異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第24話 「ワンダフルな再会を願って」

 


 誰かが泣いていた気がする。


「大丈夫だよ」


 そう声をかけようと思った。

 でも、声は出なかった。

 薄っすらと目を開けると、真っ白な天井が見える。

 白いベッドに小さな女の子が一人、顔を伏せて泣いているのがわかる。

 その子に手を伸ばそうとするけど、身体は少しも動かない。

 瞼の重さに耐えきれず、ゆっくりと閉じてしまう。

 窓から差し込む日差しが、優しく、温かく、心地が良い…………。




 薄っすらと目を開けると、木の天井が見えた。
 窓から差す日差しがまぶしい。
 夢半ばのまま身体を起こすと、ベッドから本がドサドサと落ちる。
 昨日、魔導書を見ながら寝てしまったことに気が付いた。

 窓から空を覗くと、相変わらず遠い空に中央局が浮いていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 1115
 その番号が書かれた扉を見つけ、開ける。
 中に入ると、いつも通りの暗闇の世界が私を歓迎した。
 椅子を二つと装飾用の光を召喚する。
 片方の椅子に腰を掛け、紅茶を淹れる。
 熱い紅茶で喉を潤し、一息してから今日の仕事を開始した。


「1115番、女神リッカ。準備が整いました。対象生物の転送をお願いします。」


 淡い緑の光に包まれて現れたのは……。
 一匹の小型犬だった。

 マニュアル通りに口が勝手に動く。


「あなたは不幸なことに命を落としてしまいました。
 様々な想いがあると思いますが、あなたに選択を迫らなければなりません」


 犬に向かって手をかざし、必要な情報を読み取る。


 種族 ―――― 犬 (ミニチュアダックスフンド)
 名前 ―――― ケンちゃん
 年齢 ―――― 10歳
 死因 ―――― 交通事故
 善良PT―――― 607


 わぁ。600ポイントも持ってる!
 久々の『アタリ』だぁ。


「あなたには二つの権利があります。
 まず一つ目が、望んだ生き物に生まれ変わる権利。
 もう一つが、特別な力を持って生まれ変わる権利です」


 犬が椅子の上で足踏みをする。
 あぁ、このワンちゃんは死んじゃったのにお利巧だなぁ。


「あなたは何に生まれ変わりたいですか?」

(ニンゲン……!)


 犬の即答が脳内に響く。


「もう少し考えても大丈夫ですよ? 迷いはないですか?」

(大丈夫。 ご主人サマと もっと お話したい)

「……わかりました。
 では次に、あなたは特別な力を持って生まれ変わることを望みますか?」


 犬は『伏せ』の体制になり、少しだけ考えた。


(きっと 力があれば 僕は死ななかった。ご主人サマが悲しむこともなかった。
 だから 僕は 力が欲しい! 今度は 僕が ご主人サマを守るんだ)


 私がユニークスキルを与えた人間は、みんな私利私欲の為にその力を使おうとする。
 でも、このワンちゃんがどうだろうか。
 死してなお主人のことを思っている。
 誰かの為に、この力を使う。
 人間も見習ってほしいものだ。


「わかりました。では、あなたに一つ力を授けましょう」


 私はワンちゃんに手をかざし、ユニークスキルを作成、付与した。

 私が与えたユニークスキルは『獣の如き戦車』だ。
 走るのが得意な動物が人間に転生するとき用に考えていたスキルだ。
 このスキルは単純明快。手足を使って獣のように走ると、誰よりも早く、誰よりも頑丈になれるというスキルだ。
 前世の癖が僅かながら現れることを考慮したユニークで素晴らしいスキルだと自負しております。


 私は両手を広げ立ち上がり、ワンちゃんが人間に生まれ変われるように祝福をかける。


「転生の準備が整いました。どうか、次の人生も善良に生きてください」


 ワンちゃんが緑色の光に包まれ、宙に浮き始める。


「…………ご主人様に会えることを願っています」


「わんっ」と嬉しそうに吠え、ワンちゃんは暗闇の中へ消えていった。


 私はまた紅茶を淹れ、ゆっくりと飲んでいた。

 人間に転生するのならば、転生先の異世界の数は無限大だ。
 このワンちゃんが、また飼い主と巡り合う可能性はとても低いだろう。
 でも、私はあえてそれを伝えない。
 その願いはワンちゃんの最後の希望なのだ。
 少しでも良い気持ちで私の元から旅立ってほしい。
 それに神様が居るんだから、巡り会う奇跡だって起こりうるだろう。

 飲み終えたカップを片付け、椅子に座りなおす。


「1115番、次の対象生物をお願いします」



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