僕は吸血鬼になれない
第8話
吸血鬼の館にやってきたとき、時刻は午後九時を回ったあたりだった。さすがにこの辺りまで来ると人通りが少ない。というかほぼゼロになる。理由は単純明快、館の周りにある鬱蒼と生い茂った森のせいだ。昼間でも日光を遮るため薄暗くなっているというのに、夜になればさらに暗闇になる。人が住んでいないから電信柱も設置されていないし、おかげで今、スマートフォンのカメラ機能を使って明かりを確保しているというわけなのだけれど。
まあ急速充電器がまだ使えるようでよかったよ。ここで急速充電器のバッテリーが使えませんでした、だったら話にならないからね。
鬱蒼と生い茂った森を抜け、洋館が姿を見せてきた。この洋館は古くからある。バロック建築というのかな、よく解らないから取り敢えず知っているワードだけ挙げておくことにしよう。あとで何か言われるかもしれない、って? 何を言い出すかと思えばという話になるかもしれないが、ここに居るのは私だけだ。よって、私の独り言なんて聞いている人はいるわけがない、ってこと。
しいて言うなら、吸血鬼が聞いているってことになるのかもしれないけれどね。
音が聞こえた。
ギイ、と何かを開けるような音。
その『何か』は扉かな。普通に考えればその発想に至るけれど、私は違う。
きっと、それは――棺を開ける音じゃないか、って。
瞬間、私の背後に何かが立っていた。
マントをつけてタキシードを着ている……のかな? 影で何となくそれを感じることが出来る。あ、一応言っておくと館には蝋燭があって火が点いていた。それだけでも何となく『誰かいる』ってことの認識になる。
「あなたは……もしかして、」
――吸血鬼。
ヴァンパイア、ドラキュラ。
人の生き血を吸って生きると言われている、悪魔に分類される存在。
それが今、私の背後に立っている。
動けなかった。振り向けなかった。
生きようという意志はあっても、逃げようという意志はあっても。
そこから実際に動くことが出来なかった。身体が追い付かなかった。
そしてゆっくりと近づいてくる吸血鬼。
ああ、私はこのまま血を吸われるのだろう。
ところで血を吸われた後の人間はどうなるのだろうか?
伝承だと、確か吸血鬼になるんだったか。
まあ、吸血鬼を追い求めていた人間が吸血鬼になる。悪くない話だ。まるで『木乃伊取りが木乃伊になる』を地で行く感じだ。いや、まんまそうなのだけれど。
……おや?
いつまで経ってもやってこない。
どうしてだろう?
私は恐る恐る、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、吸血鬼だった。タキシード姿でマスクを羽織っている。そして犬歯は血を吸いやすくするためか、尖っていてほかの歯より伸びている。
だが、その顔は私も見たことのある人間だった。
「……君は」
そう、彼だった。
マリの兄の、彼だった。
そして私はその姿を見て、すべての合点がうまくはまった。
妹が言っていた『もしかしたら』はほんとにもしかしたら、だったかもしれない。
だが、彼が吸血鬼かあるいはそれに関連する人間だったならば、妹のマリもそうであるはずだ。だから、吸血鬼に関連する場所に行ってしまった可能性がある――そう考えるのは自然だということだ。
そして、私の家を第一に言ったのは、きっと私が吸血鬼について調べていることを家族に話したためだろう。自らの保身のためだったのかもしれない。
「……日向? な、なぜ……ここに?」
「……それはこっちのセリフだ、馬鹿者」
そう言って私は彼をそっと抱きしめた。
それくらいしか、できることがなかった。
かける言葉も無かったからだ。
「どういうことだ」
その声は震えていた。
振り返ると、冨坂が廊下に立っていた。
冨坂は何かの本と懐中時計を持っていた。
「どうして吸血鬼にならないんだ! 理論は間違っていないはず。考えは間違っていないはずだ!」
「うん、そうだろうね。確かに理論は間違っていなかったと思うよ」
すっかりと冷静を取り戻した彼は、一歩冨坂に近づく。
彼の話は続く。
「けれど、君は誤算をした。それは僕の思いだ。僕の感情。僕は、どういう気分で思っているか、知っているかい? 吸血鬼の末裔は吸血鬼の力を持たない、ただの人間だ」
「ああ、そうだ。ただの人間だ! だから、吸血鬼になりたいんだろう!」
冨坂の言葉を聞いて溜息を吐く彼。
「違う、違うんだよ、冨坂。僕は吸血鬼になれない。それはそうだ。力を持たないのだから。一度は吸血鬼になってみるのもアリかと思った。でも、変身……とでも言えばいいのかな? これをして、思ったよ。僕は吸血鬼になれない、ということじゃない」
