-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第22話:背面世界⑤

「――チェックメイトです」

 瑠璃奈はそう宣言し、私の頭に拳銃を突き付けた。この銃は脅しじゃない、銃に入って居るのは黄金色の実弾だ。その破壊力は、私のすぐ横の壁に亀裂が入っていることから伺える。引き金を引かれれば、私は死ぬのだろう。

 高校に登校しても半分以上は授業を受けず、クラスを巡回してチェックリストにチェックを入れる女、それが黒瀬瑠璃奈。まるで家畜でも見るかのようにチェックする彼女の姿は、今でも鮮明に思い出せる。彼女にとって、人間とはなんなのだろう。管理されるべき家畜なのだろうか?

 それが不思議だったし、何より天才で、戦えば面白いと思った。
 しかし結果は惨敗。罠を張った廃病院に彼女を誘い込んだのに、彼女は罠をものともしなかった。

 だって不思議でしょう? 薄暗い廊下を歩いてるのに、彼女は病室の爆弾を察知してその付近だけは走り抜けていた。センサー型の罠もまるで効かなかった。特殊なコンタクトをしていたらしいけど、それにしても異常な事。人間の所業じゃない。

 しまいにはGPSでさっさと私の居場所を見つけ、逃げる私に、私の張ったトラップを誘発させて爆発。私は衝撃だけで壁に激突し、頭から血が出て動く力もなかった。

「――人間同士の戦いも、中々楽しいですね。いや、私からすれば作業と大して変わらないのですが……」
「……まさか、私が……ここまで、コケにされる、なんて……ね……」
「いえいえ、誇っていいですよ? ここまで私を手こずらせたのは米国教育省のアルマ・ハワード氏以来です」

 誰よそれ……なんて思いながら、ゆっくりとお腹の方に手を寄せる。しかし、瑠璃奈は私の太ももを踏みつけ、行動を阻止した。

「ッ――!」
「私も一応人間なので、残酷な事は好きじゃありません。手足の骨を折るのは勘弁して差し上げましょう。体の方も、骨折はしていないでしょう? 良かったですね」
「ウッ……!」

 冷淡に言葉を並べながら、瑠璃奈は私のお尻を踏みつける。お腹周りに薬品を仕込んでるのを見越して、わざと背中は踏まないのだろう。器用な女だ、なんでそこまで私を見破れる……。

「……えーっと、貴女はどうしましょうかね? 少年院送りでは面白くないし、"プロトタイプ"に入れても良いですが、うーん……暎晴あきはる、どう思います?」

 瑠璃奈は私から視線をそらさず、後方に控える仲間に問い掛ける。
 名前に"晴"のつくその少年は、悩む様子も見せずに答えた。

「神代晴子の所に送ったら? 僕等の道理で考えたら、悪い人は更生するべき。でも、僕等にそんな余暇はない。……晴子にしてもらおうよ。彼女だって、成長できるだろう?」
「それはいい試練になりそうですね。彼女の成長度合いが測れますし、もみじぐらい片手間で倒せないなら"王"にする価値がありませんから」
「その玉座、僕が貰うけどね」
「どちらでも構いませんけど」

 私のことなどまるで気にすることなく、会話を続ける2人。私は漸く理解した。自分が敵に回した人間は、化け物だったのかと――。
 私は明らかに他人より優れている。私の言葉に人は騙され、私に許しを乞う。私が常に優位である、それが普通だった。

 しかし、彼女は違う。
 瑠璃奈を前に私は騙され、許しを乞い、下位にある。黒瀬瑠璃奈という人物は、私より遥か雲の上に存在する人間だった――。

「――聞きなさい、椛。常識的に考えたら警察に突き出すか洗脳ビデオでも見せるところです……が、貴女にチャンスをあげましょう。貴女にとっても嬉しい話です」

 私を踏みつける足をどけ、今度は髪の毛を掴んで無理やり上を向かせてくる。髪の毛が抜けそうで痛いが、堪える他ない。

「――都立井之川高校に、私の一番お気に入りの人材が居ます。貴女はそこへ行ってください。そうすれば、今回のことは不問にしましょう」
「――――」

 変なことを言う、と思った。行けばいい、ただそれだけなのか。行った後は、何をしてもいいのか。疑問は絶えないけれど、――試練を与える言っていた。
 私を"駒"扱い――屈辱的だけれど、


 それ以上に、助かる事に安堵していた。


「さて。貴女の英断に期待しますよ」
「んぐっ」

 髪を離され、私は頭を抑える。前を向けば、ゆっくりと去っていく2人の姿。
 今お腹に隠した2本の試験管を投げれば、奴等を爆殺することが出来る。

 なのに、手が動かなかった。

 "怖い"――子供以来忘れていたその恐怖心が、蘇ったのだから……。



 ◇



 圧倒的な相手を目前にする恐怖、それを私はよく知っている。1度徹底的に負かされたのだ、あれ以上の恐怖などないと思っている。

 それなのに、体が震えて動かなかった。
 今すぐにでも泣きそうで、逃げ出したくて、それでも足が竦んで――。

「――さてぇ。流石に1枚で終わったら面白くないよなぁ?」

 彼女は笑いながら尋ねてくる。
 悪魔だった。瑠璃奈は私が戦意を失うと、それ以上戦いはしなかった。なのに神代晴子は、私の策を潰した上でまだ戦えと言ってくる。

 殺される――最悪の結末が脳裏をよぎった。未だかつて、これほどの恐怖を感じたことはなかった。彼女の感情の無い黒い瞳が私を見下ろし、彼女が内心嘲笑っているのが手に取るようにわかる。悔しいと感じる暇もなく、脳は恐怖で埋め尽くされていた。

