-COStMOSt- 世界変革の物語
第45話:不調和
冷たい風が凪ぎ、木々が揺らめく。木々に囲まれた平たい地形、その中に5つのテントがあり、その近辺で四つん這いになり、胃の中のものを戻している少女がいた。
「ぐうっ――ぉ、ウェェ……」
「無茶し過ぎなんだよ、瑠璃奈は。今週3回目じゃない? 一回寝たら?」
袋の中に嘔吐する少女の背後から、明るい青年が問い掛けた。吐く勢いのあまり、息切れしている少女はよだれを拭くこともなく、顔を上げる。
「……元旦に24時間寝ました。その分の遅れが、ありますから……」
その言い訳は悲しいものだった。元旦は誰もが休むからと瑠璃奈も眠りに就き、2日目から関係各所に連絡を取り、現在も指示書を書いている。元旦に寝たと言っても、結局その分働くのなら変わらない。
「スケジュール調整はして上げるからさ、休んだ方がいいよ。まったく、よくそんな生活ができるよね……」
少年は少女――黒瀬瑠璃奈の背後をとらえ、両手を脇の下に通し、肘を曲げて両手を瑠璃奈の首の後ろに持っていく。体を抑えられた瑠璃奈はなすすべもなく後退していく。
「……いたいけな少女になんてことをしますか。あと、気安くパーソナルスペースに入らないで欲しいですね」
「いいから、寝ろよ」
「……ハッ。本気で生きないで何を成し遂げられますか。瑛晴、貴方であろうと私に逆らうことは――」
「はいっ、おやすみ」
「うがっ」
少年は頸動脈を抑え、瑠璃奈を気絶させた。寝不足の少女は両手のスマートフォンを手放し、少年――瑛晴の膝に頭を下ろす。少年は微笑みながら少女の顔に手を当てる。
おそらく、世界で誰よりも世界を愛する少女――目の下のクマは真っ黒で、睡眠が必要なのは明白だった。
それでも、今では野外で寝るしか無くなっている。
それもそのはずだ。
なんせここは――無人島なのだから。
「……理想郷プロジェクト――とうとうここまできたね」
風にその黒髪を揺らしながら、少年は呟く。やがてその視線を、少女から森の向こうへ向けた。
――そこには、ジャングルには見合わぬ都市があった。
少女が13歳で買った無人島、いくつもの建設事業に協力を受け、16歳の今になって建設が終わり――現実世界日本の"プロトタイプ"がある。
2月――いよいよプロトタイプが始動する。
理想郷プロジェクト【COStMOSt】――"神の描いた物語"は、飛躍する。
「……相手は競華、か。どちらが"Sランク"の王になるか、勝負だ」
少年は笑う。
天才なる少女との対決を楽しみにして――。
◇
1月12日、火曜日。
井之川高校は始業式が始まり、この日は特に何をするでもなく、始業式が終わると多くの生徒が帰宅する。僕も例外ではなく、いつもより軽いバッグを肩に掛けて帰ろうとした。
「待ちなさいよ、幸矢くん」
「…………」
肩を掴まれ、立ち止まる。掴んできたのは久しぶりに会う椛だった。相変わらず艶やかな目をして、生きているだけで楽しそうだった。
「……どうしたのさ?」
「一緒に帰りましょ。私、この冬休みに色々考えたの。貴方に、それを聞いてほしいわ」
「…………」
これはきっと、冬休み前の事だろう。仲間と一緒だと楽しいから――という僕の推挙に対する答えが、彼女の中で出たらしい。
まぁ、そのぐらいなら構わないが――
「へぇ。それは私も聞きたいね」
普通ならあり得ない人物が、聞き耳を立てていた。にこやかに笑いながら、取り巻きをすり抜けて僕等に歩み寄る。その手には黄色い杓子があり、より聖人らしくなっていた。
「……神代」
「……これは、大物が釣れたわね」
「はははっ、過大評価だね。私はキミ達と同じ学生だ。大物ではないさ」
辺りがざわつく。晴子さんが僕等みたいな嫌われ者の話を聞きたいだなんて、おかしな事だから。……僕は構わないけれど、椛がなんて言うか……。
「いいわ。貴女も、一緒に帰りましょう?」
……とんでもない事に巻き込まれた。これで友情が生まれでもしたら面白いけど……。
