異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第34話 「小さな叛逆のはじまり」

 
 果てしなく、白く、長い廊下。
 左右には番号が彫られた扉が無数に並ぶ。
 この一つ一つ、扉の向こうで『転生』が行われている。

 転生課に勤めているだけでは、天界の『仕組み』に疑問を思う機会は少ない。
 自分が善かれと思って行っている転生が、時に悲惨な現実を引き起こしていることに気が付いていない。
 少なからず『仕組み』を知っていてこの業務を続けている者もいるだろう。
 彼女達もたくさん悩んだ挙句の答えだろう。
 だからと言って、それを責めることはできない。

 いつもよりもたくさん歩いた気がする。

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 その扉の前にして、一回周りを見渡してみる。

 右を見ても、左を見ても
 果てしなく、白く、長い廊下が続いている。
 この廊下の果てを私は知らない。

 一呼吸おいてから、私の扉を開いた。



 心地よい暗闇に包まれた私の仕事場。
 いつもなら何もないその空間に、今日は一脚だけ椅子が置かれていた。
 傍にはテンシ、アイメルト先生。
 エリカの姿はなかった。


「いらっしゃい、さぁここに座って」


 先生に促され、椅子に座る。


「リッカ、簡単に説明するわね。
 『堕天』というのは異世界へ送り込まれるということ。
 でも、ただ送り込むことはできないわ。
 世界間を移動する為には一つの『仕組み』に乗っ取らなければいけない」


 また『仕組み』
 何もかもが仕組みに縛られている。
 そして、『堕天』する為に従わなければならない『仕組み』は……


「リッカ、あなたを転生させる」


 ようやく、ここに呼ばれた理由が分かった。
 転生させるのは転生課のこの部屋でしかできないのだ。
 背もたれに身体を預け、暗闇の空を仰いでみる。
 多くの生き物たちを転生させてきたが、今度は私が転生させられる。
 何とも言えない、不思議な気持ちだ。


「……まだやめることはできるのです」


 テンシがジッと私のことを見ながらそう言った。
 小さな身体が急に愛おしく思え、寂しくなるが、もう考えを改めるつもりはない。


「ううん、ありがとねテーちゃん」


 手を伸ばし、少し泣きそうなテンシの頭を撫でた。


「……エリカはボクが面倒みるので、心配いらないのです」

「うん、エリカちゃんによろしくね」


 満足いくまで頭を撫で、最後に身体を強く抱きしめた。


「さて、そろそろいいかしら?」

「あ、ごめんなさい。お願いします」


 先生が眼鏡をかけなおし、咳ばらいをした。


「転生する流れは、ほかの生き物と一緒よ。
 あなたの善良ポイントを調べ見合った権利を与えるの」

「え? 私にもポイントが付いてるんですか?」

「『仕事』の対価がポイントよ。
 『褒美』を与えるのだって、このポイントを参考にして決めてるの」


 先生が私に手をかざすと、淡く光る。


「あなたのポイントは……18万だわ」


「18万もあるんですか!?」


 転生する際のすべての権利を使ったって1600ポイントしか必要ないのに18万も持っている。


「女神として仕事をしていればこれくらい普通よ」

「そうなんですか……。
 じゃあ、ユニークスキルとかって貰えるんですか?」


 ユニークスキルが手に入るのなら、心強い。


「それは無理よ」

「そんな!?」


 出鼻を挫かれた。
 頭の中にいくつものユニークスキル案が浮かんでいたのに残念だ。


「そんなに残念な顔しないの。
 ユニークスキルは一人一つずつしか持てないからしょうがないわ」

「え。私ユニークスキル持ってるんですか?」

「当り前じゃない。
 『女神』のスキルを持ってるから女神なのよ」


 あっこれユニークスキルだったんだ。


「『女神』のスキルによって、転生される際は今の姿のまま転生されるわ。
 つまり『望んだ生き物に生まれ変わる』という権利も使えない。
 唯一使えるのが『記憶を保持したまま生まれ変わる』よ」


 つまり、18万もポイントがあるのに使えるのはたった1000ポイントだけなのだ。


「じゃあ、記憶の保持だけお願いしますぅ」

「わかったわ」


 先生が両手を掲げ、私に祝福をかける。
 キラキラとした光が身体を覆うが、何も感じない。
 不安になる。


「これだけで大丈夫なんですか?」

「あなたがいつもやってきたのもこんな感じよ。
 安心しなさい。しっかりと効果があるから」


 キラキラが消えると、辺りはまた暗闇に包まれる。


「……これでやるべきことは終わったわ。
 本当にいいわね?」


 あとは先生が念じるだけで、私の転生が完了するのだろう。


「……お願いします」


 先生が両手を上にあげ、目を閉じた。
 その横でテンシは両手を組み、私のことを見つめていた。

 私の身体が淡い、緑の光に包まれる。
 椅子の感触が消え、私の身体が浮き上がっていることに気が付く。


「先生!テーちゃん!ありがとうね!」


 テンシが哀しそうに、小さく手を振る。


 二人の姿が小さく、小さくなっていく。
 淡い緑だった光は、いつの間にか白くまばゆく輝いていた。
 もう、暗闇の世界は見えない。

 エリカちゃん。
 最後にもう一度顔を見たかったな……。

 まばゆい世界とは裏腹に、私の意識は暗闇へと途切れた。


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