「ああ、そうだ。私がここで10分測ろう。君はその間に逃げるといい。そこからゲームを再スタートしようじゃないかぁ」

 余裕たっぷりに、わざわざポケットからストップウォッチを取り出す晴子。スマートフォンでいいのにわざわざストップウォッチを出したのは、"あらかじめ使うとわかっていた"と示すためだろうか。彼女の手にあるのは100圴で見るような安っぽいもので、この時のためにわざわざ買ったのだろう。

 この先、私は逃げたとしても敵う気がしなかった。組み伏せられ、差を見せつけられて大敗するのが、何も考えずともわかってしまう。

「おやおや、なぁんで私にそんなに怯えるかなぁ? 逃げる気力もないなら、私の勝ちでいいよねぇ?」

 彼女はストップウォッチを放り投げ、再三私に尋ねてくる。投げ出された小さな機械ははカラカラと音を立て、摩擦で勢いがなくなって止まる。すると世界は静まり返り、目の前にいる悪魔が大きく見えた。
 心臓の動悸が早くなる。呼吸が進み、胸が上下して気の昂りを感じた。もはや冷静さなど、私にはなかった。

「ねぇ……私の尊厳を傷つけて、それで尚私に挑んで……何か言うことはないのかい?」
「ヒッ」

 彼女が一歩前に出る。私は子供のように怖がった。フェンスにすがり、これから何をされるのかと恐怖で気が狂いそうだった。

 普段怒らない人が怒るとき――何をするかわからない。
 誰かがSNSで呟いていたことを、私は瞬時に理解する。彼女の名前を傷つけ、私は彼女の気に触れたのだろう。遊びのつもりだった。天才なら、難なく対処して終わりだと思った。だけど、だけど――

「おい、なんか喋れ」

 初めて見る神代晴子の怒りの形相は、私の予想なんかと全然違ったのだと、理解させるのに時間はいらないのだった。

 死ぬ、殺される。

 助けてと叫びたくとも声が出ない。顔が青ざめるのを感じた。もうダメなのかと、目を閉じようとして――

 ――パァン!!!

 乾いた銃声と共に、私の目は再度見開くのだった。

「――北野根!!!」

 驚愕に染まった顔で、彼の顔を見つけたから。

 「幸矢くん――」



 ◇



「ふぅ――」

 晴子さんに一発弾丸を放って、僕はエアガンのスライドを引き、BB弾を再装填する。晴子さんは面白いぐらい痛がるフリをしてくれて、ぐうぅと唸りながら背中を抑えていた。子供の頃、この銃を彼女に貸したら僕や快晴に遠慮なく撃ってきて、僕等は今もピンピンしてるし、こんなの全然痛くないのだが……。

 ――さて、余計な思考は十分だ。
 僕は俳優、ここでも名演技を見せよう。

「北野根! 神代は僕が食い止める! お前は逃げろ!!」
「ゆ、きや……く……でも、足が……」
「素数でも数えろ! これはただのエアガンだ、足止めにしかならない!」
「グ……ぅ……黒瀬くん……。よくも、やってくれたな……」

 ユラリと晴子さんが前傾姿勢をとり、僕の方を向く。彼女は北野根に見えない位置で、右手の人差し指を立てた。これは僕等の仲間内での合図、人差し指を立てたらありがとう、だ。僕がここに来たのを嬉しく思ったんだろう。

 僕としては自分で自分に驚いている。晴子さんに電話でゲーム内容だけしか言われなかったのに、よくこのビルの上に来られたな、と。北野根の性格を知ってるし、ゲーム内容が嘘くさいのは晴子さんの電話での話し方でわかったが、まさか競華の会社の屋上なんて、ね……。
 ここまで話が出来ていると、逆に笑えてくる。

「フン……それが本性か、神代。君みたいに他人を使役する人間、本当は悪い奴だと思っていたんだ。人々に無駄な行為を斡旋し、自己満足に浸る自己満女め」

 僕は頑張って彼女を罵りながら、彼女に向けて中指を立てた。普通に見れば、腹がたつ相手に威勢を張る行動。しかし、これは僕等だけに通じるサイン。
 中指の場合は、"このままでいい"。
 晴子さんは立てていた人差し指をこっそり中指に変え、小さく頷く。まったく、とんだ茶番だ……。

