異世界ライフ 〜異世界の自分を自分で救ってみました〜
トーラス学園〜クラス対抗戦⑩〜
「ダブルく〜ん!!」
土の壁の崩れた部分から出てくるダブルに気付いたウェラが駆け寄ってくる。飛びついてきそうな勢いで迫ってくる彼女に、「ちょっ、今は--」と言いけると、2人の対角線を断ち切るようにススゥが間に入ってきた。
その行動にウェラは少しだけ眉をひそめ、ススゥの前で止まる。だが、眉をひそめていたウェラはそこにはもういない、いつも通りの笑顔でススゥと向き合っていたのだ。
たまたまかなと思いウェラは進路を変えるが、やはり対角線を断ち切るようにススゥが割り込んでくる。むっとなったウェラがススゥに向かって口を開いた。
「あのー、ススゥさん、ボクはダブルくんに用があるのですが、どういうつもりですか?」
「アンタ、勝ちを理由にどさくさに紛れてミッ……こいつに飛びつこうとしてるじゃない」
図星を突かれたウェラの表情が一気に崩れる、もう言い訳する気がない程に。
「別にいいじゃない、ボクとダブルくんはクラスメイトなんだからさ!! ススゥさんには関係ないです」
「へぇー、ウェラさんでしたっけ? クラスメイトに飛び付くのが普通なら、こいつの腰巾着の男に飛びついてから言ったらどうなの」
(テッツさんのことをススゥはそんなふうに思ってたのか……それにしても、えらい言われようだな)
ダブルは苦笑いしていた。
「別にいいさ、ボクは今日の祝勝会で--」
「--残念だけど、それは無理よ」
「なんでさ!?」
白熱しかけている2人のやり取りを見ていたダブルは、ここは自分から約束したことを言った方がいいなと思い、答える。
「すみません、ウェラさん。そのことなんですが、今日この後にススゥさんに大事な用事があると、私から誘ったのです」
「ダブルくんから誘ったの!?」
ススゥは勝ち誇った顔をしているせいか、ウェラさんは頬を膨らませていた。そして、今しがたやってきたミールを引っ張り先に戻って行ってしまった。
祝勝会があるのがわかってて誘ったのはまずかったかとダブルは少しだけ後悔していた。だが、重要度で比べると、この後ススゥに伝えることの方がダブルにとって大きかったため、どうしても譲ることができなかったのだ。
(今度彼女に謝罪もこめて何かお願いを聞いてあげるか……)
とりあえずダブルは自分の中でそう決めていた。
その後、ススゥと簡単に待ち合わせをし、この場で一旦別れることにした。
「いいわね、遅刻したらぶっ飛ばすからね!!」
「はいはい、わかりました。遅れないように善処しますよ」
ダブルはとりあえず控え室に荷物を取りに戻った。そして、控え室に戻ったダブルはというと周囲を見渡していた。
「やっぱり、ウェラさんとミールは先に行っちゃったか……」
ダブルは仲のいい友達が先に帰ってしまった時と似た寂しさを感じていたのだ。その姿は小さくなった体が更に小さく見えるようだった。
そんな時いつも通りに声をかけてくる人がいた。
「よう、遅かったな。その様子だとやっぱりウェラのやつとなんかあったんだな」
「テッツさん。どうしてそれを?」
「なんか俺に会う前から不機嫌だったし、ダブルがいないことから簡単に察しがつくよ」
「流石テッツさんですね……」
「まあ、事情があるんだろ、こっちはミールと俺でなんとかしとくから」
こういう時のテッツさんは頼もしいなと改めて思う。テッツはそれだけ言って控え室から出て行った。
「よし、僕も早めに用事を済ませてから顔を出そう!」
急いで寮に戻り、着替えてからススゥと約束した場所へと向かった。
そして今、ダブルは女子寮の門の前までやってきていた。
そこは、貴族もいる女子寮なだけあって華やかさがあり、外にも関わらず少しだけいい匂いがするような感じがしていた。
ダブルはそんな女子寮の門の前で直立不動の姿勢で立っていた。
勿論、女子寮なだけあってその門の前を通過するのは全員女子だ。女子寮の門の前に仮面を付けた男が立ってたら怪しむのも当然で、通りすがる女子全員の注目の的となっていた。
(なんか、すごい緊張する!! 好きな子と帰る約束をして、それを門の前で待っている学生のような気分だ)
まだ約束の時間になっていないのだが、ダブルはきょろきょろと周りを見渡しススゥを探してしまう。すると、何人かの女子がこちらの様子を伺いながら近寄ってくるのが分かった。--その中の1人が声をかけてくる。
「あのー」
声をかけられたダブルの心臓が一つ跳ねる。目立たないようにしたつもりなのだが、流石にきょろきょろしすぎたかと自分の行動を反省する。
「もしかして、ダブルさんですか?」
「はい。そうですが……」
(なぜ僕の名前を知っているいるんだ?)と思うがすぐにその答えが返ってくる。
「クラス対抗戦観てました。その……決勝戦頑張ってください!! 応援しています!!」
「あ、ありがとう」
あまりにも急で、ダブルは空返事をしてしまうがその女子生徒は喜んでいた。それを見境に女子生徒達が応援の言葉や質問などを言いに集まってくる。その中には、上級生や貴族も含まれていたのだ。
「私も応援していますわ」
「ダブル様、決勝も勝ってくださいね」
「あ、ありがとうございます。勝てるかはわかりませんが、全力で戦いますよ」
(なぜこうなった!?)
