-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第13話:文化祭②

 絵は立っている足の数、つまり2-6だろうと考えて2-6クラスがやっているお化け屋敷に潜入し、2周目で通路内壁際にある手紙に気付いた。
 その近くには赤いリボンで閉じられた手のひらサイズの箱も置いてあり、これがプレゼントだろう。

 お化け屋敷を無表情のまま脱出すると、また僕は手紙を開いた。

〈今日この日、アンズが咲いた。
 誕生日おめでとう〉

 こんなに酷いクイズはないな――そう思いながらスマートフォンを取り出し、アンズ、誕生花でネット検索する。
 3月1日――3-1か。
 今度は2階、僕は走って手紙を見つけに行く。探して手紙を開き、また次の場所へ。
 全てわからない問題ではない、スマートフォンの検索機能も使えば解ける程度のものだった。しかし、集まって行くプレゼントは嫌な物を連想させる。

 塩、カラの試験管2本、赤の液体が少量入った試験管1本、炭酸水、計量スプーン、そして――固形ナトリウムの入った瓶。
 ナトリウムといえば、水と反応して爆発することで有名だと思う。赤い液体も怖いが、ナトリウムを持ち歩くなんて正気の沙汰ではない。
 この奇妙なゲームは、いったいいつ終わるのだろう――。

 僕は一度休憩することにした。走り回った疲れはあまり無いが、気負いして要らぬ疲労感を背負ってしまったから、疲れた。
 一応、僕と北野根、そして晴子さんの下駄箱もチェックしておこう。そう思って一旦一階に降りた。

 昇降口で、まずは僕の下駄箱を開ける。中には1通の手紙が入っていた。これは後で読むとしよう。
 次に、北野根の下駄箱を開ける。

「…………」

 中には1枚の紙と、奥の方に手提げ鞄とクシャクシャになったレジ袋が入っていた。まずは紙を手に取る。
 紙にはこう書かれていた。

〈Bonus! この鞄にプレゼントを入れながら頑張ってね〉
「……そういうのは早く言ってよ」

 自分のロッカーから既にビニール袋を持ち出して、プレゼントは入れていた。でもまぁ、使えるものは使おうと、荷物を移そうとして、手提げ鞄の中身に気付く。

 ――HNO3、硝酸。

「…………」

 黒い瓶に白いラベル、少し手のひらの中で回すと"劇薬"の文字が目に付いた。濃度10%以上だったか……それ以上の濃度になると硝酸は劇薬扱いされる。水で薄めたりすればいいんだが、こんな物を扱った経験がない以上、下手に何かするわけにはいかない。瓶だって本来は素手で触っちゃいけないものだ。
 ――いや、それならナトリウムの時点でそうじゃないか。

「なんとなく、わかってきたよ……」

 今ある手持ちの薬品類から考えれば、高校生で知ってる化学薬品というと――王水だろう。
 王水、それはあらゆるものを溶かす最強の物質。そう考えれば赤い液体の正体、あれはアンモニアだろうか。
 濃塩酸アンモニウムと濃硝酸アンモニウムを混合させたら固体王水ができるけど、それで何かさせるつもりか?
 はたまた、液体王水を使って何かを腐食させる?

 どちらにしても、危険物を作る材料を集めてるのに変わりはない。そして、集めないといけないことにも変わりはない。

「……もう、午後か……」

 ガヤガヤとする廊下を見て、ボーッと考える。こんなに面倒な事をしている横で、楽しそうに文化祭を過ごす生徒や来校者が居る。
 子連れ客、バカ笑いをする学生、真剣な顔でクラスへ走って行く生徒。

「……守らないとな」

 これが今の自分の居場所、だからこそ全力で守ろう。
 僕は荷物を手提げに移し替え、ビニール袋も突っ込んだ後、後者に行こうとして足が止まる。
 まだ、晴子さんの下駄箱を見ていないから。

「…………」

 ここまで来たら開けるのも怖くない、僕はすぐさま下駄箱の中を開けた。

 中には晴子さんの靴の他に、1通の手紙が入っていた。



 ◇



 文化祭の1日目が終わる。校内放送が過ぎ去って、依然居座ろうとする客を待つ中、私は人に断りを入れて廊下に出た。

 幸矢くんには、悪い事をした。意地悪な言い方をしてしまい、後悔しかない。だけど、北野根くんに頼まれたからと言えば、きっと許してくれるだろう。彼はそこまで融通の利かない男じゃない。

 1人になって、スマートフォンを取り出した。いくつもの通知を全て無視して一目散に幸矢くんへ電話する。

 しかし、1分、2分と待っても電話には出なかった。

(寝てしまったのかな……昨日は遅くまで頑張ってくれてたようだし、今は電話は止めよう)