2人の目が爛々としており、既に戦闘態勢なのは見て取れた。……この2人を無視して、僕は帰ろう。どうせ勝手についてくるだろうし。
僕は椛の手を、肩から引き剥がしてクラスを出た。その後ろを約2名が付いてくる。なんというか、酷いものだ。こんなに気まずい下校は今までになかった。
「北野根くん、道すがら話すのかい? それとも、どこかお店に入るかい?」
「そうね。どうせなら私の家に来ないかしら? 幸矢くんも来てくれるわよね?」
「……。今日はとても体調が悪くて、残念ながら行けそうには――」
「そう。じゃあ私のベッドで休むといいわ」
「……聞いてないな」
そんな訳で、僕等は椛の家に行く事となる。……トラップ屋敷だからな。晴子さんを守りたいけれど、守る必要もないかな。自分の身も案じなきゃいけないし……。
校舎を出て、歩道を歩く。僕が先行し、後ろからはダウンコートを着た晴子さんと、オレンジ色のマフラーをした椛がお喋りをしていた。
「神代さんはスカートが長いわね。美意識が足りないんじゃなくて?」
「長くしてる理由も検討がつかないのかい? 思ったより浅はかだねぇ、北野根くんは」
「フフッ、低俗な者をまとめ上げる人の発言はさすがね。やっぱり底が知れてるわ」
「はっはっは、面白いことを言うね。自分も低俗なのに」
「…………」
楽しそうな会話だった。椛はわかるけど、晴子さんは何を怒ってるんだろう? 僕が女性の家に行くのが嫌なのか……?
とはいっても、お金もかからないし助かるんだが……オートロックの高級マンション、晴子さんが見たらどうなるやら。
と、考えているうちにマンションに着いてしまった。晴子さんを見ると、いつもの笑顔をしている。
……いや、あれはポーカーフェイスだ。少し冷や汗をかいている。競華もお嬢様だが、友人でもない人の高級住宅に入るのは、晴子さんも初めての筈だ。少し頬が引きつっている……気がするな。
「……ずっと黙ってたけどさ」
エレベーターに上がる前、僕は呟く。僕だって少しぐらい主張してもいいだろう。
2人を見ると、2人も僕を見た。
「……神代。お前、なんのつもりさ? 敵でしかない椛の家にのこのこやってくるなんて……死にたいのか?」
「何を言うか。クラスメイトが家に上げてくれると言うのに、断る必要がどこにあるかね。家を見れば、その人物の生活が見えるし、生き方も見える。私はね、北野根くんの事を知りたいのだよ。それに……」
言葉を区切り、晴子さんは僕の右腕を掴む。その力は強力で、僕は歯を食いしばった。
……何もしたつもりはないけれど、晴子さんは怒りの笑みを浮かべていた。
「……男女不純異性交遊がないか、確かめないと……ね?」
そんな事で171kgの握力を発揮しないでほしい。いや、本気なら今頃腕は複雑骨折してるだろうけど、それでも痛いから……80kgは出てるから……。
「……貴方は知らないかもしれないけど、幸矢くんは馬鹿みたいに奥手なのよ? 媚薬使って興奮させても手を出してこなかった。まったく、惚れさせるにはどうしたものかしら」
「……へぇ?」
「……神代、なんでそんな目で見る」
さらに握力が強くなった。右手とさようならしようかとも思ったけど、生存本能というか、自己防衛が勝手に働いて、空いた手で胸ポケットから注射器を取り出した。
晴子さんは勘付くと、すぐに手を引いて一歩下がる。……悪びれた様子はない。女子ってそうだよな、男子に暴力振るっても怪我がなければ気にしない。やはり僕は、大凶のようだ。
「……まぁ、本心としては、キミ達と仲良くしたいのだよ。あと2ヶ月で進級し、クラス替えもある。その前に、キミ達と仲良くして、最高の思い出を作りたくてね」
「フフッ、夢でも見てるのかしら?」
「はははっ、北野根くんは手厳しいなぁ」
「……女って、怖いな」
素直な感想を言うと、2人から鋭い視線を向けられる。もう今日は発言しないでおこう。
