異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第84話 「絵に描いた高身長」

 

「きゃはは! 浮いてる浮いてる~!」


 緑の淡い光に包まれて、一人の少女の身体が宙へ浮く。


「……お父さん、お母さんの言うことをしっかり聞くのですよ」

「はーい! ありがとう天使さん!」

「天使じゃないって何度言ったら……」


 言い返そうと思った言葉が喉元で止まる。
 もう、少女の姿はそこにはなかったからだ。

 座る主の居なくなった小さな椅子を見ながらため息を吐く。
 子供の相手はやはり苦手だ。
 はしゃぎまわるし、こちらの言うことをなかなか理解してくれない。
 何よりも見ていて辛いのは、自分が死んだことに気が付いていないということだ。
 ボクはいつも、どこまで話すべきなのか悩む。
 結局、子供たちはいつも親や友人に会えるという幻想を抱いたまま転生していってしまう。
 それがまた残酷で、悲しくて……。
 けど、『もう会えない』という真実を突き付ける勇気もボクにはない。

 椅子に座り込み、魔力の回復を待つ。
 もう一回転生させたくらいで終えようと考えていると、不意に仕事場の扉が開かれた。


「オーホー。
 こうなっているのカ!」

「……馬鹿ナエ、仕事中だったらどうするんですか」

「ちゃんと確認したサ!
 テンシ、遅いんだヨ!」


 カナエが廊下から顔を覗かせながら叫ぶ。
 疑問に思いながら、空間の魔力量を確認してみると、確かに約束の時間を過ぎていた。
 少女の対応に、思った以上に時間がかかっていたらしい。


「……申し訳ないのです」

「まぁいいサ。
 ミー達の仕事に比べて大変そうだからね」


 監視課の力でも使って、中を覗いていたんだろう。
 あの光景を見られていたんだと考えると……なんとも恥ずかしい。


「……ほら、早く食堂に行くのですよ。
 頼んでおいたミルクがなくなってしまうかもしれないのです」

「ヤベェ、他の奴らには絶対に渡さないヨ!」


 カナエが慌てた様子ですっ飛んでいく。
 ……そもそも、利用者の少ない食堂で品切れになることはない。
 ボクはゆっくりと食堂へ向けて飛んだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 食堂にたどり着くと、先に着いていたカナエが椅子に座っており
 机には大量のミルクが置かれていた。
 机の上には、ミルクの他に白い物体が置かれていた。


「……この白いのはなんなのですか?」

「遅かったナ。
 『グーヨー』っていうらしいこの白いヤツ。
 ミルクで作ったらしいヨ」


 カナエもボクと同じように怪しい目で白い物体を見ていた。


「なんでもミルクを腐らせて作るらしいネ。うぇー」


『発酵食品』というやつだろう。
 聞いたことはあるが、食べたことは無いし、食欲も出ない。
 液体だったものが個体になるという点が非常に不気味だ。


「……ほらカナエ、ミルクで作られているのなら背がおっきくなるはずなのですよ」

「テンシ、ミーにそれ言えば何でもすると思ってるっショ」


 そういいつつ、スプーンを手に取り『グーヨー』をすくった。
 鼻に近づけて匂いを嗅ぐと、何とも言えない顔をする。


「酸っぱい匂いがするヨ!
 マズそうだと思うと、全部が受け付けなくなるネ」


 そういいながら、口に含んだ。
『背が大きくなる』というのには抗えないらしい。

 渋い顔としながら、『グーヨー』をカチカチと音を立てて咀嚼している。


「……どうなのですか?」

「ミー、好きくなイ」


 変わらず渋い顔のまま、スプーンを渡された。
 もう食べないらしい。

 ボクもひと思いに食べてみた。
 本当にミルクで作ったのかというくらい、ミルクの味がしない。酸っぱい!
 渋い顔になるのもうなずける。
 餓死寸前にならないと食べようとは思えない味だ。


「ホレ、テンシ。背がおっきくなるゾ!」


 カナエが目の前で手をパチパチと叩いて煽る。
 ……カナエには負けたくない。
 なるべく味わないように『グーヨー』を流し込む。


「ヒューやるネー!」

「……ふん、ボクの背がおっきくなっても文句言わないでほしいのです」

「べ、別にそんなに影響はないと思うゾ!」

「……こういう時に限って決定的な違いが出るのですよ」


 カナエの表情が固まる。
 まぁ、はったりである。
 残念ながら、ボクたち女神が成長することはないはず。


「ぐ、ぐ……お姉サン!『グーヨー』もう一皿!」


 カナエはボクと並ぼうと思っているらしい。
 残念ながら、そうはさせない。


「……お姉さん、こっちにももう一皿頼むのです」

「なっ!? テンシ! ズルいゾ!」


 カナエが抗議の声を上げるが、お構いなしだ。
 絶対にカナエには負けない。

 結局、カナエは一皿でギブアップ。
 ボクは悠々と三皿目を積み重ねた。

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