-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第50話:終幕・後編

「……人に教える事、教わる事、か……」

 僕はその言葉をおもむろに呟いた。
 晴子さんはいつにもなく真剣な眼差しを僕に当てるも、きっと心の中ではいつもみたいに笑っている事だろう。……教える教わると言っても、この演劇で僕は教わる側だけどね。
 君という教師の、ね……。

 ともあれ、劇は終盤なのだ。間違った事ただしいことは言うまい。本当の悪役として、全力で振る舞う。

「僕は教わるものは自分で決める。社会性を捨ててるんだから、教える気なんてないね」

「……何故、そんなことを言う?」

 その疑問は引き立たせるためだろう。やれやれ、僕を最後まで悪人にする気か。……構わない、けどね。

「……そんなの決まってる。コイツらはどいつもこいつも無能ばかりだ……。教えたところで何も学ばない……」
『!!』

 クラス中の視線が僕に集まる。無能だとバカにしたんだ、黙っていられないだろう。人の話を聞くのは苦労するが、暴言はすんなり頭に入るからね……。
 今までの晴子さんの話、コイツらはどこまで理解できてるだろうか。最後の質問さえ理解できれば、それでいいのだろうけど……。

「……フフッ、あっはっはっはっは!!!」

 そこで、晴子さんは大笑いをした。快活で爽やかな笑い声は廊下まで響き、教室に充満した負のエネルギーを吹き飛ばす。

「――いやぁ、黒瀬くん? 彼等の多くは放課後に私と一緒に勉強するのだ。みんな、教えたことをすぐ覚えてくれてなぁ……それが、無能なわけがないだろう?」

「……ハッ」

 勝ち誇る彼女の笑みを、僕は鼻で笑った。口ではよく言う――そう言うかのように。
 だけど、今の晴子さんの言葉でクラスの雰囲気がガラリと変わった。負のエネルギーを全て吸収し、自分のものに変える。それが、神代晴子という少女だった。
 ……阿吽の呼吸ではないけれど、ここまでできる僕も少し褒められて良いかもしれない。
 さて……。

「……くだらない。いくら弱者を育てたところで、僕には敵わない。仲間とか教え合う師弟関係とか、1人の人間に勝てなきゃダサいんだよ……」

「人生は長い。徐々に力をつけてくれればいいと思わないかね? 人の力はある程度限界がある。少しずつでも力をつければ追いつけるさ」

「僕に追いつくまでに築く量が違うだろうね。例えばお金とか――愚民が必死に働いている間、僕は巨万の富を築く。これがどれだけ虚しいことか理解できるか? 僕等は普通の人間と違う。それなのに何故お前は人に教えるだなんて、無駄な事をする……?」

 こちらからの質問に対し、晴子さんは淡く微笑んだ。哀愁のある姿はまっすぐと僕の瞳を見ており、そして――最後の質問を告げる。

「――キミは、寂しくないのかい?」

 刹那、僕は思い出す。かつて椛が薄暗い玄関先で僕を抱きしめ、囁いた言葉を。
 彼女は単に寂しがり屋だった――というのは記憶に新しい。 椛もかつては1人だった。孤高でありながら、僕等の前ではただ孤独となり、僕に慰められようとした。つまるところ、プライドがなくなれば孤高は孤独になるのだろう。
 孤独になると、寂しいものだ。だからきっと、寂しくないのか?という質問は僕に効かないだろう。

 しかし、今ここで取るべき適切な回答は、違う。
 受け入れる事だ――。

「――なんだと?」

 僕が疑問で返すと、晴子さんはフッと笑う。やはりこの返し方は間違いじゃなかったようだ。
 さぁ、これから一気に幕引きだ。頑張るとしよう。
 晴子さんは僕の方に歩み戻りつつ、雄弁を続ける。

「人は誰だって寂しい。キミだってそれは変わらないはずだ。キミがいくら一匹オオカミを気取ったって、それは人間の性なんだ、変わらない」

「だからって、僕が寂しいって……? バカバカしい。このクラスの奴らと仲良くなったって、僕は何とも思わないね」

「それこそ嘘さ。キミはずっと他人に心を開かず、自ら辛い生活を強いてきた。だけど、キミほど賢ければわかるはずだ。人間が寂しいのは事実であり、キミはただ強がってるだけだって」