女子2人が楽しそうに会話を繰り広げる中、僕は黙ってエレベーターに入るのだった。
「ぐうっ――ぉ、ウェェ……」
「無茶し過ぎなんだよ、瑠璃奈は。今週3回目じゃない? 一回寝たら?」
袋の中に嘔吐する少女の背後から、明るい青年が問い掛けた。吐く勢いのあまり、息切れしている少女はよだれを拭くこともなく、顔を上げる。
「……元旦に24時間寝ました。その分の遅れが、ありますから……」
その言い訳は悲しいものだった。元旦は誰もが休むからと瑠璃奈も眠りに就き、2日目から関係各所に連絡を取り、現在も指示書を書いている。元旦に寝たと言っても、結局その分働くのなら変わらない。
「スケジュール調整はして上げるからさ、休んだ方がいいよ。まったく、よくそんな生活ができるよね……」
少年は少女――黒瀬瑠璃奈の背後をとらえ、両手を脇の下に通し、肘を曲げて両手を瑠璃奈の首の後ろに持っていく。体を抑えられた瑠璃奈はなすすべもなく後退していく。
「……いたいけな少女になんてことをしますか。あと、気安くパーソナルスペースに入らないで欲しいですね」
「いいから、寝ろよ」
「……ハッ。本気で生きないで何を成し遂げられますか。瑛晴、貴方であろうと私に逆らうことは――」
「はいっ、おやすみ」
「うがっ」
少年は頸動脈を抑え、瑠璃奈を気絶させた。寝不足の少女は両手のスマートフォンを手放し、少年――瑛晴の膝に頭を下ろす。少年は微笑みながら少女の顔に手を当てる。
おそらく、世界で誰よりも世界を愛する少女――目の下のクマは真っ黒で、睡眠が必要なのは明白だった。
それでも、今では野外で寝るしか無くなっている。
それもそのはずだ。
なんせここは――無人島なのだから。
「……理想郷プロジェクト――とうとうここまできたね」
風にその黒髪を揺らしながら、少年は呟く。やがてその視線を、少女から森の向こうへ向けた。
――そこには、ジャングルには見合わぬ都市があった。
少女が13歳で買った無人島、いくつもの建設事業に協力を受け、16歳の今になって建設が終わり――現実世界日本の"プロトタイプ"がある。
2月――いよいよプロトタイプが始動する。
理想郷プロジェクト【COStMOSt】――"神の描いた物語"は、飛躍する。
「……相手は競華、か。どちらが"Sランク"の王になるか、勝負だ」
少年は笑う。
天才なる少女との対決を楽しみにして――。
◇
1月12日、火曜日。
井之川高校は始業式が始まり、この日は特に何をするでもなく、始業式が終わると多くの生徒が帰宅する。僕も例外ではなく、いつもより軽いバッグを肩に掛けて帰ろうとした。
「待ちなさいよ、幸矢くん」
「…………」
肩を掴まれ、立ち止まる。掴んできたのは久しぶりに会う椛だった。相変わらず艶やかな目をして、生きているだけで楽しそうだった。
「……どうしたのさ?」
「一緒に帰りましょ。私、この冬休みに色々考えたの。貴方に、それを聞いてほしいわ」
「…………」
これはきっと、冬休み前の事だろう。仲間と一緒だと楽しいから――という僕の推挙に対する答えが、彼女の中で出たらしい。
まぁ、そのぐらいなら構わないが――
「へぇ。それは私も聞きたいね」
普通ならあり得ない人物が、聞き耳を立てていた。にこやかに笑いながら、取り巻きをすり抜けて僕等に歩み寄る。その手には黄色い杓子があり、より聖人らしくなっていた。
「……神代」
「……これは、大物が釣れたわね」
「はははっ、過大評価だね。私はキミ達と同じ学生だ。大物ではないさ」
辺りがざわつく。晴子さんが僕等みたいな嫌われ者の話を聞きたいだなんて、おかしな事だから。……僕は構わないけれど、椛がなんて言うか……。
「いいわ。貴女も、一緒に帰りましょう?」
……とんでもない事に巻き込まれた。これで友情が生まれでもしたら面白いけど……。
2人の目が爛々としており、既に戦闘態勢なのは見て取れた。……この2人を無視して、僕は帰ろう。どうせ勝手についてくるだろうし。
