異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第54話 「女神でも暗記は大変です」

「……グレンさん大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫、平気。
 寝れば、治るから」


 ふらふらのグレンを引っ張り、やっと宿に戻って来た。
 お酒というものは、たくさん飲むと酔うらしい。
 それがまた楽しいらしいが、私はいくら飲んでも酔うことが出来なかった。
 グレン曰く、そういう体質らしい。少しだけ悔しい。

 グレンのことをベッドに寝かし、布団をかけてやると
 すぐに寝息を立て始めた。


「おやすみなさい」


 声をかけて、自分の部屋に戻った。


 さて、夜は長い。
 なんといっても眠くないからだ。
 本当なら、街を探検したいのだが治安が良くないらしい。
 大人しく部屋にいるのが吉だろう
 それなら結局やることは一つしかない。

 魔法庫から魔導書を取り出す。
 窓を開け、波の音を聞きながらページをめくる。
 さてさて、どんな魔法を覚えようか。

 ここ最近を思い出して魔法を有効に使いたかった場面を思い出す。
 やはり、骸獣スカルビーストと出会ったときだろう。
 だが、必要なのは攻撃魔法ではない。
 攻撃ならある程度『想像』で補うことができるし、あの時は接近を許した為、攻撃をする暇がなかった。
 つまり、必要なのは『感知』する魔法だ。

 ページをめくり、それっぽい魔法がないか探す。

『周囲の仇なす者を察知する魔法』
『生命を探知する魔法』
『こちらを見ている者を認知する魔法』

 この3つが見つかった。
『生命を探知する魔法』は、魔法陣がかなり複雑だ。
 この魔法陣を覚えるのには、それなりに時間を要する。
 それに比べてほかの二つは単純な魔法陣である。
 この程度なら、一晩で覚えることが出来そうだ。
 問題はどちらの魔法を覚えるべきか……。

 文章をよく見て二つを比べてみる。
『周囲』と範囲が限定されているのと、『こちらを見ている』という一見範囲が限定されてない。
 そもそも、『周囲』とはどれくらいの距離なのだろうか。
『仇なす者』とは、きっと敵意を持つ者のことだろう。
『こちらを見ている者』に比べて、警戒するべき相手が分かり易い。
 あとは『察知』と『認知』の違いがわからない。

 …………
 まぁいいか。
 どうせこの街には2,3日滞在するらしい。
 すぐに必要になることはないだろうから、とりあえず『周囲の仇なす者を察知する魔法』を覚えてみよう。
 もし上手く使えないことが分かったら、もう一つの方を覚えれば良い。

 魔法庫から紙とペンを取り出し、魔法陣を描き写す。
 ひたすら机に向かい、何十枚と魔法陣を描き上げた。

 ふと、口が寂しくなり魔法庫からティーポットとカップ、小瓶を取り出す。
 紅茶の葉を入れた小瓶を傾けたが、ほんの少ししか出てこなかった。
 覗いてみると、紅茶の葉がもう無かった。
 少しだけ生成した水をポットに入れ、魔法で沸かす。

 食材は構造が複雑だ。
 肉を焼くと焦げる意味も、お茶の葉を入れたお湯の色が変わる原理も私は知らない。
『想像』なんかでは『創造』できない自然の神秘がそこにあるのだ。

 出来上がった紅茶は、ちょうどカップ一杯分。
 この世界には紅茶が存在するのだろうか。
 最後の一杯かもしれない紅茶を、ゆっくりと飲んだ。


 魔法陣を覚えたのは、朝日が昇り始めた頃だった。
 描いた紙の枚数はちょうど100枚。
 もう目を瞑るだけで魔法陣が浮かんでくる。

 早速、宙に魔法陣を生成し魔力を流し込んだ。


 …………
 発動しているのだろうか?
 何も感じない。

 まぁ、周囲の仇なす者が居ないということだろう。
 効果を確かめられるのは魔物が出るようなところだなぁ。

 することがなくなってしまったので布団に潜り込む。
 日差しが照り付ける中で眠るのは久々だ。
 やっぱり、この暖かさを感じながら眠りに落ちるのが幸せだ。

 目を覚ましたら紅茶が売っているか探しに行こう。

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