異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第63話 「隠し味」

 
「へいへーい!
 ミルクぷりーず!」

「す、すみません。今日はミルク置いてないんです。
 『ナルデログラタン』しか提供できないんです」

「なんでなんでなんでなんでミルクミルクミルクミルク!」


 食堂で働く女神が、困った目でボクを見てくる。
 カナエが「一緒に行きたいヨ!」とかいうので、連れてきた結果がこれだ。


「……カナエ、見っともないのですよ。
 我慢するのです」

「キィーエー!」


 カナエが奇声を上げて机に突っ伏してそのまま動かなくなった。
 女神が安心した様子で小さくため息を吐いた。


「……グラタンを一つ頼むのです」


 承諾の返答をし、女神が食堂の奥へと消える。
 相変わらずカナエは突っ伏したまま動かない。

 監視課を訪れ、そこでカナエから『エリカ』という女神が存在していなかったことを知らされた。
 正直、混乱するしかなかった。
 実際に目にし、話し、頭を引っ叩いたこともあるのに『存在しない』などと言われても納得できるわけがない。

 もう一つ奇妙なのが、エリカの家族まで消えている点だ。
 そうなると、エリカ含め3人姉弟、両親を加えて5人も消えてしまったということにある。
 同じく、監視課から見れば『存在しない』らしい。

 つまりだ。
 彼女が存在したという『証拠』が一切残っていない。
 ただ、『記憶』に存在するだけ。

 良い匂いに気づき、現実に意識が戻る。
 いつの間にか、机の上には『ナルデログラタン』が置かれていた。

 スプーンを取り出し、一口食べる。
 美味しい。
 案外甘みのあるグラタンだ。
 口の中に残る風味は知ってるような気がするが……なんだったかな?


「美味しそうだナ」


 カナエが顔を上げて、ボクの食べる様子を見ていた。
 スプーンで一口すくって、食べさせてやる。


「ウーン、ウンウン、ハハァン?」


 なにやら難しい顔で咀嚼をしている。
 もう一口とねだるので、与えてやる。


「やっぱミルクの味がするヨ!
 あの女神嘘ついたナ!堕天ゾ!」


 あーなるほど。この風味はミルクか。

 カナエが食堂の奥へ突撃する。
 もうボクの手には負えない。

 遠くから悲鳴や叫び声が聞こえる中、チャカチャカとグラタンを食べてしまう。
 しばらく食堂には来れないなぁ。

 グラタンを食べ終えた頃に、カナエがほくほく顔で戻って来た。


「あの女神『これはミルクじゃないヨ、カールワイトだヨ』とか言ってたケド、飲んでみたらやっぱりミルクだったヨ!
 いっぱいもらってきタ」


 果たして本当に『貰ってきた』のだろうか。
 スプーンをしまい、席を立つ。


「あれ? もう行くのカ?
 じゃあ、また今度でいっか」

「……なにがです」

「例の女神について、いろいろと考察を重ねたんだよネ~」


 今日一緒付いてきた理由はそれか。
 最初に言ってほしかった。

 カナエはまだ食堂に居座るつもりらしいが
 連れが騒ぎ散らした場所に長く滞在できるほど、ボクの肝は据わっていない。
 図書館へ移動……はダメだ。
 カナエがそこに居るだけで、図書館という概念が崩れそうだ。

 それなら……。
 連れていきたくないが、『あそこ』しかないだろう。
 変に共鳴するから一緒にしたくないんだよなぁ。


「……カナエ、場所を変えるのですよ」

「ワォ!グラタン頼んだのに!ミーの!」


 喚くカナエを引っ張って食堂を後にした。

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