異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第95話 「儚い夢の如く」

 
 監視課を訪れ、カナエの部屋に向かっているとやけに煙たい。
 発生源はカナエの部屋だった。
 黒い煙が扉の隙間から溢れている。
 マスクとゴーグルを『想像』し、扉を開けた。


「……なにやってるのですか」

「オー! いいトコに来たネ!」


 カナエが大きな鍋を部屋の真ん中で火にかけている。
 鍋の中にはどす黒いドロドロがあった。


「イヤー、研究課の奴に背が伸びる料理を教えてもらったんダ。
 味見してみてくれヨ」


 カナエが皿にドロドロを注いで渡してくる。
 プスプス気泡を出しながら、甘ったるい匂いを放っている。


「……これ何が入って……。
 いや、やっぱ要らないのです」

「テンシは臆病だナ。
 背が伸びるんだゾー!」


 カナエがスプーンでドロドロを掬い、口に入れる。


「ゲェー!」


 顔が真っ青になり、口を押える。
 水を渡そうと思ったが、何とか飲み込んだようだ。


「一瞬オエッてなるけど意外と食べれるネ!」


 カナエは一口含む度に顔が青くなるが、順調に食べ進めていった。
 ……まだ鍋いっぱいあるが。


「それで、今日はどんな厄介ごとを持ってきたノ?」

「……なんかその言われ方は不本意なのです」

「じゃあ普通に遊びに来いヨ!」

「……検討しておくのです。
 今日来たのは、欠勤した女神が居なかったからなのです」

「良かったネ」


 何故『良かった』のか意味が分からなかったが、語弊があったことに気が付く。


「……違うのです。
 欠勤した女神の存在が無くなってたのです。エリカのように」


 ヘンリエッタのほかに、思い出せる限り全員のデータを確認したが、どれも存在しなかった。
 カナエが鍋を片付け、ベッドに腰かける。


「まぁ気づくよネ」

「……どういうことなのですか」


 カナエはすでに何かを知っているようだ。
 ボクもソファーに腰かけてゴーグルとマスクを外す。
 隣に座っていたぬいぐるみを抱き寄せると、甘ったるい匂いが染みついていた。


「実はここ最近、女神の……いや天界の住人の数が減っているんだよネ」

「……『行方不明』の間違いではないのですか」

「『行方不明』の証拠がないんだヨ。
 消えた人のデータもなくなっちゃうんだから、結果的に人口が減ったとしか言えないだよネ」


 まるっきり、エリカの時と一緒だ。
 けれど、今回はその時とはワケが違う。
 一人の女神の消失ではなく、下手したら数百人という規模だろう。


「……原因は?」

「もちろん分かってないヨ。
 というより、たぶん『分からない』ってことにされてるんじゃないかナ」

「……誰か情報を操作してるってことなのですか」

「ソウソウ。
 肝心な部分がいつも隠されてるっていうか……情報に辿り着けないんだよネ。
 表面の情報だけをつかまされて、深い所が分からない感ジ!」


 カナエが手をわしゃわしゃと動かす。
 もどかしい気持ちの表れだろう。


「……どんな情報について調べたのですか」

「えっとネ、ややこしいことを省くと、人口減少の原因は増加の原因が無くなったからだよネ。
 だからミーは、人口増加の方法を調べたんだヨ。
 テンシ、天界の人口はどうやったら増えると思ウ?」

「……普通に考えたら、結婚して子供を産むことなのです」

「そうだよネ。
 じゃあさ、産むところは見たことはあるカイ?」

「……それはさすがに無いのです」

「産みそうな人は? 赤ちゃんは? 見たことあるカイ?」

「……見たことはないのです。
 病院にでもいけば見れるのではないのですか」


 一目で『妊婦さん』だとわかるような人は、自宅で待機しないだろう。
 いつ産まれても良いように、病院に居るのべきではないだろうか・


「テンシ」

「……なんなのです」

「『病院』ってナニ?」

「はぁ……何を言っているのですか。
 風邪をひいたり、病気になったりしたら行くところで……」


 説明を始めて自分がおかしなことを言っていることに気が付いた。
 ボクたち天界の住人は、成長することがない。
 別の言い方をすれば、『変化』がないのだ。
 つまりボクたちはそもそも、風邪にも病気になったりもしない。
『病院』は何のために存在する?
 そもそも、天界に病院は……無い。


「『病院』の説明は間違っていないヨ。ミーも知ってた。
 けれど、ミーたちはどこで天界に無い『病院』について知ったノ?」

「……それは図書館ではないのですか。
 最近になって異世界の本が入って来たからなのです」

「そんなに新しい知識?」


 いや、違う。
 ずっと前から知っていた。
 それはなぜか?
 『常識』だからだ。


「同じように、『出産』の知識はあるけど実際に見たことはないんだよネ。
 ミー達は妊婦が赤ちゃんを産むのを当たり前だと思ってル。
 ミーはその『常識』について、誰も疑問に思わないようなことを調べたら……。
 何も分からなかった。
 『常識』は確かにミーたちの『知識』として存在しているけど、これは『誰の常識』?
 少なくとも、ミーたちの常識ではないネ」

「……病院は無いのです。
 赤ちゃんは産まれないのです。
 ……じゃあボクは、お母さんから産まれてないのですか」


 不意にそのことを考えてしまった。
 気が付いた時から居た家族。お父さんとお母さん。
 ボクがお母さんから産まれていないとしたら、一体ボクはどこから産まれたのか。
 そもそも本当に『産まれた』のだろうか。

 一つの可能性が頭をよぎる。
 エリカの家で見た精巧な机。
 自然に朽ち果て、まるで本物の木の様だった。

 『想像』で人を創れるのか?
 ひょっとしてボクは、誰かの『想像』なのか?

 いつの間にかカナエが隣に座って手を握っていた。


「テンシ、可能性だけで物事を考えるのは良くないヨ。
 だから……今は何も考えない方が良いと思ウ」


 カナエの手は、僅かに震えていた。
 彼女は一人でこの事態に気が付いたのだろう。
 ボクよりもずっと孤独で、不安になったかもしれない。


「……オカシイのは『天界』のほうだったのです」



 彼女はこのことを『システム』と呼んでいただろうか。
 エリカが消えたのも、天界の人口減少も、ありもしない『常識』を埋め込まれているのも
 全部天界の『システム』のせいだろう。


「……カナエ、もう十分なのです。
 いろいろと厄介ごとを持ちこんで申し訳なかったのです。
 あとはボク一人で調査してみるのです」

「……そんなこと言ったって、テンシ、調べる手段ないダロ」


 カナエの話曰く、上層部はこの原因を、『システム』を知っているだろう。
 だが、直接聞いても答えは得られないと思う。
 だからボクは、この天界を利用してその答えを得ようと思う。


「……表彰の褒美で天界のすべてを聞き出すのです」

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