 迷惑を重ねれば嫌われる、それを避けたいがために、私は携帯をポケットの中に戻し、教室へと戻って行った。

「晴子」

 そこに、私を呼び止める声があった。
 私のことをさん付けしない人間はこの学校に少ない。
 振り返ると、私の尊敬する友人、富士宮競華が立っていた――。



 ◇



 ――スマートフォンが揺れていた。
 誰かから電話があったようだが、今は出れる状況にない。

「おめでとう」

 パチパチと小さく拍手をしながら、北野根は僕の前で笑っていた。
 夕陽のよく見える屋上に立つ彼女の横には、赤と黒の配線が繋がる黒い機械が、その部品を撒き散らしている。

 爆弾は、僕がここに来る前に壊されていた。何故、そんなことはわからない。ただ1つわかるのは、この女は本気で学校を爆破しようとしていたことだ。

「校内の監視カメラの映像、間借りしてたの。貴方が東奔西走する姿、見ててとても愉快だったわ」

 ニコリと少女らしい笑みを見せる北野根。彼女は本当に、自分が楽しむ為にここまでの事をしでかしたのだ。

「……君も、文化祭が楽しめたのか。よかったね……」
「ええ、貴方のおかげよ、幸矢くん。まさか1日で46問の問いに答えてくれるとは思わなかったわ。流石、私が見込んだだけあるわね」
「どうも……」

 彼女から視線を逸らして相槌を打つ。褒められているのに、こんなに嬉しくないなんてね……。
 今回の一件で、僕は本当に彼女を嫌いになりそうだ。苦手な人だとは思っていたけれど、嫌いではない。その境界線にギリギリ留めておいたのに、心が揺らぐ。嫌いな人が増えるのは、あまり良くないのに……。

「……それより、なんで爆弾が破壊されてるのさ? 君が自壊させて、僕が徒労に終わる姿を見たかったの?」
「違うわ。昼間に富士宮競華が来て、壊すだけ壊して帰って行ったの。あの子、厄介だわ。学校の監視カメラで、私がセコセコ手紙を置くところを見てたそうよ? パソコンの腕前はグル級……そして頭が良く、身体能力も高い。幸矢くんは、ポテンシャルの高いお友達を持っているのね」
「……そう、競華が……」

 途中の彼女の話を聞き流し、競華の姿を脳裏に浮かべる。
 彼女は北野根が爆弾を仕掛けるところまで知っていた。なら、今日も監視カメラを見ているわけで、走り回る僕に連絡をくれてもよかったはず。なのに連絡をくれなかったのは、走り回る僕が滑稽だったからだろう。まったく……知人の女子は皆、僕を掌の上で踊らせてくれる。

「この薬品達は、なんなのさ……?」
「わかってるんでしょう? クスクス……王水を作るセットよ。本当なら――ここに来る為に、屋上の鍵を溶かして欲しかったわ。その為にこの高校の屋上の鍵も盗んでいた……なのに、富士宮競華はスペアキーを使って扉を開けた……。あの子、私の二手も三手も上手だわ。スペアキーが無いと思ったら、ずっと前から、彼女が持っていたのね……」

 諦観を持ち、気のない声で想いを連ねる。
 北野根は僕と戦う以前に、競華に負けた。要らぬ横槍を入れられ、台無しにされた悔しさもあるだろう。だが、彼女は僕個人を相手にしたつもりでも、学校を爆破しようとした時点で全校生徒を相手にしたのだ。競華が悪いことなど1つもない。

 さて、もういいか。

 ――ガシャ

 僕はゆっくりと、瓶が割れない程度に今までのプレゼントが入った袋を置いた。そして静かに屋上を去る。
 北野根は僕を止めることはなかった。僕は彼女に、愚かだと説法もせず、ふざけるなと叱責することもない。
 こんな茶番なんて、僕にとってはどうでもいいことだったから。

 カツン、カツンと階段を降りて行く。夕陽が背にあるからか、前に影ができて暗い道だった。

幸矢くん・・・・

 名前を呼ばれ、立ち止まる。ふと気付けば、目の前には晴子さんが立っていた。
 足音は聞こえなかった――影に潜んで、ずっと聞いていたのだろうか?
 そんな詮索をしつつ、彼女は口を開く。

「何をしているのかね?」

 疑うような声で、晴子さんは尋ねてくる。しかし、彼女は右手にVサインを作っていた。
 ああ、競華に聞いたんだな――面白がって、僕をからかいに来たらしい。

「別に……なんでもないさ……」
「またキミはそーやって連れない態度を取る……。私はキミと仲良くしたいのになぁ……」
「あぁ、そう……だから名前で呼んだのか……」
「ッ――あぁ、私は君の名前だって知ってるんだからね! これからはそう呼ばせてもらおうかな!」
「やめなよ、気持ち悪い……」

 一瞬、晴子さんの表情が歪んだ。素で呼んでしまったらしい。しかし、こうしてアフターケアをしたのだから、北野根にバレる事はないだろう。

 こうして僕らの文化祭は、1日目が終わった。

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