「あ、あの……ダブル様は……お付き合いされているお方はいらっしゃるのですか?」
集まってきていた女子達が一斉に黙り、完璧なシンクロにダブルは苦笑いする。そして、「いませんよ」と答えるや否や、女子生徒達の目つきが変わった。
「今度の休日よろしければ--」
「抜け駆けしないで、私が聞いたのよ!!」
「あの様な野蛮な者達など放っておいて、私とお食事でもいかがですか」
必死に対応策を考えるが全くいい案が浮かばず、只々、質問責めを受けていた。そこへ、メイド服姿のススゥがやってきたのだ。
だが、当然、女子生徒に囲まれてチヤホヤされているダブルの姿を見ていい顔するはずもなく。
「あんたこんな目立つところでなにやってんのよ」
完全に怒っている時のトーンだった。
「これには事情がありまして、っとみなさんすみません、ススゥさんと大事な用事があるので僕はこの辺で」
「ダブル様、ススゥさんってそこにいる侍女のことですか?」
「そうですが、それがなにか?」
「いえ、どんな者か気になってしまっただけです」
質問を投げてきた貴族の女子生徒がススゥを睨みつけるとススゥは目を逸らしながら言ってきた。
「私の事は気にせずどうぞお続け下さい」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、貴族の女子生徒が乗っかってくる。
「あら、ススゥさんが言うのであれば遠慮なく」
相手がエスティと同じ貴族位を持つ者のため、ススゥは表情には出さなかったものの、小さな手には力が込められていて、我慢しているのは一目瞭然だった。
「貴族の方々からのお誘いとても光栄に思います。ですが、私は約束は出来る限り破りたくないのです。今は彼女との約束を優先することをお許しください」
群がっていた女子生徒達に「行ってしまわれるのですか」と引き止められるが、これ以上は流石にマズイと思いススゥの手を引いてこの場を離れたのだった。
ススゥの手を引きながらしばらく歩くこと数分、ダブル達は城下町までやってきていた。そこで彼女が少し頬を染めながら言ってくる。
「ちょっと……」
「ん、どうかしましたか?」
「い、いつまで……握ってるつもりよ」
ダブルは自分の手の中を見るとそこには、ススゥの可愛らしい手があった。ダブルは慌ててその手を離して必死に謝る。
「ご、ごめん、あの場ではああするしかないかなと……ごめん」
必死に謝っているそんな姿が愛おしく見えたススゥは、小声で「別にミズキならいいわよ……」と漏らした。そんな小さな一言が、少しだけ聞こえてしまったのかダブルが反応してきた。
「今何か言いましたか?」
(まさか聞こえちゃった?)と慌てるススゥ。が、目の前でダブルが首を傾げていたので、流石に聞こえてないかと否定する。そして、いつも通りの態度で話をそらした。
「何も言ってないわよ! で、どこまで行くつもりよ」
ススゥの当然の質問にダブルもまた当然のように答える。
「それなんですが、ここでは話せないので王都の外まで行こうかと」
「王都の外って、どんな話をするつもりよアンタ。侍女の私じゃ何も出来ないわよ。それなら私じゃなくてエスティ様に話した方が得策よ」
彼女の言っていることは正しい。エスティであれば貴族位を持ち学園でもRクラスという地位とも言えるクラスに入っているのだ、協力をしてもらうなら間違いなくエスティの方がいいと言える。だが、ダブル、いや、ミズキにとってはそれは出来ないことだった。
「これから話すことは、ダブルの正体を知っているススゥにしか話せないことなんだ、だから」
「わかったわよ。それ以上言わなくていい」
「ありがとう……やっぱりススゥは優しいね」
「バカなこと言ってないて行くわよ」
足早に歩きだした、ススゥはどことなく嬉しそうな顔をしていた。ダブルも彼女を追いかけるように歩きだした。
