異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第23話 「創造の限界」

 
「ん……。『幸運を呼び寄せる魔法』ですか。
 賢い選択をしたのですね」


 食事を終えたリッカ達は、図書館に来ていた。
 駄弁るのにちょうど良い場所なのだ。


「『賢い選択』だってさ、リッカ。
 偶然開いてたページがそれで良かったな」

「……前言撤回なのです」

「うぅ…。どうしてこの魔法が賢い選択なの?」


 テンシは魔導書を取り出し、いくつかのページを見せながら答えた。


「……例えば、『雨を降らせる魔法』、『鉄を変形させて剣を生成する魔法』、『植物の成長を早める魔法』、『石を金に変える魔法』……。
 これらをボク達は使うことができると思うですか?」

「たぶんできると思う」

「余裕だぜ」

「……そうなのです。それ以上のこともできるのです。
 『植物を降らせる』ことも、『無から金の剣を生成する』ことさえできるのです」


 テンシはそう言うと、左手を天井に掲げた。
 すると、桜の花びらがひらひらと舞い降りてくる。
 次に右手を突き出し魔力を込めると、そこには金の短剣が握られていた。


「わぁホントにできるんだ!」

「よ、余裕だぜ」

「…………ごほん。ボク達の魔法はすべて『想像』することによって実現するのです。
 つまり、『想像』さえできれば『創造』できるのです」


 テンシはまたページをめくり一つの魔法陣を見せた。


「……余裕ぶっこいてるそこの赤毛。この魔法はできるですか?」


 そう言ってテンシが見せたページには『ケルレサンオオトカゲに化ける魔法』と書かれた魔法陣があった。


「……は?」

「……早くするのです」

「くそぅ、なんだよケルレサンオオトカゲって……」


 エリカは渋い顔をしながら両手を合わせる。
 両手が光に包まれ、魔力を込めていることはわかるのだが何も変化がない。
 いや、少しだけ身体が緑色になったような……?


「……できねーのですか?」

「出来ねえよ! なんだよケルレサンオオトカゲって!」

「……これがボク達の魔法の欠点なのです。
 まず『ケルレサンオオトカゲ』というのを知らないのです。
 知識がなければ想像することができないのです。
 もう一つが、身体の大幅な変形が難しいのです。
 羽などの身体の一部なら想像で何とかなるのですが、別の動物になるとしたら臓器などすべての構造を考 えなければならないのです。」


 テンシは『ケルレサンオオトカゲになる魔法』の魔法陣を宙に描き、少し離れたところで発動する。
 テンシの身体が少しずつ変形し、肌の色が変わり、どんどんトカゲの姿になる。
 近くを通りかかった女神が小さく悲鳴を上げた。


「お、いおい。あれ平気なのか?」

「テーちゃんなら平気だよ……たぶん。」


 ズンズンとトカゲが近づいてくる。
 全長はリッカと同じくらいだろうか……?160cmはあるように見える。
 恐る恐る鼻の頭を撫でると、気持ちよさそうに赤い瞳を細めた。


「凄い……。ちゃんとテーちゃんだ」

「おぉ、まじかまじか。アタシも触るぜ」


 エリカがトカゲのことを撫でようとすると、急に大きく口を開けて噛みついた。
 エリカの腕が肘辺りまで口の中に入っている。


「いっで! 痛てぇッ! やっぱやべえコイツ! り、リッカ! 助けてぇ!
 あ、あぁぁ………………」


 リッカが懸命にエリカを引っ張るが、肘から二の腕、肩へとどんどん飲み込まれている。
 エリカの頭まで飲み込まれかけた時、急にスポッと引っこ抜けた。
 薄紅色の衣がよだれでべちょべちょする。
 トカゲはいつの間にかテンシの姿に戻っている。


「……チッ。時間切れのようなのです。」

「なんて恐ろしいことをするガキなんだ……」

「……食べ物の恨みは恐ろしいのです」

「くっそ~汚っねぇ! 洗ってくる!」


 エリカは嫌な顔をしながら外に向け飛び去った。


「……いい気味なのです。……うげぇ」


 テンシは口に手を突っ込み、赤い髪を引っ張り出している。

 どっちも嫌な気分になってるこれ……。


「……とにかく、ボク達が想像できない抽象的な魔法や、複雑なモノの再現は魔法陣によって成すことができるのです。
『幸運を呼び寄せる魔法』は抽象的過ぎて、ボク達の想像では発動することができないのです」

「へぇ~。なんだか魔法陣を描く人間の魔法のほうが、多くの魔法を扱えて便利に思えるのに、どうして学校じゃ教えてくれなかったのかな?」

「……それは『無駄』だからなのです、リッカ。
 動物に化ける魔法も、幸運になる魔法も、天界では必要がないのです。
 だから天界の魔法は、魔法陣を省く代わりに単純であるが瞬時に発動できるように進化したのです」

「さすがテーちゃん! 物知り~!」

「……女神育成学校で教わったはずなのです」


 エリカが衣を洗い終え、戻って来た。
 火の魔法も併用したのだろう、衣はすでに乾いている。
 魔法陣を描くならば、こんなに早く戻ってくることはできないだろう。


「おいテンシ~。これ臭いが取れねえんだけどどうしてくれるんだよ」


……たぶん、魔法陣を描くのならば臭いまで取ることができそうだ。


「……自業自得なのです。
 とにかくリッカ、何に使うのかはわからないのですが、魔法を覚えるのならボク達が扱えないようなのを優先的に覚えるべきなのです」



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 結局、その日リッカは使ってみたい魔法を選ぶために、魔導書を何冊か借りてベッドの上で読んでいた。
 いざじっくり読んでみると、生活に役立つモノから戦闘に使うモノまでの多種多様な魔法に驚く。
 一つ一つを手のひらの上で小さく再現しながら考える。
 人間はこれだけの魔法が無いと生きていけないのだろうか。
 彼らの生き様を想像して、少しだけ身震いをする。


 使えない魔法をリストアップしながら一冊目がやっと終わるころ、リッカは本を抱えたまま眠りに落ちていた。 




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