異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第22話 「異世界食ルーレット」

 

「そうだ!テーちゃんも一緒にご飯食べない?」


 リッカはテンシの乱れた服や髪を整えてあげながら提案した。


「……リッカとは行ってもいいのですが、そこの赤毛が一緒だと気に食わないのです」

「アタシは別にいいんだぜ?」


 エリカはニヤニヤとテンシのことを見ながら答えた。


「えぇ~、私はみんなと食べたいんだけどなぁ……。
 覚えた魔法も披露したいし」

「……まぁ、赤毛が離れたところに存在してくれるのなら、行ってやってもいいのです」

「生意気なちびっ子だぜ」



 こうして、リッカ達は研究課の食堂に来ていた。
 そして、『本日のメニュー』を見てリッカは珍しく注文を躊躇していた。


「『殺戮葡萄』って今までで一番やばそう名前だね」

「ん…。ボクは戦略的撤退を提案するのです」


 しかし、エリカだけは目を輝かせている。


「素晴らしい名前じゃねえか! 食ったら何が起こるか分からない! 
 これこそ娯楽の為の食事!アタシは食べるぜ!」

「じゃ、じゃあ、折角だから私はエリカちゃんからおすそ分けを貰うよ」

「…ボクは様子を見て決めるのです」


 しばらくして一つだけ注文した『殺戮葡萄』が届いた。
 普通の葡萄と違うところが、実の色だ。
 血をイメージするような赤色なのだが、それが食欲を誘う。


「あぁ、なるほど。
 名前の由来がなんとなくわかったぜ」


 エリカは葡萄を一粒取り、手のひらの上で転がす。


「血のように赤いから、これを食うときっと手や口周りが赤くなるんだ。
 ほら、粒を触ってるだけでも赤い色が着くぜ。
 それが『殺戮』したように見えるんだろう。
 お前らも一緒に食ってみようぜ。きっと甘いぞ」


 そういって、エリカはリッカとテンシに粒を渡した。


「まぁ、きっとそんなところだよね」

「……少ない脳みそ振り絞って考えたのは褒めてやるのです」

「はっはー。ここでだいぶ飯食ったからな。
 食べ物の名前にはだいたいそんな理由があるのさ」


 エリカが口の中に粒を放り込んだのを見て、リッカとテンシも粒を食べた。


 舌の上を転がっただけで、甘い香りが口の中を満たす。
 奥歯で噛みしめると、たくさんの果汁が溢れ出てきて程よい甘みが広がる。
 飲み込むのが惜しくなるくらいに堪能し、いざ飲み込んでみると
 今度は透き通るような爽快感が鼻を突き抜ける。




「甘っー「辛ッッッ!?」


 満面の笑みになりかけていたリッカとは裏腹に、エリカは顔を歪ませて叫んでいた。


「えっ?えっ?とーっても甘くておいしいよ?」

「これはっ! おまっ! 辛いだろっ!? 辛い!」


 顔を真っ赤にしたエリカは、たまらずそれを吐き出す。


「テーちゃんは…?」


 何もしゃべらないテンシと目が合う。
 無表情で、一見辛い物を食べたようには見えない。
「テーちゃんは平気そう」と思ったや否や「べぇ」と舌を見せてきた。
 テンシの舌は真っ赤に腫れあがり、見ているだけでも痛々しい。


「……赤毛の戯言など……耳に入れるべきではなかったのです」


 テンシはポロポロと涙を零しながら、コップと水を取り出して舌を冷やしている。
「アタシにも寄越せ!」といってエリカとテンシがコップを奪い合う。
 リッカがコップを渡すと、ようやく落ち着いて舌を冷やし始めた。



「なぜだリッカ……。なぜお前だけ無事なんだ」

「……気に食わないのです。もう一個食べるのです」

「そうだそうだ! もう一個食え食え!」

「えぇ? そんなぁ……」


 エリカ達に迫られ、しょうがなくもう一粒手にする。
 念の為、コップを用意しておいた。
 顔に近づけ、匂いを嗅んでみると仄かに甘い匂いがする。
 意を決して口に放り込み、噛みしめると……。


「甘っーい!」


 我慢できずにもう一粒食べ、噛みしめる。
 新鮮で、濃厚で、ジューシーな果汁が口の中に溢れる。
 その瞬間は、まさに天界を超越してしまうような至福の時。


「糞ッ! なぜだ!?」


 エリカはもう一度『殺戮葡萄』を口にしてみる。
 しかし、エリカの食べたそれは相変わらず地獄のような辛さだった。


「ん……。あったのです。殺戮葡萄についての文献。
 奇跡課の資料にあったのです」

「おぉ、さすがテーちゃん。
 どれどれ……?」


『殺戮葡萄』――――葡萄のように赤い実が生る果実。その大量に生った実の大半はとても辛みが強いが、僅か3粒だけこの世のものとは思えないほど甘く、美味しい実がある。
 その実を求めて多くの生き物がこの果実を口にするが、辛い果実を食べたときはその場に吐き捨てることが多い。
 吐き捨てた果実が飛び散った血のように見える為、『殺戮葡萄』と呼ばれている。


「ん……。リッカが食べたのは『アタリ』だったわけなのです」

「リッカ、なんて幸運の持ち主なんだ……」

「あ、へへ……。日頃の行いが良いのかな?」


 リッカは仕事終わりに『幸運を呼び寄せる魔法』を発動したことを思い出していた。
 だが、まさかこんな形で効果が出るとは思わなかったので、なかなか言い出せない。


「なぁ……リッカ?」

「はいぃ!?」


 唇を赤く腫らしたエリカが顔をのぞき込む。


「長年の付き合いで何となく気づいてたんだが
 リッカが『あへへ』と笑うときは、何か隠し事をしてるんだよなぁ」

「そ、そうなの!?」


 エリカが『殺戮葡萄』を一粒手に取ると、リッカに問いかけた。


「お前、昨日必死に覚えた魔法、なんだったっけ?」

「……その話、気になるのです」

「ひぃ! ごめんなさい! 食べます! 食べますから許して!」


 リッカはエリカに無理やり食べさせられる前に葡萄を口に放り込んだ。
 リッカの口内は天国から地獄へ一気に叩き落とされた。

 こうして今日もまた殺戮現場が再現されたのであった。






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