「……黒瀬くん。キミは本当に愚かだよ。いつもいつも私の邪魔ばかりする。どうして私に楯突くのか、未だに理解できないよ。私は正義の執行者。彼女を裁こうとしているだけなのに」
「君が執行者……? 笑わせる。高校生風情が出過ぎた真似をするな」
「出過ぎた真似……その言葉、そのまま返すよ。これは私と北野根くんの"遊び"だ。呼んでもいないのに、なぜキミがここに来る」

 貴女が電話したからだけど……とは言わない。あらかじめこの辺のセリフは確認しあってたけど、実際やってみると、笑わないのは難しい。

「……そんなの、決まってる。僕が彼女の友達だからだ」

 だから、こんなにカッコいいセリフですら、自分からしたら滑稽に思えてならなかった。
 しかし、北野根に視線を逸らすと、彼女は呆けて僕の事を見ていた。ピンチを救いに来たヒーロー、そう思ってるのかもしれない。だけど、僕は"悪者"だから――悪者のピンチを救うのは、悪者のやる事だ。

「……フフフッ。キミたちが、友達か。面倒なタッグだね!!!」
「ッ!!」

 刹那、晴子さんは僕に向かって走り出す。僕は一瞬たじろいだ。こんな予定はない、アドリブだ。本気で取っ組み合いをする気か? 僕はまだ、死にたくないんだけど……。

「はぁ、もうっ……!」

 僕は屋上で円を描くように逃げ回り、エアガンで晴子さんを狙う。
 パァンとわざわざ大きな音を鳴らすものの、弾丸は彼女に当たらない。わざわざ装填しなきゃ発射しない拳銃これじゃあダメだ。

 僕はポケットから伸縮の効く、教師なんかが使う指し棒を取り出す。ステンレスで出来た1mの棒は細くとも、頭を狙えば殺すこともできる。

 僕が新たな獲物を出すのを見て、晴子さんもスカートのポケットから武器――スタンガンを取り出した。マズい――ステンレスだから、うまく捉えられると感電させられる。

 僕と彼女の距離は徐々に近付き、後少しで指し棒の間合いに入る。本気か、晴子さん――?

 ――まぁどちらでもいい。君が僕を追っている間に、北野根は逃げたから――

「待て、神代!」
「待つか!!」
「チィッ!!」

 さらに彼女は踏み出し、スタンガンを振るう。本気で当てて来たが、紙一重で躱した。
 上体を狙うのは危険、足払いを掛ける。

 しかし、僕が足払いにはなった足を、彼女は的確に踏み抜いてみせた。体が沈む。晴子さんは僕に飛び込むようにしてスタンガンを掲げた。

「グッ――!」
「小賢しいなぁ!」
「!」

 まっすぐ降ろされるスタンガンを、かろうじて右手で掴む。手首を全力で掴んでも、生まれつき筋繊維の多い彼女は僕にその小型機械を押し付けようと、ジリジリと腕を伸ばして行く。

「ククク……ほら、感電しちゃうよ?」
「それは君もだ――」
「ッ!」

 僕は左手に持つ指し棒を、彼女の額にピッタリとくっつける。ステンレスの導電性は鉄程度だけど、僕と晴子さんがこの棒で繋がっていれば、僕にスタンガンを付けても、刺激は彼女にも伝わる。

「フン……どこまでも小賢しい。けど、そんなのは離してしまえば問題な――」
「よく喋るな」

 わざわざ悪党ぶって喋る、隙だらけの彼女の股を、僕は蹴り上げた。

「――ッ〜〜……。なっ、なななななっ……!!?」

 彼女は僕の上から転げ落ち、股を抑えて転げ回る。"な"しか言えなくなっていたが、痛いのか恥ずかしいのか、その顔は真っ赤で少し可哀想だった。

「ッ〜! 幸矢くん……キミ、女の子の股を蹴り上げるとは、どういう了見だ!」
うるさいよ……。君が本気で襲ってくるから、仕方なく、だ」
「キミなぁ! そんな、もう……えぇ……? まだ彼女が見てるかもしれないのに!」
「…………」

 起き上がって怒鳴り散らす彼女に対し、僕は黙る。確かに、見られてる可能性はなくもない。でも、晴子さんが本気なのか、演技なのかわからなくて、止めるのに暴力はやむを得なかった。
 しかし、この時点で北野根が姿を現さないということは、きっと逃げ帰ったのだろう。

「……うぅ、もう嫁に行けない」

 隣では晴子さんが四つん這いになってショボくれていた。嫁に行くって……総理大臣になるんじゃないのか。

「……君、嫁ぐ気があったの?」
「……キミさぁ、ねぇ……。責任はとってくれるんだよねぇ?」
「…………」

 もはや質問に答える気力は無いようだった。まるでさっきの悪魔みたいな様子は演技だった、みたいな話し方だったけど、晴子さん自身錯乱してるし、半分ぐらい魂を悪魔に渡してたようだ。
 兎に角、背面世界に身を落とした天使を、なんとか引きずり出すことはできたらしい。

「……そのうち、ね」
「ん? ……なんか言ったかね?」
「いや……なんでも……」

 それはそれとして、嫁に来るなら拒む気はない。 晴子さんが本気なら、そのうち結婚するのだろう。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く