踵を返し、彼は私のほうを向いて言った。
「僕はもう、吸血鬼にはならない」
そして彼はそのまま私に手を添えて――。
私の唇を奪った。
まあ急速充電器がまだ使えるようでよかったよ。ここで急速充電器のバッテリーが使えませんでした、だったら話にならないからね。
鬱蒼と生い茂った森を抜け、洋館が姿を見せてきた。この洋館は古くからある。バロック建築というのかな、よく解らないから取り敢えず知っているワードだけ挙げておくことにしよう。あとで何か言われるかもしれない、って? 何を言い出すかと思えばという話になるかもしれないが、ここに居るのは私だけだ。よって、私の独り言なんて聞いている人はいるわけがない、ってこと。
しいて言うなら、吸血鬼が聞いているってことになるのかもしれないけれどね。
音が聞こえた。
ギイ、と何かを開けるような音。
その『何か』は扉かな。普通に考えればその発想に至るけれど、私は違う。
きっと、それは――棺を開ける音じゃないか、って。
瞬間、私の背後に何かが立っていた。
マントをつけてタキシードを着ている……のかな? 影で何となくそれを感じることが出来る。あ、一応言っておくと館には蝋燭があって火が点いていた。それだけでも何となく『誰かいる』ってことの認識になる。
「あなたは……もしかして、」
――吸血鬼。
ヴァンパイア、ドラキュラ。
人の生き血を吸って生きると言われている、悪魔に分類される存在。
それが今、私の背後に立っている。
動けなかった。振り向けなかった。
生きようという意志はあっても、逃げようという意志はあっても。
そこから実際に動くことが出来なかった。身体が追い付かなかった。
そしてゆっくりと近づいてくる吸血鬼。
ああ、私はこのまま血を吸われるのだろう。
ところで血を吸われた後の人間はどうなるのだろうか?
伝承だと、確か吸血鬼になるんだったか。
まあ、吸血鬼を追い求めていた人間が吸血鬼になる。悪くない話だ。まるで『木乃伊取りが木乃伊になる』を地で行く感じだ。いや、まんまそうなのだけれど。
……おや?
いつまで経ってもやってこない。
どうしてだろう?
私は恐る恐る、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、吸血鬼だった。タキシード姿でマスクを羽織っている。そして犬歯は血を吸いやすくするためか、尖っていてほかの歯より伸びている。
だが、その顔は私も見たことのある人間だった。
「……君は」
そう、彼だった。
マリの兄の、彼だった。
そして私はその姿を見て、すべての合点がうまくはまった。
妹が言っていた『もしかしたら』はほんとにもしかしたら、だったかもしれない。
だが、彼が吸血鬼かあるいはそれに関連する人間だったならば、妹のマリもそうであるはずだ。だから、吸血鬼に関連する場所に行ってしまった可能性がある――そう考えるのは自然だということだ。
そして、私の家を第一に言ったのは、きっと私が吸血鬼について調べていることを家族に話したためだろう。自らの保身のためだったのかもしれない。
「……日向? な、なぜ……ここに?」
「……それはこっちのセリフだ、馬鹿者」
そう言って私は彼をそっと抱きしめた。
それくらいしか、できることがなかった。
かける言葉も無かったからだ。
「どういうことだ」
その声は震えていた。
振り返ると、冨坂が廊下に立っていた。
冨坂は何かの本と懐中時計を持っていた。
「どうして吸血鬼にならないんだ! 理論は間違っていないはず。考えは間違っていないはずだ!」
「うん、そうだろうね。確かに理論は間違っていなかったと思うよ」
すっかりと冷静を取り戻した彼は、一歩冨坂に近づく。
彼の話は続く。
「けれど、君は誤算をした。それは僕の思いだ。僕の感情。僕は、どういう気分で思っているか、知っているかい? 吸血鬼の末裔は吸血鬼の力を持たない、ただの人間だ」
「ああ、そうだ。ただの人間だ! だから、吸血鬼になりたいんだろう!」
冨坂の言葉を聞いて溜息を吐く彼。
「違う、違うんだよ、冨坂。僕は吸血鬼になれない。それはそうだ。力を持たないのだから。一度は吸血鬼になってみるのもアリかと思った。でも、変身……とでも言えばいいのかな? これをして、思ったよ。僕は吸血鬼になれない、ということじゃない」
踵を返し、彼は私のほうを向いて言った。
「僕はもう、吸血鬼にはならない」
そして彼はそのまま私に手を添えて――。
私の唇を奪った。
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