王都の門までやってきたダブルとススゥは物陰に隠れてなにやら話を始めていた。どうやらススゥの話によると、学生の身で理由もなく王都を出ることができないことがわかり、どうやって門を抜けるか話し合っていた。
「アンタ何にも知らずに行動してたんじゃないでしょうね?」
「大丈夫、こんな事もあろうかと作戦は考えてあるよ。その為に制服以外の格好できてもらったん……だから……」
ダブルはススゥの頭のてっぺんから足先までみて、一つ間を空けてからススゥに問いかけた。
「すごい今更なんだけど、なんでメイド服なの?」
こいつ、会ってから1時間は経つのに今更かよっ、とススゥは強く思う。だが、ちょっとしたいざこざもあったのを思い出した彼女は、今回は大目に見てやるかと、湧き上がってきた感情を抑え込んだ。
「侍女なんだから当たり前でしょ、これが私服みたいなものよ」
(そうなのか? 侍女とメイドは違った気が……まあススゥが言うのであればこの世界の侍女の私服はみんなメイド服なんだなきっと)
「とりあえずススゥは僕のお供という事で話を合わせてくれるかい」
「は? ちょっと、どういう--!!」
ススゥが何かを言ってくるが無視して、ダブルは門へと歩きだした。そして誰にも気付かれないように無詠唱で魔法を発動する。
(〈幻覚の虜〉)
ススゥは先に歩きだしたダブルを慌てて追いかけ、後ろに付き添い合わせて歩くと、あることに気づく。--前を歩くダブルの身長が伸びていたのだ。
(どういうこと? こいつ大きくなってない!?)
彼女が戸惑っている間にも2人は、巨大な門の前に立つ兵士の元までやってきていた。そこで、ダブルが門の兵士に声をかけた。
「すみません、少し王都の外に出たいのですが」
兵士は仮面をつけているダブルとメイド服を着ているススゥを交互に見ると、
「では、手続きをするのでこちらへどうぞ」
普段なら従う所だがダブルはそれを断る。
「すみません、あまり時間がありませんので……このまま通してもらえないでしょうか」
だが当然、門を見張っている兵士にとってはこれが仕事なので、譲ることができない。
「それはできない、さぁ、こちらで手続きをしてください」
(あんまりこの手は使いたくなかったんだけど、やむを得ないか)
ため息を吐き懐に手を伸ばすと、一枚のカードを取り出した。それはどこの国でも共通で身分証明として使うことのできる冒険者カードだった。
だが、その兵士は、「ただの冒険者カードがあっても手続きは必要だ!」と頑なになって譲らない。と、そこへ、それをたまたま目にしたもう1人の兵士がすごい形相になり、慌ててダブル達の元へやってきたのだ。
「すみません、カードを拝見させていただきます。…………こ、これは--っ!! ダブル様、部下が大変失礼なことを」
(ダブルさまぁ?)
あまりの展開にススゥは混乱する。
「隊長、この男と知り合いなんですか?」
「馬鹿者!! この方はSランク冒険者のダブル様だ!!」
「Sランク!?」
「そうだ、冒険者カードに載っているだろう。トーラス大陸で5年ぶりに誕生したSランク冒険者だ」
先程まで頑なに譲らなかった男が全力で謝罪してくる。知らずとはいえ、大陸有数の冒険者にあのような態度を取ればまあ当然の行為と言えるだろう。
ダブルはそんな彼を見てられなくなったのか、気にしないでくださいと簡単に許してあげる。
「それよりも、時間もあまり無いのでここを通させてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
すると先程とは打って変わった態度で簡単に通してくれたのだった。
(こうも変わるとは思わなかったけど、通してくれるのであればいいか)
2人はこうして門を通過することができた。
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