Heavy Days

柏崎 聖

第2話 季節の始まり2

 今日から1学期が始まる。
 だが、どの生徒も迎えて欲しくなかっただろう。
 学校が始まるということは、自由時間が減ることを意味するからだ。

 だが、俺はさほど嫌ではなかった。
 なぜなら、当面の目標を達成するには1秒でも多く機会を得ることだからだ。
 性格良し、頭も良し、ルックスも良しの3拍子揃った俺に必要なのは時間と機会のみだ。
 自画自賛しているような奴のどこが性格いいんだか……。

 俺と由奈は教室の入口の前に立った。
 俺たちの3年3組は静寂に包まれていて、そこからは緊張の様子が見て取れた。
 担任の発表がまだなので、それが心配なのだろう。
 俺たちは、走ってきたため息が上がっていた。
 その息がこの静寂には、よく響く。

「入り辛いね……」

 由奈は横いる俺に耳打ちをしてきた。
 言われなくても分かる。分かっていないやつは、空気が読めない奴だけだ。
 そんなことを思っていたら、廊下の方から全速力で走ってくる音が聞こえた。
 その彼女は俺たちの前で、ブレーキをかけた。
 ……。
 いた。空気を読めない人が……。

「おっはよー!お2人さんは、もしかして朝からイチャイチャしちゃって!せめて見えないところでしなくちゃ駄目だよ!」

 由奈はそれを聞いて、赤く染まった顔を手で覆っていた。
 この空気を読まない彼女の名前は榎本えのもと つぐみ。
 俺らと同じ3年3組で、俺が唯一3年間同じクラスの女子である。
 いつも空気を読まず、とにかく元気なところが彼女の特徴だ。
 いつも近くにいるため、突然下ネタを言われたりしても平気で居られるほどまで、慣れてしまっていた。
 だが、世も末である。
 彼女はあろうことか、この学校の生徒会長に君臨する。
 馬鹿が伝染するのではないかと心配である。
 なぜ彼女が当選したのかと言うと、他の立候補者が居なかったからである。

 生徒会長であるにも関わらず遅刻ギリギリで来るとは大丈夫なものなのだろうか……。

「朝から下ネタとは……。流石だな。俺らは教室の空気を察して入り辛かったんだよ。だからこうして2人で立ってたんだ。頼むから空気は把握してくれ……。クラスメイトの視線が痛い……」

 視線が痛すぎて心が折れそうだ。
 由奈は俺に続く。

「クウキッテナニ?ソレオイシイノ?」

 いつもこんな感じで説教は華麗に回避される。
 俺達が呆れてものも言えないのを見て、彼女は言葉を続ける。

「そう硬くならないの!研次も由奈も。1学期が始まるんだよ?楽しまなきゃ損だよ!」

 彼女は元気よく話すが、正直うるさいくらいに声が大きい。
 おかげでクラスメイトの視線がより強くなった。
 由奈は不機嫌そうにつぐみに注意する。

「静かにしてよ。視線が痛いの……」
「さぁ、1学期の始まりだぁ!」

 駄目だ……。
 俺たちには止められない。
 俺たち3人は戸を開け中に入ったが、また立ち止まった。

『滑り込みセ〜フ!はぁ〜疲れた』と呟く担任がやってきた。
 教室の扉を開け、教卓の前に立つ。
 先生なのに、どこかシャキッとしない。

「皆、おはよう!私が3年3組担任の八重やえ 恭子きょうこです!よろしくね〜!って3人はなんで入口の前にいるの?ま、まさかデートの打ち合わせ?まぁ、いいわ。授業始めるわよ!」

 俺は当然反論する。

「良くないでしょ!デートじゃないですよ!人のことより自分のことを心配したらどうなんですか?独身なんですし」
「あっそ、それで?」
「小学生みたいなこと言わないでください。って本当は小学生だったりして!でも先生が年齢詐称とは教育者としてどうなんですかね……」

 これは、体は三十路、頭脳は小学生。
 その名は年齢詐称の犯罪人!ってやつなのだろうか。
 実際のやつは、頭脳は大人で体は子供の逆だけどな。

「はいはい。くだらないこと言ってないで早く席について」

 先生は、痛いところを付かれているにも関わらずそれを受け流した。

「はいはい」

 俺たちは席につき、その後は何事も無いかのように授業が始まった。
 実は彼女の授業は学校内で評判が高く、今までの先生の中で最も分かりやすいと言っても過言ではなかった。
 因みに、去年もこの学年の英語を担当し俺のクラス担任でもあった。
 そのため、馬鹿なやり取りにももう慣れていた。

 窓から入る春の風はとても心地よく、いつもより授業は集中出来た気がした。


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