異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第31話 「知らなかった現実」

 
「……今日はやけに元気がないのですね」


 いつの間にか家に入ってきていたテンシにそう言われた。
 結局、資料を読んだあとに色々な考えが浮かんで眠ることが出来なかった。
 テンシが机の上に乱雑に置かれた資料をまとめ、懐にしまう。


「……リッカなら、なんとなくこうなると思っていたのです」

「…………テーちゃんは、どう思ってるの?」


 テンシは隣のソファーに腰かけると、少しだけ困った顔をして話し始めた。


「……ボクは奇跡課に勤めはじめてからこの現状を知りましたのです。
 与えたユニークスキルが転生した生き物とかみ合って無かったり、転生先ですぐ死んでしまったりと、悲惨なことがたくさんあったのです。
 ボクは直接上司に不満をぶつけたのですが、上司達もどうすることができないのです。
 転生というのは、ボク達天界の住人が干渉することのできない仕組みになっているのです。
 まさに天命によって、転生者の運命は決められるのです」


 私達神々が、いつから異世界のバランスを保つという役割を担っているのかわからない。
 私が生まれる遠い昔から天界は異世界のバランスを保ってきたらしい。
 そうしないと、私達の天界が崩壊してしまうと教わった。
 では、この仕組みを作ったのは誰なのか。
 天界を創造したのは誰なのか。
 私は何も知らなかった。


「……ボク達がやれることは、教えに則り、業務をこなすことなのです。
 ボク達がやらなければ、世界は回らなくなり、悲惨な結末を迎えるのです」


 テンシに諭され、嫌な思考を無理やり切断しようとする。
 私達がやらなければ、転生させなければ、世界のバランスが崩れる。
 じゃあ、そのために生き物達を悲惨な世界へ送りだしていいのだろうか。
 利用させていいんだろうか。見殺しにしていいのだろうか。

 何が正しい行いなのか、何が善い選択なのか、わからなくなってしまった。



 結局、その日リッカが出勤することはなかった。
 女神になってから初めて1日を無駄に過ごしたと思う。
 次の日も次の日も出勤する気にはならなかった。
 ぼんやりと暖炉の前に座って過ごしていた。



「リッカ?入るぞ」


「エリカちゃん……と、アイメルト先生?」



 ある日、エリカがアイメルト先生と一緒に訪ねて来た。
 しばらく会っていなかったので、心配して来てくれたんだろう。


「よおリッカ、元気か?ちゃんと寝てるか?」

「う〜ん、まぁぼちぼち……かな?
 心配かけてごねんね」


 エリカは遠慮なくソファーに腰掛ける。
 普段通りに接してくれるのは彼女なりの気遣いなんだろう。


「リッカ、テンシから話を聞きました」


 アイメルト先生もソファーに座る。
 紅茶を入れようとしたが、手で静止された。


「リッカ、あなたのように仕事の意味がわからなくなってしまう女神は少なからずいます」

「あ?リッカ、仕事に意味なんか求めてんのか?」


 すかさずアイメルト先生がエリカの頭をポカポカと叩く。


「ごめんなさい、リッカ。
 エリカには今回の事情を話してないのよ」

「えっなんですか先生。アタシだけ何も知らないの?」


 言っちゃ悪いが、エリカは単純だ。
 単純ゆえに純粋であり、与えられた事に疑問を持たずに接する。
 だからこそ、エリカはこの事を深く考えない方が良いと思う。
 きっと、私よりも深刻に捉えてしまうだろう。


「先生、私のようになった女神達は……業務に復帰してるんですか?」

「半々ってところね」


 どれくらいの人数がいるのかわからないが、半分は元の業務に戻っているのだ。
 彼女達は、一体どんな気持ちで仕事をしているのだろうか。


「リッカ、先生が恐れているのは、あなたが復帰できなかった時のことよ」


 先生の言いたい事はわかる。
 本来の役目を為さず、怠惰な生活を送る者達は…………

 堕天する。


「お、おいリッカ。よくわからんが、仕事をすれば良いんだろ?
 嫌な事があるんだろうが、我慢したりとか出来ないのか?」


 違うんだよ、エリカちゃん。
 私一人が我慢して済むのなら問題がない。
 私が我慢するだけでは済まない問題だから困っているのだ。
 神を信じて、極楽浄土を信じた者達を
 死とは無縁の私達が
 一点の説明もなく、許諾もなく、不完全な状態で死地へ送り出す。
 それがあまりにも残酷で、耐えられないのだ。

 言葉に出来ない悔しさが、涙となって現れる。
 まさか泣くとは思っていなかったエリカが、ギョッとした顔をする。

 仕事だからと何も考えずに転生させていた。
 『退屈』だとも感じていた。
 無責任に転生させていた私が、憎い。


「先生も、多くの女神も、あなたと同じように悩んだことがあるわ……。
 でもね、みんな自分なりの『答え』を見つけているの。
 どんなに矛盾した『答え』であっても、すべては一つに収束するわ」


 私たちが仕事をする理由。
 それは――――――――――――


「世界のバランスを保つこと……?」

「正確には『天界の存続』よ。
 他の世界がバランスが崩れて崩壊してしまえば、私たちの世界が危うくなる。
 だから先生達は働き続けなければいけないの。
 リッカ、あなたも自分なりの『答え』を見つけなさい。
 自分の世界を守り続ける為の『答え』を……」


 『答え』
 つまり、他者を犠牲にして自分の世界を守る『言い訳』を考えろと言っているのか。
 先生や、テンシも自分なりの『良い』訳を見つけているのだろうか。


 アイメルト先生がエリカのことを引っ張ってソファーから立ち上がる。


「リッカ、よく考えてあなたの『答え』を見つけなさい。
 そして、いち早く仕事に復帰することを願います。
 また明日来るわ。
 エリカ、今は一人にしてあげましょう」

「あ、あぁ、はい。
リッカ、また明日仕事が終わったら来るよ。
ちゃんと……寝ろよ」


 二人が去り、屋敷は静かになる。
 日が差し込まない、薄暗い中で
 暖炉の前に座り、また一人で『答え』を探した。









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