異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第60話 「極稀に偶々の機転」

 
 業火がはじけ飛び、壁が崩落する。
 だが、不思議と熱風を感じない。
 炎が私たちから逸れているんだ。
 それどころか、崩れ落ちる屋根さえも避けて落ちる。


「さっき説明の為に陣紙じんしを取り出しておいてよかったよ。
 結界の魔法を唱えた。短い間だが、絶対に安全だ」


 グレンの足元には燃え尽きた紙切れと小さな魔法陣があった。
 よく見ると、薄いオレンジ色の丸い壁が私たちの周りを囲んでいる。

 船からは絶えず業火が飛び、結界にぶつかる。
 その度に、結界が揺らぎ、空気が振動する。
 その間にも、グレンはせかせかと身支度をする。

「早く!早く逃げましょうよ!」

「ちょっと待ってくれ……
 鎧を着る時間がないから、君の便利な魔法で持っててくれ!
 ……よしできた!」


 グレンの鎧を魔法庫に入れる。
 既に周りの壁や屋根は業火で吹き飛び、満点の星空が見えた。
 業火が飛んでくるタイミングを見計らって、結界の外に飛び出そうとして顔をぶつけた。


「リッカ!結界の効果が切れないと外に出れないんだ!」

「先に言ってください!いつ効果が切れるんですか!?」

「分からない!初めて使ったんだこの魔法!」


 なんと。
 逃げることが出来ない。

 グレンが結界を蹴ったり斬りつけたりしているが、ビクともしない。
 魔法の攻撃に耐えただけはある。
 その間にも絶えず業火を浴びせ続けられ……?


「グレンさんちょっとストップストップ!」


 いつの間にか魔法の攻撃が止んでいた。
 グレンもそのことに気が付いたようで、剣を下ろす。


「魔力切れか……?」


 私は、魔法が飛んできていたところをジッと見た。
 暗い海、小さな船の上に黒いローブを着た魔法使いの姿が見える。
 どうやら、また魔法陣を描いているらしい。


「魔力切れじゃないみたいです。
 また魔法陣を描いてます!」

「別の魔法を放ってくるつもりだ!」


 魔法陣を描き終えたらしい。
 薄く輝きはじめると、魔法使いの身体がふわふわと宙に浮かびはじめた。。


「わぁ、空飛んでますよー!」


 ふわふわと浮いただけで、その場から動いていない。
 魔法使いは、宙でまた魔法陣を描き始めた。


「また魔法陣を描いてます!」

「……なんだ? 魔法陣の大きさは?」

「うーん、私の身長と同じくらいの大きさです」


 魔法陣を描き終えたらしい。
 また薄く輝き始めた。


「魔法、来ますよ!」


 グレンが剣を構える。
 私も一応、残っていたベッドの端にしがみついた。

 キラリと輝いた方向から、何かが飛んでくる。
 慌てて確認する。
 飛んできた物は……魔法使いだ!


「わ!人が飛んできました!」

「怖い!」


 魔法使いは、ピタッと宿の前で止まった。
 もう目が悪い人でも鮮明に見える距離だ。
 だが、フードで顔を確認することはできない。
 そこでまた杖を構えると、大きな魔法陣を描き始めた。


「この距離は……怖いな」

「本当に絶対安全なんですよね?」

「……そういう売り文句だったんだ」

「怪しい!」


 結界だけじゃ不安になり、魔法庫から椅子や机、いろいろな物を取り出して壁を作る。


「あぁ!リッカ!それ僕の鎧じゃないか!
 それはダメだよ!」


 なるべく必要のない物を並べたつもりだったが、グレンの鎧が混ざってしまったらしい。


「早く回収してくれ!あれは大切な物なんだ!」

「そんなこと言っても……」


 置いてしまったのは結界の外だ。
 魔法庫から出すのは遠隔でできるのだが、入れるには直接触らないといけない。
 どんなに手を伸ばしても、結界が邪魔して触れる事ができない。
 ……あれ?結界の外に置けるんだ。

 魔法使いの魔法陣が輝きはじめる。
 魔法陣が完成してしまったらしい。


「リッカ!鎧鎧!燃えちゃう!」

「ちょっと黙っててください!」


 魔法使いの距離は少し遠い。
 いけるかわからないが、やるしかない。

 近くにあったベッドを魔法庫に取り入れる。
 目標は……魔法使いの真上だ!


「届いて!」


 魔法陣から業火が飛び出そうとした瞬間
 魔法庫から取り出したベッドが魔法使いの身体にぶち当たった。
 魔法使いはベッドと共に海へ落ち、大きな水しぶきを上げる。

 魔法陣は小さな火を少しだけ吐き出すと消え、跡にはパチパチと燃える宿屋だけが残された。

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