異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第28話 「必然な奇跡」


 中央区の端、森で囲まれた屋敷にテンシは訪れていた。
 今日、リッカが奇跡課で働くというので一緒に出勤すると約束したのだが……。


「……なんで朝っぱらから泣いているのですか」

「それがさ、ちょっと時間に余裕があったから漫画を読んでたんだけどね、内容が悲しくて悲しくて……」


 リッカはそういうと『向日葵』という表紙を見せた。
 中型の犬が向日葵畑を背にこちらを見ている絵が描かれている。


「飼い主の男の子と離れ離れになってたワンちゃんがやっと再開できたんだけど、男の子が病気で寝たきりになっちゃって……うぇぇん」

「……ボクも読んでるのでネタバレしないでほしいのです」


 リッカは漫画を片付けて立ち上がるが、まだメソメソしている。
 テンシが慰めてやってようやく出勤できるようになった。

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 奇跡課は転生課と同じ中央局に仕事場がある。
 転生課に次いで働く人数が多い。 
 奇跡課の仕事は、主に異世界を監視して必要と有らば直接介入することだ。 
 天候や災害を操ることもあるし、直接その世界に出向いて仕事をすることもある。 
 それ故に決断力が必要な上、『世界のバランスを保つ』という仕事上、すべてのことに中立でなければならない。
 特別な事が無ければ、その世界のだれかを贔屓することは許されない。 


 半分冗談のつもりで「奇跡課で仕事をしたい」とアイメルト先生に言ったのだが
 本当に許可されるとは思わなかった。
 ただし条件として、奇跡課の仕事に慣れている者————テンシが付きっ切りで面倒を見なさい、ということだった。


 転生課と同じように一人一人に部屋が割り振りられている。
 暗闇の世界には、シャボン玉のようなものがたくさん浮かんでおり
 その一つ一つから異世界を見ることが出来る。
 リッカはテンシにあれやこれやと指示されながら、少しずつ仕事をしていた。


「えっいいの?ここ雨降らしちゃっていいの?」

「……早く降らせるのです。今降らせないと作物が育たなくて多くの死人が出るのです」

「で、でも、きっと雨が降ったらここの山が崩れてお家が潰れちゃうよ?」

「……散々家主に警告は送ったのです。それでも退去しないのならば仕方がないのです」

「わかった!降らせるよ!降らせます!」


 リッカが魔力を込め、雨を降らせる。
 ぽつぽつと弱い雨が降り始める。


「……もっと強く降らせるのです。大地が潤わないのです」

「うぁぁ……ままよー!」


 雨は勢いを増し、そのおかげで作物は育ち、動物たちは喉を潤し、多くの生命が生き永らえる。
 たが、その裏で誰かが犠牲になっていることは少なくない。

 雨によって地盤が緩み、今にも土砂崩れが起きそうだ。
 もしそうなってしまえば、ふもとにある一軒の家は確実に巻き込まれるだろう。
 その光景を目の当たりにして、リッカがパニックになる。
 雨を止めればこの家は無事だろう。
 しかし、雨が降らなければ植物が育たず、多くの生き物が死ぬだろう。

 ついに雨に耐え切れなくなった山が崩れ始め、一軒の家に襲い掛かる。


「わ、わ、ごめんね。ごめんなさい。天にまします我らの神よ。願わくば彼の者に安らかなる死を与えたまえ……」

「……なにやってるのですか」


 土砂は家をなぎ倒してようやく動きを止める。
 自然とは時に美しく、時に恐ろしい。
 土砂の破壊力はすさまじく、この様子では家主が生きていることはないだろう。

 しばらして雨が止むと、村の住人が集まって来て土砂を片付け始めた。
 リッカはその様子を遠い目で眺めていたが、急に村人が騒がしくなった。
 耳を傾けると、どうやら家主が生きているらしい。
 総出で土砂を片付け、瓦礫を持ち上げ、新しい朝を迎えたその時……!
 ついに家主が救出された。
 あれだけの土砂に巻き込まれたのになんと無傷である。
 無事に作物も育ち、誰も死ぬことがなかった。

 こんな素晴らしい出来事があるだろうか。
 そう、これはまさしく————————


「奇跡だ……!」

「……こうするのがボク達の仕事なのですが」


 大げさなリッカをテンシはあきれた目で見ていた。

 

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