僕は椛の手を、肩から引き剥がしてクラスを出た。その後ろを約2名が付いてくる。なんというか、酷いものだ。こんなに気まずい下校は今までになかった。
「北野根くん、道すがら話すのかい? それとも、どこかお店に入るかい?」
「そうね。どうせなら私の家に来ないかしら? 幸矢くんも来てくれるわよね?」
「……。今日はとても体調が悪くて、残念ながら行けそうには――」
「そう。じゃあ私のベッドで休むといいわ」
「……聞いてないな」
そんな訳で、僕等は椛の家に行く事となる。……トラップ屋敷だからな。晴子さんを守りたいけれど、守る必要もないかな。自分の身も案じなきゃいけないし……。
校舎を出て、歩道を歩く。僕が先行し、後ろからはダウンコートを着た晴子さんと、オレンジ色のマフラーをした椛がお喋りをしていた。
「神代さんはスカートが長いわね。美意識が足りないんじゃなくて?」
「長くしてる理由も検討がつかないのかい? 思ったより浅はかだねぇ、北野根くんは」
「フフッ、低俗な者をまとめ上げる人の発言はさすがね。やっぱり底が知れてるわ」
「はっはっは、面白いことを言うね。自分も低俗なのに」
「…………」
楽しそうな会話だった。椛はわかるけど、晴子さんは何を怒ってるんだろう? 僕が女性の家に行くのが嫌なのか……?
とはいっても、お金もかからないし助かるんだが……オートロックの高級マンション、晴子さんが見たらどうなるやら。
と、考えているうちにマンションに着いてしまった。晴子さんを見ると、いつもの笑顔をしている。
……いや、あれはポーカーフェイスだ。少し冷や汗をかいている。競華もお嬢様だが、友人でもない人の高級住宅に入るのは、晴子さんも初めての筈だ。少し頬が引きつっている……気がするな。
「……ずっと黙ってたけどさ」
エレベーターに上がる前、僕は呟く。僕だって少しぐらい主張してもいいだろう。
2人を見ると、2人も僕を見た。
「……神代。お前、なんのつもりさ? 敵でしかない椛の家にのこのこやってくるなんて……死にたいのか?」
「何を言うか。クラスメイトが家に上げてくれると言うのに、断る必要がどこにあるかね。家を見れば、その人物の生活が見えるし、生き方も見える。私はね、北野根くんの事を知りたいのだよ。それに……」
言葉を区切り、晴子さんは僕の右腕を掴む。その力は強力で、僕は歯を食いしばった。
……何もしたつもりはないけれど、晴子さんは怒りの笑みを浮かべていた。
「……男女不純異性交遊がないか、確かめないと……ね?」
そんな事で171kgの握力を発揮しないでほしい。いや、本気なら今頃腕は複雑骨折してるだろうけど、それでも痛いから……80kgは出てるから……。
「……貴方は知らないかもしれないけど、幸矢くんは馬鹿みたいに奥手なのよ? 媚薬使って興奮させても手を出してこなかった。まったく、惚れさせるにはどうしたものかしら」
「……へぇ?」
「……神代、なんでそんな目で見る」
さらに握力が強くなった。右手とさようならしようかとも思ったけど、生存本能というか、自己防衛が勝手に働いて、空いた手で胸ポケットから注射器を取り出した。
晴子さんは勘付くと、すぐに手を引いて一歩下がる。……悪びれた様子はない。女子ってそうだよな、男子に暴力振るっても怪我がなければ気にしない。やはり僕は、大凶のようだ。
「……まぁ、本心としては、キミ達と仲良くしたいのだよ。あと2ヶ月で進級し、クラス替えもある。その前に、キミ達と仲良くして、最高の思い出を作りたくてね」
「フフッ、夢でも見てるのかしら?」
「はははっ、北野根くんは手厳しいなぁ」
「……女って、怖いな」
素直な感想を言うと、2人から鋭い視線を向けられる。もう今日は発言しないでおこう。
女子2人が楽しそうに会話を繰り広げる中、僕は黙ってエレベーターに入るのだった。
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