俺の転移した手のひらサイズの小さな世界

白人くん

無力

 響き渡るグリフォンの断末魔。それと共に奈落へと吸い込まれるように落ちていく彷徨かなた

 その一瞬を、まるでスローモーションのように緩やかになった世界でただ見ている事しか出来ない日野ひのは、自分に絶望する。

 日野ひのの頭の中には、先ほどの光景が、何度も何度も繰り返し流れていた。











 グリフォンと目が合った時、私は人生で初めて無力という言葉の意味を知った。

 これほどまで、自分は非力なのか。到底敵わない鷹の上半身とライオンの下半身を持ったバケモノを見た瞬間にそう感じた。

 これこそが無力という感覚。初めて感じる絶望感と敗北感に包まれながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。





 ――――私はここで死ぬんだ。




 そう思って、目をぎゅっと瞑ってから何秒が経っただろう。














日野ひの!ほら、早く!今のうちに逃げろ!」
 
 え?


 そこで、聞こえることは有り得ない声を聞き、恐る恐る目を開けると、そこにはバケモノと一緒に倒れている星月ほしづきの姿があった。




 なんで?
 どうして?
 どうなってるの?
 




 そう聞きたかったが、星月ほしづきのこれまで一度として見てこなかった真剣眼差しと、気迫溢れる声を聞いて、私は星月ほしづきの言葉に身を任せるようにして、私はみんなのいる場所へと全力で走った。





 その行動こそが、私の犯した最大の罪だとその時は、まだ気づかなかった…


 

ギャャャャアァァ


 私がみんなのいる場所にたどり着いた途端に、聞き覚えのあるおぞましくて、甲高い鳴き声が聞こえた。

 慌てて振り向くと、こちらに走る星月ほしづきの姿と、それを怒りの宿った目で睨みながら体を起こすバケモノの姿があった。




 このままじゃ、みんな死ぬ。私はそう思った。



 その考えを代弁するかのようにだんだんと星月ほしづきの走る足から力が消え、立ち止まり、バケモノの方へと向き直る。



 あぁ、そうゆうことね。どうせ私達はこのバケモノの餌でしかないの…



 私は最初、星月ほしづきは私と同じように生きることを諦めたのだと思った。




 でも、彼が一瞬だけ渓谷の方を見たのを私は見た。その時の目を私は見た。


 


 ――あの目は、私達と同じような諦めた目じゃなかった。


 彼はまだ戦おうとしている。だから、一人であのバケモノに向き直ったんだ。



 そう気づいて、星月ほしづきの方へと走る時にはもう遅かったのだ……











「離して!星月ほしづきのところへ行かないと!わ…わたしの…私のせいでっ…」


 今にも渓谷へと飛び出そうとする日野ひの光城こうじょう児島こじまそして、木我きがで抑える。


 こんな細い体のどこにそんな力があるのだろうと思うほどの異常な力で、泣きながら、男三人を引き剥がそうとする。


「ダメだよ!絶対にダメ!火憐ちゃん!」


 白川しらかわは、彼女の性格を誰よりも知っているからこそ、かける言葉を見つけられずに、ただひたすら名前を叫ぶ。


「今はダメだ!ダメだよ!君まで落ちたら、僕達を命をかけて守ってくれた星月ほしづきが浮かばれないよ!」

 そう光城こうじょうが声をかけると、何かを考えたのだろう。だんだんと抵抗する力を弱めて、その場に泣き崩れる。

 日野ひのの、こんなにまで追い詰められた姿を見るのはこの場にいる全員が初めてだ。



「もうここは地球じゃない。また今のようなやつが出てくるかもしれないよ!今は生きることだけを考えて、先に進もう」

「君はホントに強いひとですね…」

 光城こうじょうの言葉に、木我きがが嫌味っぽく答える。
 

「僕だって…僕だって辛いさ…」

 そう光城こうじょうが呟いたが、その声は誰にも聞こえないほどに小さかった。
 











 伝説上でしかないグリフォンのような獣を目のあたりにした時、僕は何も出来なかった。





 僕は、他人よりも勉強や運動ができ、みんなは僕を強くて、賢い人間だという。


 だが、それは間違いだ。僕はみんなが言うような、すごい人間でも、強い人間でもない。僕もみんなと同じで…いや、みんな以下の人間なのだろう。



 僕は日野のすぐ近くにグリフォンが空から降り立った時、そいつが日野ひのを襲う未来は直ぐに想像できた。

 でも僕は、ただ眺めているしかできなかった。体が動かない。震えることしか出来なかったのだ。


 誰よりもグリフォンの存在に気づいた僕は、誰よりも早く行動すべきなのに…


 僕は、何も出来ない臆病で、非力な人間なんだ。


 学校で、みんなからの相談にのったり、頼み事を引き受けていたのも、全部僕の善意なんかじゃない。僕に断る勇気がないから、みんなに嫌われたくないという僕の勝手な考えからだ。



 そんな僕のことを、本当に知っていたのは僕の親友たった一人だった。




 



















 もうこの世にはいない。先ほど目の前で自分の手の届かないところに消えてしまったのだから……

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