異世界転生を司る女神の退屈な日常

禿胡瓜

第6話 「思い出の校長室」

「遂に朝になってしまった。」

 退屈な天界。退屈な仕事。退屈な生き物。
 そんな『退屈な日常』を乗り越える為に、朝のスタートは何よりも大切だ。
 リッカは清々しい朝にアツアツの紅茶を飲むことが大好きなのだ。

 しかし、今日は朝が来るのが嫌だった。
 せっかく淹れた紅茶も味がしない。
 清々しい朝を迎えることができていない自分に気づき、また『今日』が嫌になる。

 ふらふらと立ち上がり、消えそうな声で「行ってきます」とつぶやくと
 頼り気のない翼を広げ空に飛び立った。



 女神育成学校―――それは、女神を目指す天使たちが通う学校。
 リッカは今日、仕事をお休みしてここに訪れている。
 ここでエリカと出会い、危うい成績ながら二人で励ましあって乗り越えた思い出のある場所だ。
 普通なら、過去を思い出しながらいろんなところを歩き回りたいのだが…。


「絶対に怒られる。下手したら『再教育』だなぁ…」


 はぁ…とため息をつきながらリッカはうなだれる。
 リッカはアイメルト校長先生による『出頭命令』によりやってきていた。

 アイメルト=ヴォール  ―――――数千年も前に女神育成学校が創られた当時から校長であり
 世に送り出した女神の数は、億に届くだとか届かないだとか。
 アイメルトは天界中に恐れられている。
 なぜなら……

 この女神に『隠し事は通用しない』


 リッカは、『校長室』と書かれた扉の前に立ち、昨晩のことを思い出していた。


 ……

「いいかリッカ?わかっているだろうが、アイメルト先生に『隠し事は通用しない』。
 だが、『嘘』なら通用した。アタシが保証する。
 『隠し事』はしないで『嘘』を吐け。
 『再教育』になるよりはマシだろ?」

……


「問題は、アイメルト先生がどこから話を聞いていたかだなぁ…。」

『ユニークスキルはその世界に同じものが存在してはならない』という部分を聞いていたのか
『転生者が報われないスキルを与えていた』の部分なのか……。
 どちらも聞いていたということもあり得る。
 アイメルト先生の様子を窺って判断しなければならない。


「うぅ…。退屈な仕事が恋しいよぅ。」


 リッカは腹をくくり、扉を叩いた。




「失礼します。転生課の女神リッカです。」


 学生の頃に何度も呼び出しをされ怒られたことがあるので
 部屋構造は隅々まで記憶している。

 部屋の左右には、さまざまな言語の本で埋め尽くされた本棚。
 中央には来客用のフカフカのソファーに机。
 そして奥には天界を見渡せる大きな窓と……。

 大きな机と椅子に座るアイメルトの姿だ。


「久しぶりね。リッカ。」


 部屋の中央まで行き、じっくりと校長の顔を拝む。
 やはり、卒業した時から『何も変わっていない』。

 装飾を付けた羽衣を身にまとい
 薄い紫色の髪を高めの位置で緩く結んでいる。
 キリッとした眼鏡をかけた顔は、数万年は生きているはずなのに
 リッカやエリカと同じくらい若く見える。


「お久しぶりです。アイメルト先生。」

「エリカとは元気でやっているかしら?」


 リッカとエリカはよく同じ失敗をする度に、ここに連れてこられたものだ。


「はい。仕事終わりにいつも一緒に過ごしています。」

「そう。それは良かったわ。」


 ニコリとアイメルトが笑う。
 その笑顔が、いつも何を知られているのか分からず怖いのだ。


「早速、本題に入るけど……。」


(きた…!)

 リッカは身構える。
 アイメルトが何を把握しているか、正確に判断しなければならない。
 固唾をのんで、次の言葉を待つ。


「あなたがユニークスキルを与えた転生者についてよ。」

「…ずいぶん『ユニーク』なスキルを与えたものね。」

「確か…『踏まれた相手よりも強くなれるスキル』だったかしら?」


 ブワッと冷や汗をかく。


(やっぱり話を聞かれていた?)

(先生が怒っているのは『スキル』ついて?!『ルール』について?!)


 ぐるぐると思考が頭の中をめぐり、リッカはどんどん混乱していく。
 なにか話しているアイメルトの声が耳に入ってこない。

 そしてたどり着いた結論は一つ。
 怒られているのなら。怒られているのなら。

 『謝ればいい』


「~~~で、多大なる貢献を評してあな「ごごごめんなさい!!!」

 急に大声をあげて謝ったリッカを見て、アイメルトはきょとんとした。


「なぜ謝っているのですか?」

「えっ?だって先生が怒っているから…。」


 アイメルトは椅子から立ち上がり、リッカに近づく。


「おっちょこちょいなところは、何年たっても変わりませんね。
 先生は怒ってなんていませんよ。」

「じゃあ、今日呼び出しをした理由はなんで…?」


 アイメルトは、リッカの手を握った。


「もう一度言いましょう。あなたが送り出した転生者。ユニークスキル『踏まれる者』を持つ転生者が
 その世界のバランスを崩す者…つまり『魔王』を討伐したのよ。
 それを評してあなたを表彰する為に、あなたを呼び出したのよ。」

「怒られるんじゃないんだぁ~」


 力が抜け、へにゃへにゃとリッカは座り込んだ。


「まったく。先生だっていつも怒ってるわけじゃないんですから。
 さあ。シャキッとしなさい!」

「ええへえへぇえへ。先生ぃ~表彰ってなんか貰えるんですか~?」

「えぇ、褒美があるわ。でもその前に……。」


 アイメルトが握っていた手に力を入れる。
 すると、リッカの手にひやりとしたものが流れ込む。


「せ…先生?」

「『謝るような事』を何かしたのね?先生の前で隠し事は無しよ?」

「ひぃ!ひぃぃ…お慈悲を…!」


 結局リッカは、『ユニークスキルは(その世界に)同じものが存在してはならない』というルールを忘れていたことがばれ、こってりと絞られた。






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