それでも僕はその愛を拒む

Kanon1969

約束の日曜 1

1
約束の日が来た。今日は真衣と僕の両親の墓参りに行く日だ。霊園までは距離があるため、電車を何本か乗り継いで行く事となる。真衣とは高校からの最寄りの駅で待ち合わせをしていた。

「お待たせしました。先輩はお早いですね。まだ約束の10分も前なんですけど?」

「僕の都合に付き合って貰うのに待たせる訳にもいかないしな」

それを聞くと、真衣は僕の耳元に顔を近ずけ、微かに聞こえる程度の声で、

「別に私は大丈夫ですよ?だって私は先輩の召使ですし、幾らでも待ちますよ。だからもっと雑に扱ってもらって大丈夫ですからね」

こう告げた。

真衣の発した言葉に対して、まるで全身の血の気が引いていくかのような感覚に襲われる。僕は顔に出さないように必死にこの感覚を押し殺し、言葉を返した。

「もうすぐ時間になる。変な事ばかり言っていると置いていくからな」

「クスッ、まだ大丈夫ですよ。え、ちょっと! 置いていかないで下さいよ! 私は何処の駅で乗り変えるのかとか知らないんですからね!」

先に行く僕の後ろ姿を見て慌てる真衣の声を後目しりめに僕は自身の気持ちを落ち着かせながら、駅に入った。

2
霊園がある場所は高校の最寄り駅より電車を何度か乗り継いでおよそ2時間程度で目的の駅につく。そこから徒歩で15分も歩けば霊園につく。前もっておおよその掃除に必要な道具は持ってきていたが、花に関しては目的の駅を出て道中、墓参りの度に利用している花屋があるため、そこで買った。

霊園へ向かって歩いている道中、真衣は口を開き僕の荷物の事を聞いてきた。

「先輩は何でそんなに大荷物なんですか?」

「ん? あぁ。墓石の掃除をしないといけないよなぁって思ってな。掃除道具だ」

「先輩の荷物やけに大きいなぁって思ってましたが、掃除道具を持ってきてたんですね」

「あぁ。かなり時間が空いてしまったからな。墓石も大分よごれてしまっている事だろう」

「掃除道具が必要ということでしたら言ってくれたら私が用意しましたよ?」

「別にわざわざ真衣に頼むような事でもあるまい。そもそもこの事自体が僕が真衣に頼んだことだ。真衣に準備まで頼む訳にはいかないだろ」

と言った途端、僕は自身の発言を後悔した。まるで本当に僕が何を言っいるのか分からないかのように、真衣は飄々と常識を逸脱したようなことを言い始めた。

「ん? 何を言ってるんですか? どんな些細な事でも私に『命令』してください。私は先輩のためなら何でもしますから。頼むなんて下からの事はしないでください。私は先輩の召使なので、大きくは言えませんが……。いい加減に怒りますよ?」

何故僕が怒られなければならいのだろうか……。まるで僕の方がおかしい事を言ってるとでも思わせるくらいに真衣は笑顔で僕にこう訴えてくるのだ。僕がおかしいのか? そんな筈などないのにそう思わせられる。

命令か……。まるで内から自身が歪められていくかのようだな。しかし、最早どうしようもあるまい。怒られて変にこじらせても面倒だ。変に意識さえしなければどうと言うこともあるまい。

「はぁ……。分かった。命令か、まるでこの歪んだ関係を認めるかのようであんまりしたくなかったんだが、まぁそれで怒られてはかなわない。今後は命令という形で真衣を頼らせてもらおう」

では一つ、命令しようか。ちょっとしたこれまでの仕返しだ。流石にこれは拒否するだろ。

「クスッ、ようやくですか!言い続けてきた甲斐がありました。はい!喜んで!どんな命令でしょうとこなしてみせましょう。とは言いましたが……。私を遠ざけるような命令には従いませんけどね。だって先輩の側にいられないなら私に意味なんて存在しませんからね」

はぁ……。まるで自分の存在価値そのものが僕であると言われているかのようだな。いや、そう言われているのか……。

まぁでも、今回のはそれとは関係ない。真衣を遠ざけるような命令ではない。これからするのはむしろ……。

「そうか。では一つ命令しよう」

「はい。何でしょうか?」

「僕の恋人になれ」

「え、え? 先輩……。今なんて? 」

「はぁ……。僕の恋人になれと言ったんだ。二度も言わせるな」

真衣の歩みは止まり、自分が一体なにを言われているのかを全く理解していないかのようで、完璧に混乱に陥っているかのようだった。

「えと、先輩、彼女さんいますよね? 別れたんですか?」

「別れてない。だからどうした? 僕を救うんじゃなかったのか?」

僕はこれまでの仕返しとでも言わんばかりに混乱している真衣に対して、更に畳み掛け、まるで煽るかのように当初、真衣に言われた不穏なセリフとともに不敵に笑ってみせた。

「クスッ……。アッハハハハハハハハハハ! 」

すると突如として真衣はこの往来の中で笑い出した。僕は動揺せざるを得ず、それと同時に嫌な予感が頭の中を駆け巡った。

してやったりと思った瞬間にこれだ……。真衣のことも気になるが、それに加えて大分恥づかしい。なにせツレがいきなり往来で笑い出しているという状態だ。幸い人通りは少ないがゼロではない。周囲はどうしたんだと言わんばかりの表情で、こちらに疑問を抱いているという事が伝わってくる。早くこの場を納めなければならない。

「お、おい、真衣? どうした?」

「先輩……。かしこまりました。この真衣。命令に応じ、これより先輩の恋人となります。そして、先輩をこの私が必ずや幸せにしてみせるとここに誓いましょう。絶対に負けませんから! それに少し思っていた形とは違いますが先輩の恋人になれたんです! 私いま!人生で一番嬉しいんです!」

と言う真衣の表情は実に晴れ晴れとしていて、満面の笑みを浮かべていた。それを見た僕には嫌な予感に続いて、次は悪寒が全身を駆け巡り、思わず引きつった笑みを浮かべていた。

「あ、あぁ。よろしく……。ハハ……。」

あ、これは美麗に怒られる……。こうなるとは思わなかった。『まだ彼女さんがいる状況で私が先輩の恋人になる訳にはいきませんよ』とでも言われて拒否されるものだと思ってたのだが……。

墓参りはこれからだと言うのに僕は今後に不安を感じずにはいられなかった。一体これからどうなってしまうのだろうか……?

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