異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第133話 「馬が合わない」

 
 朝日が昇るのに合わせて、私たちは宿を引き払った。
 申し訳ない程度に人目を気にしながら馬小屋に辿り着く。


「あれだ。あの馬だよ」


 馬小屋のすぐ近くに、屋根付きの車両につながれた馬が一頭いた。
 とても馬一頭では引くことが出来なさそうな車両だが、魔法の補助がかかっているらしい。
 私たち三人が車両に乗っても大丈夫そうだ。


「なにか問題がある馬なんでしたっけ?
 一見平気そうですけど……」


 馬と目が合う。
 クリクリのお目目だ。
 まだ若い馬に見える。


「そうらしいんだよね。
 まぁ、馬術も習ってるから僕にまかせて!
 君たちは中で休んでていいよ」


 グレンの言葉に甘えて車両に乗り込む。
 クッション付きの椅子も付いている為、お尻が痛くなることはなさそうだ。


「グレンさん、ちゃんと馬を扱えますかねぇ」

「さぁ、自信満々の顔だったし平気なんじゃない?」


 パームと共にグレンの様子を窺ってみるが、手綱を握ったまま動かない。


「何してるんですかね」

「一応『進め』の指示を出してるっぽいけどね」


 パームが指をさしながら教えてくれる。
 手綱を緩めれば進むらしいのだが、何度緩めても馬が一歩を踏み出さない。


「グレンさんー?
 馬が言うことを聞かないー?」

「あ、ああ。そうなんだよ。
 困ったな。値段が安かったのはそういうことか」


 車両から降り、馬に近づいてみる。
 ブルブルと顔を震わせながら私のことをみた。
 顔に手を当て、テレパシーを試みる。


「どうして歩いてくれないんですか?」

「さぁ……ご飯食べてないのかな?」

「グレンさんに聞いてないです!
 ちょっと静かにしててください」


 気を取り直してもう一度、馬に語り掛けた。


(お馬さんは足でも痛いんですか?)

(……)


 馬の瞳が私から離れない。
 大きな瞳には、私の顔が反射して映っていた。


(オトコの……)

(男の?)

(オトコの指示は聞かねえ!)


 荒い鼻息が私の顔を包んだ。
 なんという馬だ。


「グレンさん、馬車の中に乗ってください」

「え? いいのかい?」


 グレンが運転席から降り、車両に乗り込んだ。
 私も馬のお尻を叩いてから車両に乗る。


「……どうすんのよ、運転手が居ないじゃない」

「まぁちょっと見ててください」


 車両の窓から馬の方を見る。


(道なりに進んでください)

(……)

(進んでくださいー!)

(……しょうがねえなぁ)


 馬が少しずつ歩き始めた。
 指示通り、道なりに歩いてくれている。


「そうか! 君はテレパシーが出来るんだったね。
 助かったよ。手綱を持たなくても平気そうなのかい?」

「まぁ平気なんじゃないですかね。
 頭は良さそうですし……」


 徐々にスピードも上がり、走る速さ程になった。
 車両にかけられた魔法のおかげか、振動はあまりない。


「どうですか? パームちゃん。
 テレパシー、凄いですね!」


 反応の薄かったパームにわざと質問を投げかけて自慢する。


「私は別にテレパシー出来なくてよかったわ。
 なんかお肉を食べれなくなりそう」


 パームの答えにハッとした。
 いままで考えたことが無かったが、食べる為に釣った魚が助けを乞うたらどうしよう。
 どうしようもない苦悩が頭を占めた。

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