-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第3話:根

 朝のHRは滞りなく進み、僕らは晴子さんと男子学級委員に冷たい廊下へ並ばされる。これから体育館で始業式が始まる。式などやらなくてもいいのだが、儀式という形は昔からあるもので、これについては晴子さんがとてもうるさい。

 まぁしかし、僕はここらで1つ、試さなければならない。いつも通りの俳優・・を演じ、晴子さんの机の中を荒らした奴を探るんだ。

 誰もが廊下で並ぶ最中、僕はひとりでに列を乱して歩き出す。1つだけ抜ける穴を、晴子さんは見逃さない。

黒瀬くん・・・・、ちょっと待ちたまえ」
「…………」

 幼馴染の声に僕の足は止まる。
 僕が振り返ると同時に、晴子さんは僕の服の裾を掴んだ。

 上目遣いで僕を見ながら、余った手で彼女は指を一本立てた。これは身内のルールだが、これは"ありがとう"というサインになっている。普通に対話ができない・・・・・・・・・・分はこのサインで補っていた。

「何さ、神代さん?」
「わかっているだろうが、これから始業式だ。キミも参加したまえ」
「……何故?」
「キミが私のクラスメイトだからだ」
「…………」

 うわべだけ塗りたくった、気味の悪い会話だった。晴子さんは正義の味方、僕は悪役、それがこの高校での役割であり、晴子さんをトップに立たせるための誤謬ごびゆう
 僕と彼女は同じクラスとわかった春からこの関係を続けている。

 それはつまり、晴子さんの統率力を磨く訓練なのだ。彼女は今のところ、この国で初の女性総理大臣を目指している。学校1つ思いのままにできないならば、国をまとめるなんてできないと言ったのだ。

 そしてまた、彼女は正しくあり続けなくていけない。晴子さんは人間として立派でも、正しいだけでは人の統率は図れないし、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェでさえも著書でそう語っている。
 晴子さんに信仰する人は多い。彼女という太陽は多くを照らすが、細部まで光は届かず、敵対視する者も現れるだろう。ならば、その敵を排除するにはどうすればいいか?

 誤謬ごびゆう――支えがなければいけない。

 その支えとしての悪役が、僕だった。

 誰だって悪いことはしたくない。それは服従する生き方がラクだから(※2)。古来より人間は"服従"することをよしとしてきた。反抗する者は子供でさえ鞭を打つ、現代の親もそうだろう。駄々をこねる奴を悪としてきた。

 僕はただ1人、駄々をこねる子供を演じる。
 そして他の全てが"正しい言葉を言う晴子さん"に従う。

 そういう仕組みを作り上げた結果、僕は晴子さんに反抗する演技を続けるのだった。

「――――」

 こちらを向いているクラスメイト達に僕は目を向けた。彼等は僕を敵視するか、晴子さんに尊敬の眼差しを向けるか、若しくは何も気にせずスマホを出しているかのいずれかだった。唯一転校生の北野根だけは愉快そうに見ていたが、彼女は別枠だろう。
 誰もが僕と晴子さんの劇に目を向ける。この中に、晴子さんを敵視する目は感じられなかった。

「……聞いているのかね?」

 晴子さんに無理やり顔を彼女へ視線を戻される。
 少し痛かったが、目の前の彼女は拗ねるような顔をしていた。僕はため息まじりに返した。

「……聞く義理がない。始業式まで、時間がないだろ? 早く行ったらどうなのさ?」
「それはキミが列に並んでからだ。今学期からはクラスの和を乱さないで欲しい。キミには体育祭などで散々迷惑を掛けられたからね。これ以上酷くなる場合は更生する」
「更生……? 君は何の権利があってそんなことが言えるの? 僕が間違ったことをしていると、何を持ってそう言えるの?」
「説明している暇はない。さぁ、早く」

 僕達が口論を続けていると、ある女生徒が晴子さんに提言した。

「晴子さん、黒瀬なんてほっとけばいいよ」
「こんな奴に構ってたって、時間の無駄だって」
「晴子さん。もう他のクラスも行ってるし、行こうぜ」

 1人が言うと、波寄せるように他の生徒も言いたい放題言ってくれた。
 その言葉を聞いて、僕はゆっくりと踵を返して無人の廊下を歩んで行った――。

 悪役は人の望まない事をするから悪役。
 でも、実際にやってみると、悪役がする事は本当に悪い事なのか疑わしい面も多々ある。嫌なことばかりじゃ無いから、晴子さんのアジェンダに従っているんだ。僕に益のないことばかりなら、こんな役割はとっくに放棄しているし、そもそも入学当初から「君はいじめられろ」なんて言われて、放棄したくない人間はいないだろう。

