異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

番外編 「電気ショックとアールグレイ」

 
「え~つまり、いつも言っているが立派な女神になる為には万能でなければならない。
『最低限の体術』、『高度な魔法』。
 え~あと一つは……」


 マシュル先生はそういうと、小指を耳に突っ込んだ。


「おい、あのハゲこれで何回目だ?」

「えっとね、八回目だったと思う」


 隣の席のエリカとこそこそ話す。
 マシュル先生にはある癖がある。
 それは何かを思い出そうとするとき、『右手の小指を耳に突っ込む』。


「そう、『幅広い知識』。
 この三つを完璧にしないといけない。
 あ~エリカ!隣と話さない!」

「すみません先生ぃ~。
 ラチトバセル草の効力を忘れてしまって~」

「ラチトバセル草? 薬学ならほかの先生に聞くように」

「え~先生わからないんですかぁ~?」

「そんなことはない!
 えーっとまてよ……」


 わざとらしいエリカの煽りに引っ掛かり、マシュル先生が考える。
 狙い通り、小指を耳に突っ込んだ。


「あと一回だぜ!」


 エリカが興奮気味に話しかけてくる。
 いよいよだ。


「ラチトバセル草の効力は魔力の活性化を促すが、使用すると意識が朦朧としてしまう。
 これであってるはずだ」

「さっすが先生ぃ!」

「わかったから私語を慎むように」


 そういって授業を再開する。
 退屈な長話が続き、残念な事に順調に授業が進む。
 終わりの時間が近づいた時だった。


「よし、キリもいいしここら辺で終わりにするか。
 確かお前らの次の授業は……」


 きた!
 マシュル先生の小指がゆっくりと耳へ向かった。


「今だっ!」


 エリカの合図に従い、マシュル先生が小指を耳に入れた瞬間
 魔法で電気を放つ。
 放たれた電気は床を流れ、マシュル先生の足を伝わり、腕、そして小指へ……
 最後には脳天がスパークした。


「ヴッ!」


 身体を急に張り詰め、小さなうめき声を上げる。
 ピンっと身体を張ったまま、マシュル先生は地面に倒れた。
 急に倒れた先生を見て、教室の生徒たちが悲鳴を上げる。

 あれ。
『痛っ!誰だ電気流したヤツ!』
 こんな風に怒鳴る光景を想像していた。
 隣のエリカを見ると、赤い髪はより目立つほど顔が青ざめていた。


「おま、リッカ。
 やりすぎ……じゃね?」

「や、エリカちゃん。
 けけ結構弱くやったつもりだったんだよ?」

「『神殺しのリッカ』……!」

「変な通り名付けないでよ!」

「とりあえず逃げるぞリッカ!」

「だ、ダメだよエリカちゃん!
 逃げたら『やりました』って言ってるようなもんだよ!
 まだバレてない!」


 逃げようとするエリカを必死に引き留めていると
 マシュル先生がのっそりと立ち上がった。


「お前ら二人……、逃げても逃げなくても……。
 こんなことするのはお前らしかいないぞエリカ!リッカ!」

「わ!生きてた!」

「やったなリッカ!」

「なに笑ってんだ!
 お前ら二人、校長室行きだ!」


 マシュル先生が私達に手をかざすと
 光るロープの様な物が現れ、私達をぐるぐる巻きにする。
 そのまま身体が宙に浮いたかと思うと、目の前の空間が歪み、裂け、急に落下する。
 顎を強かに打ち付け、涙目になりながら顔をあげると
『校長室』と書かれたプレートが目の前にあった。


「……なんで、ばれるんだ」

「私たち以外、イタズラする子がいないんだよ」

「なんであんな退屈な授業を黙って聞いてられるんだろうなぁ」


 エリカがため息をつきながら身体を起こす。
 縛られたロープはかなり頑丈だ。
 いくら力を入れても少しも緩まない。
 二人で縄を解こうともがいていると、授業の終了を知らせる鐘が鳴った。


