無所属神主による塵鬼討伐伝 四国編
第参話 香川県攻略
徳島県の制圧を早々に終えた一行――神主にして所属する神社を持たない異色な男、小早川栄昭と、そして塵鬼殲滅及び共存模索室の室長にAIロボットとして作成された和服の似合う日本人形のような少女、蹴鞠たちは、徳島のおとなり香川県へその日のうちに移動し、到着していた。
そして一行はいま。
無人のJR線高松駅にて、インスタントのうどんができるのを待っている。駅のホームのベンチで。 いわゆる、休憩というやつである。
「まだか、まだなのか」
蹴鞠はインスタントのうどんを凝視し、本日三度目の催促の声を上げる。蹴鞠のその行動はロボットとはいえ、いかにも待ちきれない少女という感じがして、栄昭はそれを微笑ましく見つめていた。
「ロボットなのに三分間も待てないのか?」
意地悪な文言を発する栄昭。
「閉口。本場のうどんを食べさせなかった貴様に今発言権はない。拒否権も人権もない」
「うどんの件はごめんって」
というのも、彼らは香川県といえば讃岐うどんだろうということで、製麺所へと一度うどんを食べに行ったのだが、無人の店内で勝手にうどんを食べてしまうというのも何だか盗人のように感じてしまい、罪悪感を感じながら食べたくないという栄昭の意向でこうして、外でうどんのインスタントを食べることになってしまったのである。ちなみにそのお代はコンビニのレジに置いてきた。
「それにしても」栄昭はそう言って無人駅のような周りを見渡す。「高松駅という大きな駅でおれら以外人がいないというのも気味が悪いな」
「またそうやって場所を移動するのか? いまこうして眼前にうどんのお方さまがご降臨なされているというのに」
栄昭に視線を一切合わせず、蹴鞠はその時を待つ。
「四国に住んでいる人の非難は完全に完了しているみたいだな」
「気象庁が事前に大地震を予測したという名目で、約四百万人もの大軍を自衛隊が近畿、中国、九州に分けて一旦移動させた。過疎化していた温泉街の旅館の業績回復にも一役かっている」
「人が動けば金が動くのか」栄昭は思案顔をして頷く。「だが、移動費はどうなっているんだ、いくら政府といえど、経済大国とはいえど、痛手だろう」
「米国」蹴鞠は栄昭との会話はうどんの二の次なのか端的にそう答えた。
「米国が? なぜ?」
「塵鬼に興味があるらしい。わたしの瞳はカメラの役割があって常に塵鬼殲滅及び共存模索室管轄のクラウドサーバーに転送している。それを提供。それが条件」
「なるほどな!」
栄昭の表情が急に明るくなる。元来、彼はそういう大人の事情が絡み合った話が好きという困った質だった。
「そうか、そうか。なるほどな」
「して、ヒデアキ」蹴鞠がようやくこちらを見て話しかける。「時間、まだなのか?」
栄昭は高校の卒業祝いに妹から貰った腕時計を見るや、言葉を詰まらせる。
お湯を入れてから、もう三分どころか、六分を越えようとしていた。
「あ……ああ、おお、ちょうど三分かあ! すごいなあ、マリーって。腹時計でもついてんのかなあ。まあ、そういう機能あってもいいよねえ。昨日の時刻も表示しますみたいなさあ、あと――」
「虚言吐き《うそつき》」
蹴鞠が狂いに狂ってしまった日本人形の形をした悪霊のような表情を小さき白き顔面に植えつける。同時に栄昭の記憶に
もその悪霊の顔面が植え付けられた。
「ごめん」
謝罪の意を込め、栄昭は蹴鞠のぶんのカップ麺のふたを甲斐甲斐しく開けてやり、割り箸も割ってやり、そして極めつけは口元が汚れたときでも安心安全のナプキンを置いてあげるというアフターフォロー。
「あのさ、四国が制圧し終わったら、また香川県に着てうどん食べに行こう。だから――」
隣を見たら、蹴鞠がいなかった。
間間間間間間
「どこ行ったんだよ! あいつ!」
栄昭は行方不明の蹴鞠を探し回っていた。
ほんの数秒の話である。だから、そう遠くまでは行っていないのだが、そう思いたいのだが、高松駅周辺を探し終え、蹴鞠が一向に見当たらないこの現状が栄昭の考察が憶測に過ぎなかったことを明確に表していた。
――徳島の塵鬼がおれらのところまで移動していた、ということですか?
栄昭が六波羅に問うた文言がブーメランのように跳ね返ってくる。
もしかすると、徳島の塵鬼は神器の力によって、高速に移動すrことができる能力を身につけているとしたら――繰り返してもしょうがないと分かっていても繰り返してしまう悪い憶測とともに、栄昭の汗がアスファルトに落ちた。
「こんなこと言っててもしょうがないだろ」
自分に言い聞かすように言う栄昭。
そして、栄昭は走り出した。
走りながら、考える。
塵鬼がもし蹴鞠を誘拐したとして、なんの意義がその行動にあるのか。蹴鞠がいなくなるとなにか栄昭にとって不利な状況になると踏んだのか。とすると、塵鬼は蹴鞠のことを知っている。塵鬼は栄昭たちを偵察するときになにを目にし、なにを耳にしたのか。
そうか――外部との連絡手段。それをするには蹴鞠が必要不可欠だと察した。
そしてあのとき、奇襲で栄昭を殺せたはずなのに、塵鬼は蹴鞠を一旦連れ去ることを考えた。ならば、塵鬼は自身の力量に自信がない――と考えたほうが無雑。もしかするとベースとなっている人間が武士道を重んじている場合は背後から襲わないかもしれないが、それはあの場で栄昭の眼前に現れればいい。
ならば、塵鬼は蹴鞠というだしを使って、栄昭を誘導したい。目的は、塵鬼の特殊な正確がなければ、力量に自信がないとするならば――栄昭と交渉がしたい。話し合いがしたいのでは。
もし仮にそうならば、交渉が決裂して戦闘になったとしても自分が有利になる土地勘が活かせる場所や、障害物が多い場所、そして広い場所が良い――と塵鬼は考えるはず。
栄昭はその条件に見合う場所を見つけるため、周りを見渡す。
「あれか」
栄昭のもう焦燥感の消え去った瞳には、代わりに校舎が写っていた。
間間間間間間
「やっぱりお前か」
栄昭は教室の一室で呟くように言う。
香川県での生存していない英雄なんて数が知れている。
急に避難勧告が出たせいか、生徒が使っていた机には教科書で落書きが描かれたノート、日本史の授業をやっていた最中だったことを思わせる単語や文章がわかりやすく書かれた黒板。
そして、教卓の上に置かれたエレキテルの中に無理やり入れられた蹴鞠。
その隣には、男にしては色白の肌、病弱さを引き立てるような紫紺の羽織に、口に加えられたおしゃれなパイプ。
「平賀源内」
栄昭は眼前に悠然と存在している、存在しているのことが当然であるかのような出で立ちの男――ではなく――女の名を口にした。
「なぜ知っている。拙者の名を」
凛とした、透き通った綺麗な声が聞こえる。その声は紛れも無く平賀源内の声だった。「ならば、同じように聞いてやろう」
そう栄昭は前置きして、
「なぜそこにいる。おれの蹴鞠がよ!」
交渉なんて、もう蹴鞠を連れ去った時点で、決裂してる。
栄昭は宝刀――天之尾羽張を抜いた。
平賀源内は教卓から下りてようやく床に足をつけた。
「いいのか? 瑠璃姫計画も知らないくせに」
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