的能力の代償

山本正純

第9話 サーベルキメラの正体 後編

夜が明けた頃、キメラになったノワールは森に生息する動物や生い茂る草を本能のままに喰い尽くす。その後で鴉の羽を動かし空を飛ぶ練習や、この体で戦う術を彼は考える。
そして、今日彼は自身の本当の能力に気が付く。きっかけは彼が婚約者のアニーの姿を頭に思い浮かべたことだった。
アニーに会いたい。そう思ったその時、ノワールは婚約者の声を聴く。
『ノワール? 私も会いたいです』
幻聴の可能性もありえるが、ノワールの中である仮設が生まれた。人物の顔を頭に思い浮かべたら、その者とテレパシーで会話することができる。
しかし、この能力には矛盾がある。初めてこの姿で村に帰った時、自分を退治しようとした青年たちは全員、ノワールが近くにいるのではないかと錯覚していた。あの時、ノワール自身は青年たちの姿を思い浮かべていない。あの場にいた全員が見えないノワールの姿を探していた。
矛盾点を感じているノワールはアニーに会いたいという気持ちを抑えることができない。
『今、森の小池の傍にいるから、来てくれないか? いつも俺たちが薬草を積んでいる所だ』
ノワール・ロウはアニーに声を送る。すると、すぐに会いに行くという趣旨の返信が届いた。
会いに来たら、この姿になったことを打ち明ける。そう誓いながら待っていると、婚約者が木々の隙間から顔を出した。
だが、サーベルキメラの姿を見てしまったアニーは悲鳴を出し逃げてしまう。何とかして自分の異変を告白したい。ノワールはアニーを追いかけた。
追跡劇は村まで続き、アニーは見知らぬ二人に助けを求める。その内の一人が、今ノワールの目の前にいる銀髪の幼女だった。


一通りの顛末を聞いたアルケミナは分析を始める。
「なるほど。ノワールは自分の絶対的能力に矛盾を感じているようだけど、それは矛盾ではない。ノワールの絶対的能力は、自分の周囲にいる人に自分の声を聞かせるもの。それを意識せずにやったってことは常時型で間違いない。一方で特定の人物を頭に思い浮かべるだけでその者と会話することができる任意型の能力も併せ持つ。研究のやりがいがある能力。私も同じように研究しがいのある能力の方が良かった」
一般的な絶対的能力では説明できないケースを前にして、アルケミナは自身の研究者魂に火を付けた。一方でノワールは目の前にいる幼女の言動を疑問に感じた。
『お前も絶対的能力者か? 絶対的能力に任意型と常時型という分類があるなんて知らなかったが、なんでお前はそんなことを知っているんだ?』
当然の疑問にアルケミナは淡々と答える。
「最初の疑問については、そうと認める。次の疑問は詮索しないでほしい。そんなことより、これからどうする?」
アルケミナの問いかけにノワールは強い決意の声を伝える。
「決まっているだろう。俺はサーベルキメラの能力を使ってこの村を守る。その前に自分の正体を打ち明けて、和解しないといけないけどな』
ノワールはアルケミナと別れ、暗闇に覆われた森林の中に消えた。


村役場の村長室に備え付けられた電話の受話器をトーマス・ダウが掴む。気を落ち着かせるために先程スイッチを入れたラジオからは、今の彼の焦る気持ちを見透かしているような音楽が流れていた。
このままサーベルキメラを野放しにしておけば、村に被害が広がり、最悪誰かが命を落とす。それだけはどうしても避けなければならない。
村長は藁に縋る思いで、怪物を狩る者に連絡を試みる。
「サーベルキメラが村に現れた。駆除してくれ。何をしても構わない」
この依頼を狩人はすぐに受け入れる。
『分かった。俺たちに任せろ。明日の早朝に到着する』
その狩人のハッキリとした口調に、村長は安心して電話を切った。
いつの間にかラジオの音楽番組はニュース番組に変わっていた。
『アルケア政府関係者を狙ったテロ事件から明日で四年が経過します』

村長からサーベルキメラの駆除を依頼されたのは、黒いローブで小太りの体型を隠した金髪リーゼントの男だった。
その男、ハント・フレイムは電話を切ると、近くで空に矢を放とうとしている兄に視線を向ける。
ハントと同じように黒いローブを着ている長身の金髪スポーツ刈りの男は、煙草を吸いながら、薄暗い空を物凄い速さで飛ぶ紅蓮の怪鳥に向けて鋭い矢を放つ。
怪鳥は一撃で仕留められ、地上に激突してしまう。それを見て、ハントは思わず口笛を吹いた。
「ブライアン兄さん、スゴイぜ。あの怪鳥、確かサーベルキメラと同じ速さじゃかなったか?」
「そうだぜ」
自信満々に胸を張るハントに兄、ブライアンに対し、ハントは喜ぶ。
「ブライアン兄さん。さっき次の依頼が届いたぜ。何でも天使の塔に突然現れたサーベルキメラを駆除してほしいって話で、村長が依頼人だ」
「簡単な依頼だな。今から塔を昇り、とっとと害獣を駆除しよう」
偶然、天使の塔の近くまで来ていた二人の狩人兄弟が、害獣を駆除するために動き始める。

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