「……」

「……」

「あ~あ、リッカがもう少し電気を弱くしてればこんなことにはならなかったぜ」

「そもそも『電気を流してやろう』って提案したのエリカちゃんでしょ!」

「あぁしたさ!けどな!殺す勢いでやれとは言ってないぜ!」

「勢いも何も、小指を耳に突っ込んだ状態で電気を浴びるのが致命傷なんだって!」

「アタシは悪くない!」

「エリカちゃんのせいだよ!」

「違う!リッカのせいだ!」


「……また何かやったのね」


 ギャーギャー言い合うのに夢中で気が付かなかった。
 いつの間にか校長室の扉が開いており、アイメルト先生が顔を覗かせている。


「あー……先生、ごきげんよう」

「こんにちは!アイメルト先生!」


 先生は眉間に皺を寄せながら、目頭を摘まむ。


「はぁ……。
 とりあえず、中に入りなさい」

「嫌だ!アタシの……休み時間がっ!」


 抵抗も虚しく身体が宙に浮き、校長室の中へ連れられる。
 巧みに身体の角度を変えられ、部屋の真ん中に立たされた。


「……それで、今日は何をしたのかしら?」


 急に部屋の空気が変わる。
 重く、張り詰めた空気。
 先生の周りの空間が歪んだようにさえ見える。
 説教モードだ。


「リッカが悪いんです」


 エリカが悪びれもせず、そんなことを言う。
 マズイ、完全に出遅れた。
 すべてを私のせいにして、自分だけ逃げるつもりだ!


「違います先生!エリカちゃんが最初に提案したんです!」

「先生、騙されないでください。
 リッカさん、往生際が悪いですよ」

「なんで話し方変えてるのエリカちゃん!」

「……罪の擦り付け合いとは、情けないわね二人とも」


 低い声音が聞こえ、現実に戻される。
 ああ、もうおしまいだ。
 完全にいつもの『パターン』だ。

 先生が近づいてきて、私たちの肩に手を置いた。
 その手から、冷たい何かが流れ込み全身を駆け巡った。
 アイメルト=ヴォールが使役する力
 全ての隠し事は『ヴォール』の名を持つ者の前には通用しない。


「提案者がエリカ。実行者がリッカね。
 どっちも悪いじゃないの。
 リッカ、あなたはエリカに影響されすぎなのよ。
 付き合いをやめなさいとは言わないわ。
 良いことと、悪いことをしっかりと区別するの。
 嫌な事なら嫌ってしっかり言うべきだわ。
 あなたがしっかりと断っていたら、こんなことにはならなかったわ」

「じゃあ、アタシは悪くないじゃん」

「あなたが一番悪いわ。
 論外。元凶よ」


 先生の説教が長々と続く。
 まぁ、大半がエリカへの説教だ。
 私へは小言が少々。

 縄の食い込みが痛くなってきた頃
 急にそれがほどけた。
 どうやら先生が縄を切ったようだ。


「はぁ……。そろそろ休み時間も終わりね。
 二人とも分かったかしら?」

「はぁい」

「あれ? もう終わり?」

「足りない?じゃあエリカは残りなさい」

「十分です!」


 ほどけた縄を投げ捨てていると、急にエリカの顔が輝く。


「おい!次は体術の授業じゃねぇか!
 急げリッカ!始まってるぞ!」


 エリカが慌てて校長室を飛び出す。
 体術の授業の時は、いつもテンションが最高値だ。


「はぁ……、本当にあの子は分かってるのかしら」


 アイメルト先生が深くため息を吐く。
 結局、説教してもいつもあの調子なのだ。
 私が先生だったら、心が折れてしまう。


「あ、じゃあ先生、私も失礼します」

「リッカ、ちょっと待ちなさい」


 先生が戸棚から何か取り出すと、私に渡してきた。
 小さな袋に入ったそれは、とても軽く、何か良い匂いがする。


「先生……これは?」

「紅茶の葉っぱよ。
 以前、気になってたでしょう?
 少し分けてあげるわ」


 そういえば、いつの日か説教された時
 何とか話を逸らそうと思って、目に入った紅茶を話題にしたんだ。
 正直、飲み食いに興味はない。
 まぁ、くれるというのなら貰っておこう。


「ありがとうございます、先生」


 一礼して校長室から出る。
 手にした袋に鼻を近づけると、想像したよりも良い香りがした。
 少しだけ、少しだけ飲んでみよう。
 そう思える香りだった。

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