異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

番外編2-2 「紅黒の戦い」

 
 離れていても、拳が風を切る音が聞こえる。
 黒の女神候補生、ネイリスは拳を主体とした戦い方だ。
 次々とエリカに打撃を加えていく。

 珍しくエリカは後手に回っている。
 ネイリスの攻撃を受け流すことなく、ひたすら防御に徹していた。
 時折入るローキックが唯一の攻撃だが、『組み手』が苦手な私でもわかる。
 あの蹴りでは相手に僅かしかダメージを与えられないだろう。


「さっきの奴らみたいにはいかんよ!
 ウチは強いんだから!」

「うるせー! 黙って殴ってろ!」


 ネイリスの放ったストレートが、エリカの腕の防御を割り込み、初めて顔に届いた。


「ぐぅ……!」


 苦しそうにうめき声を上げたが、エリカは一歩もそこを動かなかった。
 追撃しようとするネイリスを押しのけ、もう一度ローキックを加える。


「ちっ……」


 ネイリスがウザそうにエリカから距離を取った。

 私から見るに、パフォーマンスを大切にするエリカは、ハイキックなどの大技をフィニッシュに決める傾向がある。
 あのローキックはそれの布石だ。
 意識を下に向けさせ、ガードが薄くなったところにトドメを決めるはずだ。


「『肉を切らせて骨を断つ』って言葉知ってる?」

「さぁ、知らねえな。
 アタシ、馬鹿だから」


 ネイリスの踏み込みに合わせて、エリカのローキックが放たれる。
 その蹴りがネイリスの脚にヒットするのと同時に、エリカの顔に拳がめり込んでいた。


「『ウチの脚はくれてやる』って意味なんよ!
 下に意識を向けすぎて防御が薄くなったわね」


 初めてエリカが一歩後退した。
 ネイリスの追撃に警戒しながら、もう一度ローキックを放つ。


「鬱陶しい!」


 ネイリスは同じようにエリカの蹴りを受けながら、打撃を加える。
 今度は一発だけで止まらない。
 拳のラッシュだ。オラオラだ。

 ネイリスはこの攻撃で終えるつもりだろう。
 息もつかない勢いでエリカの顔や身体に次々と拳を叩きこんだ。
 既にエリカの防御が追い付いていない。

 これはマズい流れだ。
 防御することはできないと悟ったエリカが、大きく後ろへ飛び退いた。


「逃がさないんよ!」


 すかさずネイリスが素早く踏み込みながら拳を振り上げた。

 エリカちゃんが負ける!

 そう思ったとき、ネイリスの態勢が急に崩れた。
 驚くネイリスの顎に、いつの間にか踏み込んできたエリカの掌底が打ち上げられた。

 浮き上がったネイリスの身体が背中からリングに叩きつけられる。
 だが、気絶はしていないようだ。すぐに立ち上がろうとする。


「『肉を切らせて脚をくれてやる』だっけ?
 遠慮なく貰ったぜ、『脚』」


 ネイリスは片膝をついたまま動かないと思ったら、動けないんだ。
 立とうと力を入れた脚が、ガクガクと震えている。


「アタシの勝ちだな」

「何を……!
 ウチはまだ戦え……!」


 フラフラになりながらなんとか立ち上がったネイリスを、教師であるリール先生が制止した。


「やめとけやめとけ。
 今見苦しい所を見せたら後が大変だと思うなー?」


 先生がちらっと体育館の入口に体育館の入口に目をやる。
 釣られて私も見てみたが誰か居るようには見えない。


「わかり……ました……」

「エリカ、保健室に連れてってあげて」


 悔しそうに俯くネイリスを、エリカが立たせた。


「まぁ次があるさ。またやろうぜ」

「次は……ない。けれど、次は……ウチが勝つ!」


 ネイリスはエリカの支えを振り切って、一人で保健室に向かってしまった。


「……リール先生、ネイリスって初めて見たんだけど前から居たっけ?」

「まぁ、お前くらいには教えていいか。絶対に誰にも言うなよ」


 リール先生がエリカの耳元で囁いた。
 私は、悪いと思いつつも意識を集中させ、その囁きを盗み聞いた。


「ネイリスは優秀な天使から抜擢された『特別候補生』だ。
 近々、新しい課が増えるらしい」

「えー!なんでアタシが抜擢されないんだよ!
 アタシのほうが強かったぜ!」

「お前は……優しいからな。
 もういい、忘れろ」


 そういうと、なぜかリール先生はリングの中央で構えた。


「えっ? 先生何やってんの?」

「今日は特別だ。まだ時間が余ってるから相手してやる」

「いや!いい!やらない!ギブギブギブ……」


 珍しく後手に回る暇もなく、エリカは一撃でノックアウトされた。

 その後、ネイリスの姿は『天界』では見ていない。

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