夏の終わりの甲子園

ノベルバユーザー173744

負けるもんかと頑張るのです

 ちなみに、眠りの質をよくしたい場合は、頭を冷やすこと。
 特に寝苦しい時や、試験前に一時的にしっかり寝て起きたい時には、氷枕で後頭部を冷やすと良い眠りをもたらしてくれる。
 しかし首を冷やすと、体を冷やすので後頭部のみをお勧めする。
 そして、両手や両足の先をストレッチして温めておくと、眠りにつくのが早くなる。
 小さな子供が眠る前にぐずっている時、手を握ると、熱いほど熱を帯びている。
 それと同じである。
 睡眠障害を持つ人間に病院では、薬を処方するだけではなく、なるべく時間を決めて眠るようにすることを勧め、眠れなければベッドを出るようにということが多い。
 睡眠障害の患者さんがそのままダラダラと寝て、時間を潰すと昼夜逆転となってしまい、元に戻すのが時間がかかるため辛くなる。
 そうなる前に、眠れないと思った時には、起きて、布団から出て別のことをしておく。
 昼間眠くなってもタイマーや目覚ましで長時間眠るのをやめさせ、長くても30分位にしておくのがいいのである。



 はるかはそっと様子を伺うと、気持ちよさそうにくぅくぅと眠っている少女。

「あぁ、よかった。こちらも洗濯は終わったし、明日の準備は万全ね。朝ごはんはお味噌汁と、何がいいかしら……彰一しょういちさんもりょうちゃんも和食が良いって言うから、一緒でいいかしら」

と言いながら、寝室に向かい、明日の準備もあり眠ったのだった。



 翌日は、扉の向こうがざわざわしてきたのに気がつき、梨紗りさは目を開けた。
 枕元のスマホに手を伸ばすと、朝の4時過ぎ。
 ぴょこんと飛び起き、わたわたと布団を畳み、ノートと季語辞典、筆記用具とを入れたバッグと氷枕を持って出て行く。

「お、おはようございます……先輩。先輩のお父さん、お帰りなさいませ。先輩のお母さん、氷枕ありがとうございます」
「おはようございます。よく眠れたかな?」

 会った時にはイケメンのおじさまだった彰一は、ネクタイを緩め、メガネ……老眼鏡とは言わない……をかけて新聞をチェックしている気だるげな姿は、色っぽい。
 そして、あくびをしながらテーブルで季語辞典とノートを見比べている遼一りょういちは、

「おはよう、梨紗。眠れたか?」
「は、はい!先輩!昨日、思いついた句をチェックしてください」

 ノートを差し出すと、ワン!と声が響いた。

「ワン?」
「あぁ、昨日は会ってなかったわね。うちの娘ちゃんです。彰一さんの趣味でスタンダードシュナウザーなのよ」
「スタンダードシュナウザー……大きい!それに綺麗!お名前は?」
「マルガレーテよ。マルガレーテいらっしゃい」

 大きな体のシュナウザーはおすわりをして、大きく尻尾を振った。

「わぁぁ……マルガレーテと言うのは、マーガレットのドイツ語読みですよね」
「私と彰一さんの持っていたテディベアの会社の創始者の名前なのよ。マルガレーテ。このお姉ちゃんはお兄ちゃんと勉強よ。また後で。お父さんのところに行きなさい」

 言葉が分かるのか、彰一の横に伏せをして、待っている。

「賢いですね……」
「大きい子だから、特にしつけには注意したわ。でも、元々賢い子だったから楽だったわね」
「父さん。散歩よりも、ご飯食べて寝てろ。今日は俺が連れて行くから」
「頼めるかい?」
「あぁ、マルガレーテ。リード持ってこい」

 バッグに荷物を詰め込み歩き出す。

「あ、私も行きます!」
「行くんなら、それは駄目だろ」

 ハッと見ると、パジャマである。

「梨紗ちゃん。すぐに着替えましょう」

 遼に連れられ、奥に引っ込むと、しばらくしてラフなワンピース姿で現れる。

「それじゃ、行くぞ」

 リードを繋いだマルガレーテと共に、2人は出て行った。

「大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょう。彰一さんは食べて、お風呂に入ったら寝て頂戴?」
「はい、遼」

