それは絶対的能力の代償

山本正純

第7話 村一番の錬金術師の失踪

「ありがとうございます!」
助けられた一人の少女が頭を下げ、クルスに感謝の意を伝える。その対応を受けたクルスは紳士的に右手を差し出した。
「困っている人は助けなければなりませんから」
少女はクルスの手を握り、自己紹介する。
「私の名前はアニー・ダウです。村長の娘です」
「僕の名前はクルス・ホームです」
村一番の美人に対して自己紹介したクルスに、アニー・ダウは尋ねる。
「クルスさん。ところであなたの隣にいる小さな女の子は、あなたの妹さんですか? まさか娘ではないでしょう?」
その質問にクルスは首を横に振った。
「親戚です」
「なるほど」
アニーは微笑み、言葉を続ける。
「この村の宿は決まっていますか? 決まっていないのなら、私の家に泊まってください。先ほどの御礼もしたいですし」
幸運だとクルスは思った。これで宿泊費を節約することができる。クルスとアルケミナはアイコンタクトを図り、アニーの申し出を受け入れた。
その村長の家は丸太を組み合わせ構成されている。屋根は青色に塗られている。大きさは村民たちが暮らす住居と変わりない。
アニーが自宅の玄関のドアを開けると、白い口髭の男が靴を履き、出かける準備をしていた。
「アニー。その二人は誰だ?」
その男がアニーに尋ねると、少女ははっきりと答えた。
「お父さん。彼女達は命の恩人です。キメラに襲われたところをこの二人が助けてくれたのですよ」
キメラと聞き、口髭の男は強くアニーの両肩を掴む。
「もしかして一人で森に行ったのか? あそこには凶暴な外来種の怪物が潜伏しているんだ。なんでそんな危ないことをした?」
真剣に娘を心配する父親に対して、娘は頭を下げた。
「お父さん。ごめんなさい。どこかからノワールの声が聞こえてきたんです。森の小池の傍にいるから来てくれって。その声に従って行ってみたら、そこにあのサーベルキメラが……」
謝りつつアニーは説明をする。娘の話から状況を知った父親は、腕を組みながら娘の近くに立つ二人の顔を見る。
「なるほど。それでサーベルキメラに襲われそうになって、必死に村へ逃げ、そこの二人に助けてもらったということか? その二人には父親として感謝したい。会議が終わったら、御礼をさせてもらうよ」
「はい。クルスさんたちは旅をしているみたいなので、御礼を兼ねて一晩泊めようかと考えています」
アニーが父親に提案した。それを父親は拒まない。
「分かった。一晩泊めても構わない。兎に角、これからノワール君の失踪についての会議をやるから、しっかりともてなしなさい」
この男、トーマス・ダウ村長の言葉を聞き、アニーは顔を曇らせる。
「……そう」
アニーは言葉を飲み込み、父親を見送った。
玄関のドアが閉まると、アルケミナはアニーの顔を見つめる。そのアニーの顔は暗い。ノワールという名前を聞いたことが原因だろうと彼女は察した。
「アニー。ノワール君って誰?」
アルケミナはアニーの自宅の廊下を歩きながら、唐突に彼女に尋ねる。
このアルケミナの質問は図々しいとクルスは思った。しかし、アニーは隠すことなく事実を打ち明ける。
「ノワール・ロウは私の婚約者。村で一番の錬金術師で多くの人々を救ってきたけど、二日前に姿を消したの。村にとって彼は生命線です。彼がいないと、侵略者などの襲撃に対抗できないってみんなは言っているけれど、私は彼が失踪して寂しいです」
そのアニーの顔付きは哀しげである。だが、アルケミナは質問を続けた。
「もしかして、ノワールはEMETHシステムの被験者?」
「そうです。私にだけ教えてくれました。みんなには、絶対的能力を手に入れてから告白するつもりだったようです」
「最後にノワールの目撃証言があったのはいつ?」
「二日前って言いましたよね? 漆黒の幻想曲が発生した」
アニーがぶっきらぼうに答えると、アルケミナはアニーとの距離を詰め、追及した。
「正確に。二日前のいつ?」
「昼頃、ノワールが一人で薬草を積みに森に出かけたのをお父さんが見ていました。あの時、私が流行り病で寝込んでいなかったらって思うと,涙が出ます。なんでいつもと同じように、ノワールと一緒に薬草を積みに行かなかったんだって」
その証言を聞き、アルケミナはキメラ騒動の真相を見抜いた。一方クルスは、アルケミナが根掘り葉掘りノワールという男について聞くのかが理解できなかった。
アニーに空き部屋へ案内されたクルスは、荷物を机の上に置き、ベッドへ横になる。
筋肉痛で思うように動けない。このタイミングでマッサージチェアの副作用が出ているのだろうとクルスは思った。
動くことすらできないクルスに対し、アルケミナは突然声をかける。
「クルス。私は村の中を散歩するから」
クルスはベッドにうつ伏せで寝ころびながら、アルケミナを心配する。
「危ないですよ。まだサーベルキメラがいるかもしれません。先生。言いましたよね? サーベルキメラは世界最速。三十秒もあればこの村に舞い戻ることができるはずです」
「そのサーベルキメラに用がある」
アルケミナが淡々と要件を伝えると、彼女は部屋から退室し、廊下を歩き始めた。

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