異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第127話 「おわかりいただけただろうか」

 
 硬いベッドにも慣れたものだ。
 僕は小さい頃から本当に贅沢な暮らしをしてきたと思う。
 あの頃はそれが贅沢とも思わず、当たり前だと思っていた。

 母が亡くなり憔悴する父を励ますために、僕はなんとか父の助けになりたいと思っていた。
 自分の背丈ほどの剣を持ち始めたのはその頃だ。
 世界を歩き回ることの出来ない父に代わり、僕が世界中を歩き回り父の役目を果たす。
 二人一組の外交官タッグにより、父だけでは成し遂げられない仕事を多くこなしてきた。

 世界を回る度に、仕事柄一人旅を続ける僕は剣の技術を更に高めていった。
 魔物が蔓延るこの世界で、自分を守る技術は何よりも大切だ。

 そろそろ寝ようと思い、硬いベッドから身体を起こしてランプの明かりを消そうとした。


「おっと」


 視界の端で、立てかけていた剣が倒れそうになっているのを見て慌ててキャッチする。
 しっかりと倒れないようにしたはずなのだが……揺れの影響もあるだろう。
 剣が倒れないように床に置き、今度こそランプの明かりを消した。


 ベッドに寝っ転がり、天井を仰ぐ。
 瞼を閉じているのか開けているのか分からないほど部屋が暗い。
 小さな窓に目をやると、ほんの僅かに月明りが入って来ていた。

 ギシギシと船の軋む音を聞きながら、瞼を下ろした。


 …………
 ……
 どれくらい眠っていただろうか。
 ふとした拍子に目を起こした。
 暗闇に目が慣れたようで、僅かに部屋の様子が見える。

 何事も変化のない部屋を見てから、また瞼を下ろす。
 船の軋む音を聞いていると、先ほどまでとは違う音が混ざっていることに気が付いた。

 ギシッ……ギシッという音に交じって、時々何かを引っ掻くような音が聞こえる。


 カリッ……カリッ……


 軋む音とは違う甲高いこの音は、一度気になると耳から離れない不快な音だった。
 音は部屋の中から聞こえる。
 船の揺れによって置いてある物同士がこすり合っているようだ。

 しょうがなくベッドから立ち上がり、音の元凶をどうにかすることにした。


 カリッ……カリッ……


 耳を澄ましながら暗い部屋をゆっくりと歩く。
 机付近でもないし、クローゼットでもない。


 カリッ……カリッ……


 手を壁に当てながら部屋を歩くと、すぐ近くで似たような音がした。
 慌てて耳を澄ます。


 カリッ……カリッ……


 さっきよりも遠く聞こえる。
 もしかしてと思い、壁に爪を立てて引っ掻いてみた。

 カリッ……

 この音だ。
 さっきから聞こえるこの音は、爪で壁を引っ掻いてる音だ。


 カリッ……カリッ……カリッ……カリッ……


 いや、そんなはずはない。
 この部屋には僕しか居ないからだ。


 カリッ……カリッ……


 あと見ていないところは、部屋の入口付近だ。
 ゆっくりと近づくと、扉から音が出ている気がした。
 だが、扉の周りには何も置いていない。
 誰かが外から引っ掻いている……?


 いつの間にか引っ掻くような音は止んでいたと思う。
 少しだけ動悸が激しくなっているのを感じながら、鉄の扉を撫でドアノブに手をかけた。

 廊下に顔を出し、左右を確認する。
 非常灯に照らされた薄暗い廊下には誰も居ない。
 念のため扉を確認してみるが、廊下から引っ掻いたような跡は無かった。

 ボルトや何かの緩みが音を発していたのかもしれない。
 明日確認してみよう。

 一息ついて扉を閉めた。


 カリカリカリカリカリカリカリカリ


 すぐ目の前の、ベッドの付近の壁から引っ掻きまわす音が聞こえ、心臓が飛び跳ねる。
 暗闇に慣れた眼が、引っ掻く音に合わせて壁が傷付くのを見た。

 悲鳴を押し殺して廊下に飛び出そうとドアノブに手をかけるが、どんなに押しても引いても動かない。

 カリカリカリカリカリカリカリカリ

 音は少しずつ近づいてきている。
 扉に肩でタックルしようとすると、やけに足が重い事に気が付いた。
 慌てて床を見ると、なぜか水が張っている。
 後ろを振り返ると、壁から水が流れ出ていた。

 このままでは溺れ死ぬ。

 壁を引っ掻く音はすぐそばまで迫っていた。
 タックルの構えを時、両手を床につける。

神から与えられし力ユニークスキル
 僕は誰よりも早く、四つん這いで行動することが出来る。
 それに加えて四つん這いの間、僕はほとんど傷つくことが無い。
 この力を使えばどんな壁も粉々にぶち破れる。

 足に力を込め、態勢を低くする。


「あ! 泣きました!?
 はいドッキリ成功―!」


 聞きなれた誰かの声が部屋から聞こえた気がした。
 駆けだした僕の身体は、易々と鉄の扉をぶち破り、ついでに廊下の壁を突き抜けて隣の部屋に転げ込んだ。

 急いで態勢を立て直して僕の開けた穴を覗いてみると、身体をビシャビシャに濡らしたリッカとパームの姿があった。

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