 昔は楽にできていたことが、最近は辛いと言うか、体が言うことを聞かない。
 歳のせいだと分かっていても、それを否定したくなるのはやはり歳だろうか……。

 ボソッとこぼすと、遼は笑う。

「彰一さんが歳なら、私もそうですよ。私の同年代の人なんて、遼一が生まれた頃、孫を抱いていた子もいるんですよ」
「孫……私はひ孫になるじゃないか……」
「他所は他所。うちはうちですよ。りょうちゃんもいい子に育って」
「そうだね。頂きます」

 テーブルに移り、朝食を口にする。
 新婚当初から、朝食は必ずご飯とお味噌汁、だし巻き卵、焼き魚、お漬物である。
 共に食事をとりながら、

「そろそろ秋刀魚さんまのシーズンですね」
「まだ高いんですよ。もう少し安くなるか、でも、この時期だから大きな秋刀魚を煮るのもいいですね。いいのがあったら買っておきましょう」
「楽しみですね」
「秋は美味しいものが多いですものね。彰一さんとりょうちゃんの好きなものを並べましょう」

遼は笑ったのだった。



 そして、散歩に出た2人は、明るくなっているがまだ日の出には早い不思議な時に、マンションを出て、歩き出す。

「先輩。どこに行くんですか?」
「こっち」

 車の多い大通りを避け、小道に入った遼一は、歩いて行く。
 その後ろを追いながら、

「この辺りって、こんな風になっているんですね……知らなかったです」
「まぁな。俺も父さんに聞いた。父さんは仕事柄俺と会うのも短いし、その上あの歳だからあれこれ言われたんだよ。母親っ子だったしな」
「あの歳?」
「ん?うちの親父、元々結婚願望薄くて、晩婚。俺以外に子供がいないけど、一応年は……」

耳打ちする。

「えっ……見えません!」
「高校の同級生に、俺と変わらない歳の孫がいる」
「わぁぁ……」
「で、ポエマーな母さんも、早婚した同級生には以下同文……」

 散歩をしながら歩く。

「まぁ、俺は親父や母さんのこと何とも思わなかったから、逆に何で言われるのか納得がいかなかった」
「……」
「で、よく小さい頃は幼稚園で大喧嘩。で、親父も母さんも謝ってばかりで、何で謝るんだろう。親父も母さんも俺も悪くないのに……って。で、部活動もそんなに好きじゃなかったし、2人の子供のせいか手先が器用で、何か作るのは楽しかった。女みたいとか言われても、シルバー粘土を使って細工を作ったり、テディベア作るのも楽しかったし、幼稚園に行くよりも、親父の店で親父のお客さんたちと喋っているのが楽しかった。親子二代で来ているじいちゃんは、将棋とか教えてくれたし、俳句を教えてもらったのもそうだ。で、俳句甲子園も知った。俳句甲子園に出る為に、高校も選んだ」

 横断歩道を渡り、上り坂を登ると急な階段がそびえ立つ。
 そこを登り始め、鳥居をくぐると、神社脇の道を歩き、坂を登って行く。
 空もあまり見えず、木々の生い茂る道を黙々と進んで行く。
 息が上がって行くのを堪えつつ、慣れた足取りの遼一に置いていかれないように歩幅を広げるように歩く。
 ふと、立ち止まり、下を見る。
 街が木々の間から見えた。

「……この下が昔は電車から見えてたらしい、大正時代に建てられた重要文化財の洋館があるところ。この左側が、ミュージアム」
「こ、ここですか!」
「こらっ、ここは道以外は急な崖でほぼ手付かず状態。ついでに、この辺りがえぐれているのは、大雨の時に土砂崩れがあって、この真下にあった復元された建物が全壊したんだ。落ちたら、下まで行くぞ?」
「ゴロゴロって早く降りれますか?」
「大怪我するわっ。ほら行くぞ」

 上に促す。
 坂を登って行くと、正面は下に下る道、右は広場……。
 それを迷いもなく右に折れすぐに、緩やかな階段を登り始める。
 石垣を周り、門を潜り、又階段を登る。
 そして、門を潜り階段を登ると、視界が開けた。

