異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第107話 「ゲッてもの」

 
 アインと共に向かったのは、ライン街の一週目通り。
 港に降りてから最初に来る通りで、所謂この街の『顔』でもある。
 華やかで奇抜なデザインのお店がいっぱいあるわけで……。
 けれど、アインに連れられて来たのは古ぼけた木造の建物だった。
『胃殺し』という物騒な看板を掲げている。一応料理屋さんらしい。


「このお店も変わったデザインですね……?」

「ただ古いだけです。
 扉、閉まり辛いので気を付けてくださいね


 中に入ると、四角い木の机が8つ。
 その内の一つ、ガタガタの椅子に腰かける。
 私たち以外に客はいない。


「少し待っててくださいね」


 アインが厨房と思わしきところに入っていった。

 改めて店内を見回してみる。
『古い』と言っていたが、『経営していない』というほうが合ってそうだ。
 窓は砂埃で外の光を通さず、床には汚れが溜まっていた。

 厨房の奥では、アインと誰かの話し声が聞こえた。
 耳を傾けてみると、料理を注文しているようだ。
 しばらくすると、アインが戻って来て向かい側に座る。


「えーっと……。
 このお店は営業してないんですか?」

「一応、月に一度の営業日です。
 知る人がほとんどいない為、こんな感じですね」


 アインが隣の机をなぞり、指についた埃を見て顔をしかめた。


「こんな店ではありますが、参考になるところがたくさんあります」

「私、お家は綺麗な方が良いと思うけど……」

「環境の話ではなく、これから出てくる料理のことです」


 やはりアインの『研究』というのは料理関係らしい。
 こんな環境に目を瞑ってでも参考にする料理とは……?

 厨房から太ったおじさんが出てきた。
 オドオドした様子で一品目を私とアインの前に並べた。
 皿の上には、小さな紫色の肉が二切れ。
 太ったおじさんは、サッと紙を机の上に置くと厨房に下がってしまった。
 紙には『ポケラトードの肉』と書かれている。


「……これ食用じゃないですよね。観賞用ですか?」

「リッカ様、とりあえず食べてください」

「絶対食べちゃダメな色してますよ」


 テーブルに備え付けられていたフォークを手にして、肉を突っついてみる。
 僅かに肉が脈打っているような気がした。


「コツは一気に二枚食べる事です」


 そういうと、アインは二枚の肉を突き刺して口に運んだ。

 ええい、ままよ。見た目が悪いだけで実は美味しいパターンだ!

 私もフォークで二枚の肉を口に押し込んだ。


「ぐえっ」


 口に入れた瞬間、何とも言えない生臭さが口中に広がった。
 舌触りは思っていたよりもツルツルしていて、生臭さと合わさって最悪だ。
 味は舌が肉と接触しないように必死に避けている為、もう訳がわからない。
 思わず吐き出しそうになるが、口を押えて耐えた。

 ふとアインに目をやると、同じように苦しんでいた。
 一体なぜ、こんなものを食べさせられているのか。

 前歯で慎重に肉を噛み切り、侵入を拒絶する食道にゆっくりと流し込んだ。


「こ、こんなの食えたもんじゃないですよぉ」

「本番はまだまだ、これからです……!」


 一体これの何が『研究』なのだろうか。
 既に帰りたいのに、食べる気満々のアインを見て涙が出てきた。

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