 ポツポツと歩いて行く中で携帯が揺れ、誰もいないのを確認してから携帯を手に取った。メッセージアプリのmessenjerから受信が一件、送り主は晴子さんだった。
 待ち受けに表示される通知だけでメッセージは終わっている。

〈神代晴子:お疲れ様〉

「…………」

 返信をするか数秒考え、わざわざ今する必要は無いと諦める。
 僕は再び歩き出し、携帯をポケットに戻した。
 もうそろそろ1階も人が居ないだろうなと踏んで、1階に移る。1階は自販機があるし、昇降口前なら座ることもできるから。 何か飲みながら、散歩をして浮かんだ空想をメモにまとめよう。

 そう思って1階にやってくると、意外な人物と直面する。

「あら、奇遇ね」 

 そう言ってニコリと僕に笑顔を向けたのは、転校生の彼女だった。
 名前は確か――北野根椛きたのねもみじ。少女は缶ジュースを片手に、自販機の前でほのかに立っている。

 この女は、何故始業式に出ないのだろう。ガランと人が居なくなった校内はとても静かで、この少女の存在はより不気味だった。
 そんな僕の心情などいざ知らず、北野根は僕に手招きをする。

「立ち話もなんだし、座りましょう。ねぇ、幸矢ゆきやくん?」
「……名前を覚えられてるとは、光栄だね」
「あら、ちっとも喜んでない顔で言われても嬉しくないわ」
「……表情はなかなか変わらないんだ。許してよ」
「ふーん……」

 北野根はジロリと僕の顔を覗き込む。しかし、どんなに見られても表情は変わらない。こんな事では眉一つ動かない。

 今僕が読んでる本には、笑顔やポジティブシンキングこそ脳のパフォーマンスを引き出すと書いていた。不幸なフリをしていてなんの価値があるだろう、とも考えられる。しかし、まぁ――

 心が壊れた人間には、関係のない事だろう。

「……君も、顔の筋肉の動き、言動、身振り手振りから考えてる事を読めそうだね」
「それを見越して貴方は表情を変えず、手足もまるで動いてないのね。安心なさい? 私は"なんとなく"しかわからないの」
「……そう」

 つまり、なんとなくなら考えてる事を読めるらしい。人が空気を読むのと大差ないのかもしれないが、本当の事を言ってるとも限らない。当たり障りない対応で乗り切ろう。

「……そんな所に立ってないで、座って話しましょ?」
「…………」

 僕は返事も返さず、自販機の前に立ってペットボトルのお茶を購入した。振り返ると、北野根はベンチに座っていた。炭酸飲料の入った缶ジュースは足元に置いている。
 見た感じは普通の女学生なんだろう。しかし、これまでの言動や佇まいは、高校生のそれではなかった。

「ほら、フフッ……」
「…………」

 彼女は自分の隣をポンポンと叩き、座るように催促してくる。ここで逃げるわけにもいかず、僕は彼女が叩いた方と反対側に腰をかけるのだった。

「あらあら、信用ないわねぇ」
「初めて会って30分も経たない人間を、君は信用する?」
「一目惚れしたら、わからないわよ?」
「それ以外は信用しない、って事ね……」

 まどろっこしい言い方だったが、不思議と嫌な気はしない。この女は不気味であるが、それは自然体なのだろう。悪気が無いなら僕も文句はない。

「……それにしても、瑠璃奈といい貴方といい、黒瀬家は根暗しか居ないのね」
「……その反対語、知ってる?」
「根明でしょう? それが何?」
「……。二元論で考えたら、明暗の2つしかない……だったら、人間の半分は暗いんじゃないかな……」
「そうねぇ……確かにそうかもしれないわ」

 僕の言葉を肯定しながら、彼女は天井を見上げた。そこに何かがあるわけではない、彼女の考え事をする仕草なのだろう。
 北野根は顔を空に上げたまま、視線だけ僕に落とした。

「――でもね、幸矢くん。根が腐ってるとも言うのよ。そして、根が明るいと言ってもその光の色は美しい色とは限らないの」

 ニタリと笑い、彼女は立ち上がる。
 妖艶な佇まい、揺れるような優しい歩み。
 これが彼女の作り出す"場"の雰囲気らしい。

「……私はね、根明なの。そして――真っ黒な光を放っている。ウフフフ、これからの学校生活が楽しみね――」

 目を細めて笑う彼女を見て、僕は鳥肌が立つのを感じた。



※1:服従は悪という考え方。服従は自身の思考を停止し、行動も起こさない怠惰の心が生むものであり、品がない。服従の反対である"反抗"は自我と欲求を押さえ込まれていないため、自由である。しかし、性欲や食欲などの三大欲求は怠惰であるため、これは高貴である場合のみ本当の善だと捉えられる。
さらに、幸矢は晴子に服従しているため、自身を悪人だと確立するための言葉でもある。

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