異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第44話 「骸獣」

 
 草むらの中から、何かがのっそりと立ち上がる。
 その姿を見て絶句した。

 身体は大人の人間サイズ。
 ずんぐりとした身体の手は異様に長く、全身に毛が生えている。
 一番驚いたのは、その顔だった。
 頭蓋骨のように目元はぽっかりと穴が開いており、むき出しの歯には血が滴っている。
 直感した。あれは明らかに獣の類ではない。魔物だ。


「グレンさん……、骸骨の魔物……」

「そいつの目を見るな。いったん退こう。何体居るかわからない」


 グレンが短剣を仕舞い、代わりに音をたてないように片手剣をゆっくりと引き抜く。
 息を殺し、姿勢を低くしたまま少しずつ後退する。
 一歩一歩、地面をしっかりと踏みしめ、音を立てないように歩く。

 しばらく後退を続けた。
 極度の緊張のせいか、前方に気を取られすぎたせいか
 獣の匂いが強くなった時に気が付いた。
 すぐ後ろから『シューッ シューッ』という音がする。
 ゆっくりと振り向くと、空洞の瞳が目の前にあった。

 身体を動かせなかった。
 その暗闇にすべてを吸い込まれそうな気がして

 声が出なかった。
 その暗闇にすべてを包まれた気がして

 気が付くと目の前の骸骨は大きく口を開けていた。
 丸見えになった喉が、『シューッ シューッ』という音と共に開閉する。

 これは……マズイ。

 そう思った時、急に骸骨が消えた。
 代わりに現れた脚によって、グレンが蹴り飛ばしたんだと判断する。


「リッカ! 覗かれたか!?」


 蹴り飛ばしたヤツは、相変わらずの呼吸音を出しながら立ち上がると
 草むらの中へ飛び込む。
 ガサガサと音を立てながら私達の周りを移動する。

 それと同時に聞こえたのは、地面を駆ける音。
 一番最初に見つけた骸骨が四足でこちらに向かって走って来ていた。


「リッカ聞こえるか! 動かないで伏せててくれ!」


 腕を振り上げて走って来た骸骨に向かってグレンは剣を構える。
 私の側から動かない。
 骸骨が降り下ろしてきた腕をグレンが切り飛ばした。
 異様に長い腕が黒い血をまき散らしながら宙に舞う。
 しかし、骸骨は動きを緩めずにグレンに突っ込んだ。

 グレンはよろめきながらその身体を受け止める。
 距離が近すぎる為、片手剣を扱えなくなるが焦った様子が見えない。
 骸骨がカチカチと歯を鳴らしながら、グレンに噛みつこうとする。
 それを頭だけ動かしながら器用に避け、片手で短剣を取り出すと
 骸骨の喉元に突き立てた。

 大量の黒い血がグレンに飛び散る。
 それでも尚、骸骨は動きを止めない。
 がむしゃらに身体を動かしたかと思うと、最後に残った片腕でグレンのことを包んだ。


「何!? 離せ!」


 短剣で何度も身体を刺すが、一向に離れる気配はない。
 すでに骸骨は息絶えていた。

 グレンがまとわりついた腕をどけようとしたとき
 彼のすぐ後ろの草むらから何かが飛び出してきた。

 最初に隠れた骸骨だった。
 骸骨は一直線にグレンへ飛び掛かり、首元へ向かって大きく口を開けた。

 グレンの反応は間に合いそうにない。
 なら、私がどうにかするしかない。
 片腕を骸骨へ向けて突き出す。

 魔法陣を描く暇も『想像』する暇もない。
 だから私は、魔法庫の中身をありったけ骸骨の口に向かってぶちまけた。

 採ったばかりのナチの実が、読みかけの本が、白い衣が
 様々な物が骸骨の口元に現れ、その内の何か一つでも骸骨の妨げになることを願う。

『ガキッ』という音がして、骸骨の口に何かが挟まった。
 骸骨は口を閉じることが出来ないまま、グレンに衝突した。
 その衝撃で、グレンにまとわりついていた腕が離れる。
 グレンは身体を捻りながら振り返り、自由になった片腕を存分に奮って骸骨の頭を切り飛ばした。

 本に衣にぬいぐるみに血。
 大量の物をまき散らして戦闘が終焉した。

 足元に転がった骸骨の口には、お気にのティーポットが挟まっていた。

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