やっと封印が解けた大魔神は、正体を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~
終結
……終わった。
俺は右腕を突き出すと、魔力を解放した。さきほどと同じように、俺の身体が白い靄に包まれる。あとは数秒も待てば、魔王の私室――コトネのいる場所へ転送できるはずだ。
果たして元の場所に戻った俺は、まずコトネの拘束具から外すことにした。
「あう……」
小さな呻き声を発し、その場にへたり込むコトネ。魔王に捕らえられていたのはほんの数十分のことだろうが、そのわずかな時間に相当の心労を重ねてしまったようだ。かなりやつれて見える。
「……大丈夫か」
コトネの前で膝をつき、可憐な顔を覗き込んでやる。
「……うん。大丈夫、だけど……」
彼女はその細い腕で、俺の身体を抱きしめてきた。
「怖かった……またエルくんがいなくなったらどうしようって……」
「馬鹿な奴だな。俺がそんな簡単にくたばるわけない……だろ…………」
コトネの柔らかな感触に満たされていくうち、心中の怒りが静かに収まっていくのを感じた。
――彼女は無事だった。守りきることができた。
そう思うだけで、胸にくすぶっていた邪悪なる感情が失せていく。大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼが消えていく……
「ふう」
《僕》は苦笑いを浮かべると、そっとコトネの後頭部に腕をまわした。
「君も……無事でよかったよ。すまない。不覚にも誘拐を許してしまうなんて」
「いいの。いいんだよ……」
コトネがさらに強く、激しく僕を抱きしめてくる。
静かだった。
僕もコトネも、一言も発しようとしない。
けれど、この空気がどこか心地よかった。
二人だけの、静謐で聖なる時間。
僕はふと、このままずっと二人で暮らす風景を夢想した。
大魔神と美しい少女は、平和な世界で、いつまでも仲良く暮らして――
「エルくん」
僕のそんな妄想を、コトネの言葉が打ち破った。
「これから……どうするの……? 魔王が死んだら、次に魔物を統治するのは……?」
「……そうだね。ストレイムあたりに任せるのが妥当かな。見た感じ、魔力は申し分なさそうだし」
「そっか……今度は変な魔王じゃないといいけど……」
「はは。違いない――あ」
そこで僕はコトネから手を離した。彼女は不満そうにこちらを見つめてきたが、しかしずっと抱き合っているわけにもいかない。新たな気配がここに近寄りつつあるからだ。
僕は振り向かないまま、その魔物に声をかけた。
「君も無事だったようだね。アリオス」
「……ああ」
元警備隊アリオスは気まずそうに僕たちを見下ろした。
「その、邪魔してしまったかな。退散しようか」
「いや、いいよ。ずっとこんなとこにいたくないしね」
誘拐事件の犯人は魔王だった。
奴が去ったいま、理不尽に傷つけられる魔物はいなくなるはずだ。
次期魔王はストレイム。
体制を整え次第、ストレイムに魔王就任を公表させよう。隙さえ見せなければ、いくら人間軍とて攻めてこないはずだ。
――これにて一件落着かな。
そんなことを考えながら立ち上がったとき、ふいにアリオスが思いもよらないことを言った。
「エル。魔王と戦ったとき……妙な薬を使ってなかったか?」
「え? うん、たしかに薬とか呑んでたけど……」
「やはりか……」
アリオスは煮え切らない表情で唸ると、またも予想外の発言をした。
「さきほど騎士に自白させたんだが……その薬は、ストレイム郷がいつも届けに来ていたらしい」
「へっ……?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
では、さっき魔王城にいたのはそれが理由だったのか。魔王に謁見したのは、薬を届けるために……
いや。待てよ。
ストレイムには僕のサイコキネシスが通用しなかった。
あのときは《魔王の次に強い魔物》だからだと思っていたが、もしかすると。
僕は思い出した。
コトネが誘拐される寸前、いきなり視界が真っ白になったのを。
――傀儡か。ふん、まあそうとも言えよう――
魔王の発言が脳裏に蘇る。
「一件落着、じゃない……」
僕は思わずひとりごちた。
★
「ふう。やっと魔王を倒しましたか」
目前にそびえる魔王城を見上げながら、ストレイムは苦笑いを浮かべた。
「これにて計画の第一段階は完了。お次は……」
「やっと見つけたわ。ストレイム……いえ、創造神!」
「……ん?」
いつの間に背後を取られていたらしい。
魔王ロニンが気迫のこもった顔つきで剣を突きだしていた。
「おやおや」
ストレイムは振り向かないまま、にやりと笑った。