「ッ――」

 悔しがるようにすると、また晴子さんは微笑む。きっと僕は良い演技ができているのだろう。さて、そろそろ仕上げだ。

「僕は、そんなんじゃない……。くだらない言いがかりはやめろ!」

「これまでの話で、団体活動もキミにとって利点しかないとわかるだろう? キミの負けさ。いい加減観念して、球技大会に出たまえ。そして――」

 言葉を区切り、彼女はスッと手を差し伸べる。
 これが、この演劇のクライマックス――

「私と、友達になって欲しい――」

 空気が弾け、爽やかな感覚が体を支配した。この人の言葉には力がある。たとえそれが嘘であれ、演技であれ、変わることはない。誰しもを納得させてしまう、神の声なんだ。

「……そんな、言葉で……」

 小刻みに震えながら、認めたくないかのように歯嚙みをして何とか言葉を返す。負けず嫌いな感じが出てるだろうか。そうだといいんだけど……。
 晴子さんは僕に手を伸ばしたまま、言葉を綴る。

「キミにはキミなりに辛い思いがあるのだろう。だけど、もしよければ私を友人にして、いつか話を聞かせて欲しい。その時が来る事を、私は望んでいるよ」

「…………」

 その言葉に対し、僕は無言で俯いた。同級生の目線からすれば、僕が彼女の手を取るのは僕自身の崩壊を意味する。陰気で独りよがりのクズキャラも、これで終わりというわけだ。
 だけれど、そんなにすぐ掴めば、僕の演技が疑われかねない。ここはもう少し引き伸ばして――

「僕は、寂しくなんかない……。お前の友達になんて、僕は……」

「苦しい時も辛い時も、友達となら分かち合え、乗り越えられる。仲良くないよりは仲が良い方がいい事もある。だから、この手を――」

「クッ……」

 僕はバックを手に持つ。しかし、数秒待ってから机の上に戻した。カバンを握っていたその手は目の前に伸びる少女の手を掴む。

「……逃げるぐらいなら、負けを認める。お前の言うことも、正しいのはわかっていた。友達だか知らないけれど、球技大会に付き合ってやるよ」

「……ありがとう、黒瀬くん」

 これにて、僕等の演劇は終了だ。最後、晴子さんがクラスを見渡し、こう述べる。

「人は、仲直りできる生き物だ。我々はどんなに仲が悪くとも、仲良くなることができる。それを覚えておいて欲しい」

 全ての役割を終え、辺りは静まり返った。気付けば15分も時間が経ち、観衆クラスメイト達はただ僕達を見据え、時が止まったかのように動かなかった。
 ただ動くのは、風に揺られる黄金色の日差しだけで――。



 ◇



 それから球技大会当日まで、僕達は毎日練習した。なんだかんだ1週間もあればハンドボールもできるもので、バレーもハンドもクラスで一番上手くなる。まぁ、それは影で晴子さんと特訓していたのもあるけど、とにかく主戦力になれた。

 クラスメイトとは未だに反発することもあるけれど、僕から何かすることもないし、"黒瀬も丸くなった"と言われるほどにはなった。とはいえ、来年も厄介者かもしれない僕と、それを抑えられる晴子さんは同じクラスだろう。
 それは余談だけど、球技大会でのチームワークはなかったものの、なんとか優勝することができた。僕が手を抜かなかった辺り、信頼も回復するのかな……。回復しないならしないで、晴子さんとは仲良くするから別にいいけど。

 そして、クラスでもう1人厄介だった少女――北野根椛は相変わらず僕に絡んで来る。
 だけどその瞳には疑念が映るようになった。しかし、その程度なら特に構わない。時間を見つけては彼女と実験もするし、相変わらずな生活である。

 まぁ、少なくとも僕等の演劇は終わった。椛の対処も、晴子さんと一緒なら楽になるだろう。
 長きに渡る演劇も終わり、漸く平穏な日々が訪れる――そう思っていた。

「――晴子、私は少しばかり留学する」
「――兄さん。私ね、少しだけ留学するんだ〜」

 競華と美代、2人の少女が同時留学するという、奇妙な現象が、僕の心を大きく揺さぶる――。

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