 手すりがしっかりついているが、先見た街よりも小さく、そして遠く見える。

「あれ?向こうに山が……でも、えっ!えっ!遠くに、あれ、海ですか?」
「海だぞ。熟田津にきたつだろうと言われている地域だ。あの辺りで花火大会がある。あぁ……確か今日だな」
「見てみたい〜良いなぁ。見たいなぁ……」
「見たいなら、今日の大会で優勝!昨日はどれだけ泣いたんだ。もう、泣いてもしょうがない。敗者復活戦から行くぞ!良いな」
「えーっ!勝ったら、本当に花火大会行けますか?」

 梨紗は問いかける。
 マルガレーテの頭を撫でながら、しかめっ面で答える。

「特等席で見られるところに連れて行ってやる」
「マルガレーテ、先輩が言ってたの聞いといてね?よし!花火大会!」
「その前に、俳句甲子園!あ、後ろ見ろ、後ろ」
「えっ?」
「こっちの方が見えやすいかもしれない。こっち」

 遼一に引っ張られ移動すると、灰色のような空間に、筆で鮮やかな朱色が横一線引かれた。

「……ひ、ので……日の出?」
「今日の日の出時刻、5:34だったから、急いで来たんだ。昨日の太陽と今日は違う。直接見るなよ、目を悪くする。周囲の色とか、一瞬にして変化した何かを俳句の題材にしてみろ。それに反対側も、さっきと変わって見えるだろ?」
「うわぁ!本当です!先輩、知ってたんですか?」
「親父とマルガレーテと毎日登ってるんだ。マルガレーテは軍用犬……元は狩猟犬だから運動量はかなり必要で、普段はここまで登ったら、あの公園まで降りて行って、外周を走るんだ。その間親父はお茶。で、帰って朝食とって学校。マルガレーテ。今日は公園まで連れて行けないから、我慢してくれ」

 言いながら、自動販売機にお金を入れる。

「はい、何か飲め」
「えっと、はい」

 イオン飲料のボタンを押す。
 その横から指が伸び、同じボタンが押される。

「取ってくれるか。お釣り取るから」
「はい」

 2つを取り、マルガレーテのリードを握る遼一に、キャップを緩めて渡す。

「助かる。ありがとう」
「いえ、ここに連れて来てくださってありがとうございます。下から見たら、当たり前にあると思っていましたが、登って解りますね。この街の広さ……思ったよりも広いです。遠くまで見える……」
「だろう?季節も違うともっと変わってくる。この場所の木は桜だから春は桜が満開だ。夏は暑いけれど朝はこの時期になると朝晩が少し冷えてくる。秋は針葉樹と広葉樹の色の違いが鮮やかなんだ。冬は寒いけれど、ここに着くまでの坂道で葉の落ちた枝の間から空を見上げると、違って見える」
「……季節に寄り添っているんですね……」
「それが当たり前だ……この街は『春や昔十五万石の城下哉』……俳句の街だ」



 幾つかメモを書き込んでいた2人だが、ペットボトルをゴミ箱に入れて、来た道を戻って行く。
 行きとは違い、キョロキョロと周囲を見回す梨紗に注意を促し、最後には手を引いて坂を下って行く。
 そうすると、遼一たちと同じようにペットを散歩させに来た人や、数人の人が何組も固まって坂を話しながら登って行く。

「おはようございます」
「おはようございます。早いねぇ」

 登って行く人を見送った梨紗は、

「これから登ってどうするのかな?」
「ん?1人の人が、ラジカセを持ってただろ?天守閣広場で6:30からラジオ体操だ」
「へぇぇ!あの上まで登って!」
「登らない人は、下の公園でだな」
「でも、健康的ですね!あ、『朝日背にラジオ体操天守笑う』」

 忘れないようにとメモに書き込む。

「季語が曖昧。『朝焼けを天守とともに……』うーん。そうか、ラジオ体操が夏の季語だな」
「でしょう?」
「……俺も、作ってやるとも!」

 それからも2人は即興で作った俳句をお互いに論評し合うのだった。

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