「誰かと思えば。魔王ロニン様ではないか。同胞――ディストがお世話になったね」
「シュンさんの読み通りね。……あんたち、今度はなにを企んでるの」
「ふふ。それを君たちに教える必要があるのかな」
ストレイムはくるりと振り向き、魔王ロニンの眼光をしかと受け止めた。
さすがは数々の修羅場を潜り抜けてきただけのことはある。魔王ロニンは、創造神ストレイムの威圧に当てられてもなお、毅然たる態度を崩さなかった。
ストレイムは再び片頬を吊り上げて言った。
「《幻惑五感》を喰らったにも関わらず、私の正体を突き詰めるとは……。クク、さすがというべきかね」
「幻惑五感……」
「然り。君たちの五感に幻惑を与える力のことさ」
これを用いれば、対象者の視界を一瞬にして《真っ白》にすることも可能なわけだ。
「計画の完遂のためには、どうしても私自身が動かなくてはならなかったからね。あの魔王ワイズだけでは、大魔神に太刀打ちすらできなかっただろう」
「――なるほど。そういうことかい」
聞き覚えのある声がして、ストレイムはそちらに目を向けた。
魔王城の正面入口から、大魔神エルガー一行が歩み寄ってくるところだった。
俺は右腕を突き出すと、魔力を解放した。さきほどと同じように、俺の身体が白い靄に包まれる。あとは数秒も待てば、魔王の私室――コトネのいる場所へ転送できるはずだ。
果たして元の場所に戻った俺は、まずコトネの拘束具から外すことにした。
「あう……」
小さな呻き声を発し、その場にへたり込むコトネ。魔王に捕らえられていたのはほんの数十分のことだろうが、そのわずかな時間に相当の心労を重ねてしまったようだ。かなりやつれて見える。
「……大丈夫か」
コトネの前で膝をつき、可憐な顔を覗き込んでやる。
「……うん。大丈夫、だけど……」
彼女はその細い腕で、俺の身体を抱きしめてきた。
「怖かった……またエルくんがいなくなったらどうしようって……」
「馬鹿な奴だな。俺がそんな簡単にくたばるわけない……だろ…………」
コトネの柔らかな感触に満たされていくうち、心中の怒りが静かに収まっていくのを感じた。
――彼女は無事だった。守りきることができた。
そう思うだけで、胸にくすぶっていた邪悪なる感情が失せていく。大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼが消えていく……
「ふう」
《僕》は苦笑いを浮かべると、そっとコトネの後頭部に腕をまわした。
「君も……無事でよかったよ。すまない。不覚にも誘拐を許してしまうなんて」
「いいの。いいんだよ……」
コトネがさらに強く、激しく僕を抱きしめてくる。
静かだった。
僕もコトネも、一言も発しようとしない。
けれど、この空気がどこか心地よかった。
二人だけの、静謐で聖なる時間。
僕はふと、このままずっと二人で暮らす風景を夢想した。
大魔神と美しい少女は、平和な世界で、いつまでも仲良く暮らして――
「エルくん」
僕のそんな妄想を、コトネの言葉が打ち破った。
「これから……どうするの……? 魔王が死んだら、次に魔物を統治するのは……?」
「……そうだね。ストレイムあたりに任せるのが妥当かな。見た感じ、魔力は申し分なさそうだし」
「そっか……今度は変な魔王じゃないといいけど……」
「はは。違いない――あ」
そこで僕はコトネから手を離した。彼女は不満そうにこちらを見つめてきたが、しかしずっと抱き合っているわけにもいかない。新たな気配がここに近寄りつつあるからだ。
僕は振り向かないまま、その魔物に声をかけた。
「君も無事だったようだね。アリオス」
「……ああ」
元警備隊アリオスは気まずそうに僕たちを見下ろした。
「その、邪魔してしまったかな。退散しようか」
「いや、いいよ。ずっとこんなとこにいたくないしね」
誘拐事件の犯人は魔王だった。
奴が去ったいま、理不尽に傷つけられる魔物はいなくなるはずだ。
次期魔王はストレイム。
体制を整え次第、ストレイムに魔王就任を公表させよう。隙さえ見せなければ、いくら人間軍とて攻めてこないはずだ。
――これにて一件落着かな。
そんなことを考えながら立ち上がったとき、ふいにアリオスが思いもよらないことを言った。
「エル。魔王と戦ったとき……妙な薬を使ってなかったか?」
「え? うん、たしかに薬とか呑んでたけど……」
「やはりか……」
アリオスは煮え切らない表情で唸ると、またも予想外の発言をした。
「さきほど騎士に自白させたんだが……その薬は、ストレイム郷がいつも届けに来ていたらしい」
「へっ……?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
では、さっき魔王城にいたのはそれが理由だったのか。魔王に謁見したのは、薬を届けるために……
