異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第103話 「ひとてまヤミー」

 
 アインの料理はもう凄まじく美味しかった。
 野宿しながら食べるご飯も風情を感じて良いと思っていたが、もうそんなことは思っていられない。

 前菜から順を追って、完璧なタイミングで運ばれてくる料理。
 ただ腹を満たす為ではなく、目で見て鼻で感じて舌で味わう。
 まさに至福のひと時、天国だった。


「アインちゃんコックさんみたい!」

「まぁコックですからね」

「アインちゃんは毎日一人で料理を作っているからね。
 ウチの自慢のメイドさんだよ」


 カイルが口をふきながら自慢してくる。


「一人で作ってるんですか?大変そうです」

「いつもはカイル様だけなので、そう大変ではありません。
 むしろ料理以外に仕事が少なすぎて暇を持て余してるくらいです」


 アインが持ってきた瓶とグラスを3つ置く。


「リッカ様はお酒を飲めますか?
 食後酒に『ニーカ』などをご用意しています」

「苦いお酒は苦手ですけど、甘いお酒なら飲めます」

「それでは作ってきますので、少々お待ちください」


 アインが二つのグラスに茶色の液体を注いでグレンとカイルの前に置く。
 あれが『ニーカ』だろうか?
 どこかで嗅いだことのある匂いが『ニーカ』からする。

 アインは『ニーカ』の入った瓶を持って裏に戻っていった。


「そういえば父上。
 リッカはとてもお酒に強いんですよ」

「ほぉ。それはおもしろいな。
 それは種族の特性なのか個人の体質なのか……。
 『ニーカ』も飲めるのでは?」

「飲んでみるかい?」


 グレンがグラスを手渡してくる。
 むわっと『ニーカ』の香りが強まる。


「じゃあ、一口だけ……」


 くいっと口に含んでみた。
 その瞬間になんとも言えない刺激が口いっぱいに広がる。辛い!
 慌てて飲み込もうとしたが、『ニーカ』の香りでむせ返ってしまった。
 喉が焼けて鼻水が出てくる。


「辛い、つらいです……。
 これはもしかしてナチの実のお酒ですか……?」


 やっとこの香りを思い出した。
 バルロックの森に入る前に食事をした時、肉にナチの実をペーストして食べたのだ。
 味は酸っぱかったが、香りがとても似ている。


「よくわかったね。
 けど、これは『実』じゃない。
 お酒をナチの木で作った樽に入れて香りを付けたものなんだ」

「うへー、じゃあこれ木の味ですか?飲めない!」


 まだ喉がヒリヒリとする。
 お酒の奥深さは分かったが、楽しめるかどうかは別だ。
 苦いお酒はもう勘弁願いたい。


「お待たせしました、リッカ様」


 アインが裏から戻って来てグラスを置く。
 さっき口にしたばかりの『ニーカ』だ。


「アインちゃんー、私これ飲めないよぅ」

「少し手を加えてみたのですが……」


 よく見てみると、グラスのフチが僅かに曇っている。
 ……温められている?

 香りを嗅いでみると、僅かに甘い香りがする。
 少し熱いグラスを持ち、火傷をしないように飲んでみた。

 ……おいしい。
 まろやかな甘さと香りが加わった事により、辛さがマイルドになっている。
 心地良い熱さが胃まで届くのを感じる。


「お気に召しましたか?」

「お気に召しました。
 これは……蜂蜜を加えたんですか?」

「その通りです。
 蜂蜜とレモンを加えました」


 なるほど。
 お酒はそれで一つの完成形だと思っていたが、そこに何かを加えることで更に美味しくなることがあるらしい。

 また一つ利口になってしまった。


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