異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第145話 「燃え上がる葡萄」

 
「リッカ、そろそろ『それ』……やめてもらっていいかな?
 ナーゲル村に着くよ」

「あ、わかりました」


 魔法陣への魔力供給を止めると、垂れ流しだった水が止まった。
 いつの間にか陽は沈みかけている。


「結局、魔力が尽きることは無かったわね」


『射出』の練習に加え、魔力の限度を知る為に『加速』の文字を使わずに魔法を唱え続けていた。


「パームちゃん、『加速』の文字を覚えなくても良いんじゃないですか?」

「まぁ、魔力を馬鹿みたいに保有していることは分かったわ。
 でも、あくまでも初歩中の初歩の魔法だったから油断できないわね」


 馬車はナーゲル村に到着した。
 村門や井戸、見覚えのある建物が立ち並ぶ。
 あそこが酒場と宿屋で……。
 ご飯、おいしかったなぁ。

 馬車はそのままガラガラと何処までも進んでいく。


「……グレンさん? どこに行くんですか」


 別の入口に出そうになった時、運転席からグレンが顔を覗かせた。


「止まらないんだよねこの馬、やっぱり。
 リッカ、指示出してあげて」

「あーはいはい」


 お馬さんはヘソが曲がってるらしく、言われるまで街道を進み続けるつもりだったらしい。
 馬小屋に馬車を停め、やっと降りることが出来た。
 辺りはもう薄暗い。


「流石にちょっと……寒くなってきましたね。
 今晩、防寒着でも創ろうかなぁ」

「はー、便利でいいわねぇ」


 酒場に入ると、前回訪れた時よりも静かだった。
 空席が目立つ。


「僕は宿を確保してくるから、何か先に食べててくれ」

「はーい、いきましょうパームちゃん」


 適当な席に座り、メニューを見て適当に注文しようとすると、ある料理が目にとまった。


「げ、パームちゃん。『骸獣スカルビーストの照り焼き』ってありますよ」

「うぇ、本当? あれ食べられるんだ……」


 骸獣も注文に加え、料理を待つ。


「そういえばアナタ、料理は『想像』できないの?」

「やってみたことは……ないですねぇ」


 私は『想像』が苦手な方だ。
 シンプルな想像しかできない。
 料理の複雑な味を創ることが出来るとは思えない。
 いやしかし……食べ物を創れるのなら凄い。

 やるだけやってみよう。
 一番印象に残っていてシンプルな食べ物は……。

『殺戮葡萄』だ。


 全体を『想像』しなくて良い。
 一粒だけ創ってみよう。

 赤い薄皮に包まれていて、中にはジューシーな果肉がたっぷり。
 これはとっても甘い? いや、パームに食べてほしいから辛い、とびっきり辛いものにしよう。
 唇を腫らしたパームを見たい!
 うぅ……それにしても辛い記憶がよみがえる。


「ちょっとリッカ、机! 燃えてるわ!」

「え! わわぁあ」


 机の一部から小さな火が上がっていた。
 慌てて叩き消すと、火元に一粒の葡萄があることに気が付いた。


「なんで葡萄から火が出てるのよ」

「さ、さぁ……」


『想像』通り、殺戮葡萄を創ることが出来た。
 火を噴くほど辛いはずだ。


「さぁパームちゃん、食べてください」

「嫌よ。こんな怪しいもの食べるわけないでしょ」

「えーもったいないですよ。
 一粒だけですよ? 貴重品です!」

「いらないったら要らない。
 ……ちょうど良いところに来たわね」

「やぁ、お待たせ。
 料理はまだのようだね」


 グレンが宿を確保したらしく、席についた。
 目の前には葡萄が一粒。


「グレン、前菜よ。おいしかったわ」

「葡萄かい? へぇこの店も洒落たことをするようになったなぁ」


 グレンが葡萄をヒョイっと口の中に放り込んだ。
 次の瞬間、顔が真っ赤になってうめき声をあげる。
 そのままどこかへ走っていってしまった。


「ふぅん、食べなくてよかったわ。
 ところでアレは『想像』通りなの?」

「いやぁはは……それはですね、えへへ」


 これはまた私だけ怒られるやつだなぁ。
 そう思いながら正直に話した。

 グレンは料理が届いてもしばらく戻ってこなかった

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