異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

★第122話 「静寂の朝」

 
 誰かに声を掛けられた気がして目を覚ます。
 遂に出発の朝が来た。

 まだ陽が昇っていない為、部屋の中は薄暗い。
 顔をちゃっちゃと洗って寝ぼける頭をたたき起こし、食堂に向かう。

 まだグレンとカイルは来ていない。
 既に朝食の用意された席についてため息を吐いた。


「今日でアインちゃんのご飯も最後かぁ……」

「また帰ってきたらいっぱい作りますよ」

「お願いしますー」


 スープをちびちび飲んでいると、グレンとカイルが食堂に入って来た。


「おはようございますー。先にご飯頂いてます!」

「僕たちはもう食べちゃったよ」

「えー、一番だと思ったのに。
 どうして起こしてくれなかったんですかー!」

「なんども声を掛けたさ。
 『あー』だとか『はいー』だとか返事はするのにいくら待っても起きてこなかった」

「そんな……」

「日の出と共に出航したかったんだけどなぁ……」


 よくよく見てみると、既にグレンは出発の準備ができている。
 荷物を詰め込んだリュックを手にしているし、腰には剣もぶら下げていた。

 慌てて残っているご飯を口に詰め込んで立ち上がる。
 部屋に戻ってバタバタといつもの服に着替えて食堂に戻った。


「わ、私も準備ばっちりですよ」

「リッカ、『いー』ってやってごらん。『いー』って」


 口を横に広げて私を見る。
 なんのことかと思いながら要望通り『いー』をすると、グレンがクスクスと笑い出した。
 腹立たしい。


「リッカ様、歯は磨かれましたか?
 いま一度、鏡をご覧ください」

「しまった!」


 また部屋に戻って鏡の前に立つ。
 はにかんだ私の前歯には、緑色の野菜が挟まっていた。

 忙しく歯磨きをしていると、部屋の扉が叩かれる。


「はぁい! もうちょっと待ってください!」


 お構いなしに扉が開かれると、カイルの姿があった。
 グレンが急かしに来たのだと思っていたから、少し拍子抜ける。


「少しいいですか?」

「わ、あ、ははいどうぞ」

「まだ髪は結わいてないようですね。間に合ってよかった」


 カイルの手には白金のシュシュがあった。


「妻が遺したものです。押しつけがましいですが、良かったら使ってほしい」

「良いんですか? そんな大切な物を私なんかに……」

「大切です。だから帰って来た時に返してください。
 お守りとでも思ってほしい」


 白金のシュシュは小さく煌めいていた。
 手のひらサイズの物に込められた想いを感じ、少しだけ胸が詰まった。


「わかりました。必ずお返しします」


 カイルからシュシュを受け取り、長い髪を結わいてポニーテールを作った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「お待たせしました!」


 玄関で待つグレンと合流する。
『いー』もしてみせ、完璧な状態であることを示した。

 扉を開くと、朝の冷たい風が吹き込んできた。


「それじゃあ父上、行ってきます。
 アインも屋敷を頼むよ」

「気を付けて行ってくれ。無理はしないように」


 カイルが頷きながら答えた。
 このやりとりに慣れたものを感じた。
 彼らは何度この別れを繰り返したのだろうか。

 カイルの視線が私に向かう。


「リッカさん、息子のことを頼みました」

「任せてください!
 次に帰ってくるまでには寝相を良くさせておきます!」

「それは頼もしいですね。
 リッカさんもお体に気を付けて」


 カイルの後ろからアインが顔を覗かせる。


「リッカ様、また一緒にご飯食べに行きましょうね」

「それはちょっと……」

「約束ですよ!」

「はぁい……」


 とんでもない約束を無理やり結ばされる。

 でもまぁいっか。
 またここに帰ってこれる『理由』になる。
 永遠の別れではないのだ。


「それじゃ、行こうか」

「はい」


 グレンと共に、港へ向かって歩き始めた。
 後ろは振り返らない。
 また、会えるんだから。

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