いや。待てよ。
ストレイムには僕のサイコキネシスが通用しなかった。
あのときは《魔王の次に強い魔物》だからだと思っていたが、もしかすると。
僕は思い出した。
コトネが誘拐される寸前、いきなり視界が真っ白になったのを。
――傀儡か。ふん、まあそうとも言えよう――
魔王の発言が脳裏に蘇る。
「一件落着、じゃない……」
僕は思わずひとりごちた。
★
「ふう。やっと魔王を倒しましたか」
目前にそびえる魔王城を見上げながら、ストレイムは苦笑いを浮かべた。
「これにて計画の第一段階は完了。お次は……」
「やっと見つけたわ。ストレイム……いえ、創造神!」
「……ん?」
いつの間に背後を取られていたらしい。
魔王ロニンが気迫のこもった顔つきで剣を突きだしていた。
「おやおや」
ストレイムは振り向かないまま、にやりと笑った。
「誰かと思えば。魔王ロニン様ではないか。同胞――ディストがお世話になったね」
「シュンさんの読み通りね。……あんたち、今度はなにを企んでるの」
「ふふ。それを君たちに教える必要があるのかな」
ストレイムはくるりと振り向き、魔王ロニンの眼光をしかと受け止めた。
さすがは数々の修羅場を潜り抜けてきただけのことはある。魔王ロニンは、創造神ストレイムの威圧に当てられてもなお、毅然たる態度を崩さなかった。
ストレイムは再び片頬を吊り上げて言った。
「《幻惑五感》を喰らったにも関わらず、私の正体を突き詰めるとは……。クク、さすがというべきかね」
「幻惑五感……」
「然り。君たちの五感に幻惑を与える力のことさ」
これを用いれば、対象者の視界を一瞬にして《真っ白》にすることも可能なわけだ。
「計画の完遂のためには、どうしても私自身が動かなくてはならなかったからね。あの魔王ワイズだけでは、大魔神に太刀打ちすらできなかっただろう」
「――なるほど。そういうことかい」
聞き覚えのある声がして、ストレイムはそちらに目を向けた。
魔王城の正面入口から、大魔神エルガー一行が歩み寄ってくるところだった。
「やっと封印が解けた大魔神は、正体を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
9,387
-
2.4万
-
-
5,030
-
1万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,647
-
2.9万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
5,170
-
2.6万
-
-
9,691
-
1.6万
-
-
8,170
-
5.5万
-
-
2,493
-
6,724
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
202
-
161
-
-
3,540
-
5,228
-
-
19
-
1
-
-
6,175
-
2.6万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2,858
-
4,949
-
-
59
-
87
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
341
-
841
-
-
6,207
-
3.1万
-
-
442
-
726
-
-
3,642
-
9,420
-
-
81
-
138
-
-
58
-
89
-
-
986
-
1,509
-
-
401
-
439
-
-
12
-
6
-
-
2,621
-
7,283
-
-
3,202
-
1.5万
-
-
359
-
1,684
-
-
23
-
2
-
-
179
-
157
-
-
9,166
-
2.3万
-
-
610
-
221
-
-
2,794
-
1万
-
-
4,916
-
1.7万
-
-
87
-
30
-
-
153
-
244
-
-
49
-
163
-
-
1,640
-
2,764
-
-
83
-
150
-
-
40
-
13
-
-
1,255
-
945
-
-
611
-
1,139
-
-
217
-
516
-
-
195
-
926
-
-
1,289
-
8,764
-
-
7,461
-
1.5万
-
-
2,419
-
9,367
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,691
-
1.6万
-
-
9,542
-
1.1万
-
-
9,387
-
2.4万
-
-
9,166
-
2.3万
コメント