異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第124話 「疑似体験」

 
 やるなと言われればやりたくなるのは当たり前だろう。
『やれ』と言っているようなものだ。

 中に入ったときに使った扉は、航行中は開かないようになっていた。
 甲板への出入り口はこれだけじゃないはずだ。
 緊急用の出入り口があるはず。
 あるとしたら、操縦室付近だろう。

 船の中を歩き回る。
 ライン街へ乗って来た船よりも廊下がとても広い。
 それに、ほとんど揺れを感じない。
 さすが貴族様の船だ。

 操縦室を覗くと、グレンが本を読みながら時折進路をチェックしている。
 ここら辺に目当ての出入り口があるはずだ。
 辺りを見回すと、一つだけ分厚い扉を見つける。
『機械室』と書かれていた。
 ドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていないようだ。

 扉を開けると、エンジンの音が一層大きく聞こえた。
 甲板への扉は……あった。
 鉄の梯子が天井へ伸びている。

 意気揚々と梯子に足をかけた。


「ちょっと何してるのよ」

「ひゃぁ」


 突然、後ろから声を掛けられ驚いて足を滑らす。脛を打った。


「痛った……。
 なんでパームちゃんここに居るんですか!
 入って来ちゃダメですよ!」

「それはこっちのセリフよ。
 私はグレンから熱量の計測を頼まれてるからいいの」


 パームは紙をひらひらと私に見せびらかす。
 これはマズい。


「そんなことよりアナタ、甲板に出ようとしたわね。
 なんで『ダメ』って言われてたことをやろうとするかしらねぇ。
 高速で航行してるんだから、甲板の様子なんて想像つくでしょうに」


 パームが呆れた顔でため息を吐く。
 もちろん甲板の様子は想像つく。
 だからこそだ、だからこそ私は甲板に行きたい。
 なんとかパームを説得しなければ。


「パームちゃん、大嵐の時に一瞬だけ雨の降らない瞬間があることを知っていますか?」

「まぁ知ってるわ。『雨間あまあい』っていうのよね」

「私はその瞬間が大好きです!
 強風だけを身体で受け止めるのが大好きなんですが、なぜだか知ってますか!」

「し、知らないわよ……」


 私の気迫に若干パームが気圧される。
 良い流れだ。
 パームに詰め寄って、トドメの一撃を放った。


「空を飛んでいるようだからです」


 パームがハッとした顔をして、目が泳いだ。
 勝った。


「……ホント?」

「ホントですよパームちゃん。
 私は最近空を飛べてなくて悲しくて悲しくて。
 それで少しでも感覚を味わえる甲板に出ようとしたんですが……ダメですか?」


 パームが顎に手を当てて考える。
 いや、これは考える『フリ』だ。
 私は答えを知っている。


「い、いいわよ甲板に出ても。
 ただし、アナタが吹き飛んでいかないように私も見張りでついていくわ」

「やった!」


 共犯に丸め込むことが出来た。
 これでグレンにこっぴどく怒られる心配もない。

 待ってましたと言わんばかりに梯子に飛びつき、甲板へのハッチに手をかけた。

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